白スーツのカリスマ ~アバロン・ドリーム・プロジェクト始動~
白スーツのカリスマ ~アバロン・ドリーム・プロジェクト始動~
「すき焼き……お肉ぅ……」
「不労所得……金貨の雨……」
ポポロ村の外れにある広大な空き地。
昨晩、魔王ラスティアが見せつけてきた『A5ランク黒毛和牛の特上すき焼き』と、『偶々の不労所得』という残酷な格差社会を前に、ルチアナとリーザの精神は完全に崩壊していた。
二人は虚ろな目で宙を見つめ、ブツブツと恨み言を呟きながら、あてもなく村をさまよい歩いていた。
「許せないわ……。神である私が塩もやしをすすって、魔王がすき焼きを食べるなんて。絶対に世界のバグよ……」
「ええ……! 私だって、1億円あれば毎食お寿司の特急レーンを独占できますのに……! どこかに、私たちをセレブにしてくれる夢のような『オイシイ話』は転がっていませんこと!?」
そんな、詐欺師からすれば「ネギを背負ったカモが自らネギ鍋に飛び込んできた」ようなセリフを吐き捨てた、その時だった。
『――さあ、入場無料! さらに先着百名様には、特製のポポロ・コーヒーと軽食を無料サービス!』
『人生を変えたいそこのあなた! まだ泥水すすってゴブリン狩りで消耗してるんですか!?』
空き地に設営された、サーカスでも開けそうなほど巨大な集会用テント。
その入り口で、拡声器を持って必死に客引きをしている二人の男がいた。
一人は、ヨレヨレになった青スーツを着た男。
もう一人は、顔に泥と煤をこびりつかせた、職人風の男。
つい先日、ゴルドスマイル銀行のニャングルによって『マグローザ漁船(地獄の蟹工船)』へとドナドナされていったはずの悪徳情報商材屋・鮫島剛と、偽装詐欺師・火原元であった。
「……ん? あれ、どこかで見たことあるような……」
ルチアナが目を細める。
鮫島の方も、入り口に近づいてきた芋ジャージの二人組を見て、ヒィッ! とカエルのような悲鳴を上げた。
(ヤ、ヤバい! あのアホ面コンビ……裏にあの『最恐のデパート女』と『ヤクザ猫』がついてる奴らじゃねぇか! どうしてこんなところに!)
鮫島と火原は、漁船で地獄の強制労働に就いていたところを、犯罪組織ナンバーズの幹部・スリーによって莫大な保釈金と引き換えに「買い戻された」身である。
現在彼らは、新たなるボスの下で「使い捨ての現場作業員」としてこき使われており、ここで失敗すれば次こそマグローザ漁船の海の底に沈められる運命にあった。
「お、おい鮫島! あの女ら、ワイらをハメた奴らの身内やんけ! 追い返せ!」
「バカ! ここで騒ぎを起こしたら、中の『CEO』に何をされるか分からねぇぞ! 適当にやり過ごせ!」
鮫島と火原がコソコソと怯えていると、リーザがテントの前に立てられた巨大な看板に食いついた。
「ルチアナ様! 見てくださいませ、この看板!」
『アバロン・ドリーム・プロジェクト(ADP) 第1期討伐隊メンバー大募集!』
『魔王ラスティアを倒して、懸賞金1億円(金貨1万枚)の自由と栄光を手に入れよう!』
「い、1億円(金貨1万枚)ですってぇぇぇっ!?」
ルチアナの目が、文字通り『$(ドル)マーク』に変化した。
「魔王ラスティアって……あの昨日、すき焼きを自慢してきた腹立たしい女のことよね!? あいつを倒せば、1億円もらえるの!?」
「そうですわ! しかも軽食無料と書いてあります! これはもう、参加するしかありませんわーッ!」
過去の詐欺被害のトラウマ(チーズ)など完全に忘却の彼方へ消え去り、二人はヨダレを垂らしながら、吸い込まれるように巨大テントの中へと突撃していった。
「(……あいつら、マジで学習能力ゼロだな。まぁいい、これで頭数が二人増えた。CEOのノルマ達成だ……)」
鮫島は安堵の息を吐き、入り口のフラップを閉めた。
◆
テントの中は、異様な熱気と興奮に包まれていた。
集まっているのは、万年Fランクの貧乏冒険者や、日々の生活に疲れた農民たち、総勢数百名。
ルチアナとリーザは最前列のパイプ椅子に陣取り、無料で配られたサンドイッチを貪り食っていた。
やがて、会場の照明がスッと落ち、ステージに強烈なスポットライトが当てられる。
荘厳なBGMが鳴り響く中、一人の男が悠然とステージの中央へ歩み出てきた。
魔力で防汚加工された純白のオーダーメイドスーツ。桜色のシルクネクタイ。
完璧にセットされたツーブロックの髪型と、不自然なほど真っ白に輝くセラミックの歯。
そして、その右手には、場違いな高級ワイングラス(中身は赤ワイン風にブレンドしたサケスキー)が揺らめいている。
「――皆さん、ようこそ。アバロン・ドリーム・プロジェクト……ADPの決起集会へ」
男がマイクを通さずに発した声は、不思議なほどテントの隅々にまでクリアに響き渡った。
彼こそが、前世の日本でマルチ商法グループの最上位に君臨していたカリスマ詐欺師であり、このネズミ講ビジネスの代表最高経営責任者(CEO)――円城寺明である。
円城寺はワイングラスを軽く回し、ニカッと白い歯を見せて微笑んだ。
「想像してください。毎日、泥水すすって生きる人生を。安い賃金でゴブリンを狩り、上司やギルドに搾取されるだけの毎日。……本当に、それがあなたの望んだ『たった一度の人生』ですか?」
その言葉は、会場にいる貧乏冒険者たちの心の柔らかい部分を的確にえぐり取った。
「あなたの才能は、そんな銀貨数枚で安売りされていいはずがない。……だから僕は、このプロジェクトを立ち上げました。世界を脅かす魔王ラスティア。彼女の首には、国家予算に匹敵する『1億円(金貨1万枚)』の懸賞金がかけられている。これを、我々有志の力で討伐し、みんなで山分けしようじゃないか!」
「うおおおおおっ!!」
会場のあちこちから、サクラ(鮫島が仕込んだ人員)たちの意図的な歓声が上がる。
だが、一部の冷静な冒険者が声を上げた。
「ば、馬鹿な! 魔王ラスティアって言ったら、次元を切り裂く魔王剣に、ブラックホール魔法まで使うバケモノだぞ! 俺たちみたいな下級冒険者が束になっても、勝てるわけがねぇ!」
その正論に対し、円城寺は全く動じることなく、フッと余裕の笑みを浮かべた。
「素晴らしい質問だ。普通の思考ならそう考える。……でもね、ビジネスにおいて『不可能』とは、ただの『ブルーオーシャン(競合のいない市場)』の言い換えに過ぎないんだよ」
円城寺はステージを端から端まで歩きながら、力強く語りかける。
「僕が集めた莫大なクラウドファンディングの資金で、皆さんには最高の『魔導武具』を貸与します。さらに、完璧に計算された戦術がある。一人では勝てない魔王も、千人の束になれば必ず倒せる! 必要なのは『努力』じゃない。今ここにある『環境』に飛び込む“決断力”だけだ!」
円城寺が指をパチンと鳴らすと、背後の巨大な魔法スクリーンに、美しいピラミッド型の図解が映し出された。
「参加の条件、すなわちリスクはたったの『銀貨百枚(10万円)』! これであなたは『ブレイブ・メンバー』として討伐隊に参加できる。
さらに! 仲間を3人紹介すれば、あなたは『ゴールド・メンバー』に昇格し、紹介料として参加費は実質タダになる! 5人紹介すれば『ダイヤモンド・リーダー』として、後方の安全地帯から指示を出すだけで、討伐報酬のパーセンテージが跳ね上がるんだ!」
典型的な、ポンジ・スキーム(ネズミ講)の報酬マトリクスである。
『魔王討伐』という大義名分を隠れ蓑にした、新規会員の参加費を上位陣で吸い上げるだけの極悪システム。
下っ端は10万円を払って最前線の肉壁にされ、紹介者を出せなければ絶対に赤字になる。
だが。
『スキル発動――【熱狂空間】』
円城寺がワイングラスを掲げた瞬間、彼の背後から、目も眩むような『成功者の黄金オーラ』が立ち昇った。
それは、円城寺の放つ声を聞いた対象の「批判的思考力」を完全に麻痺させ、集団心理による高揚感と、根拠のない全能感を植え付ける精神干渉スキルであった。
「今ここで一歩を踏み出せない者は、一生敗北者のままだ! さあ、僕と一緒に自由の扉を開こう! 1億円を手にして、毎晩最高のステーキとワインを味わう人生を、君自身の手で掴み取るんだ!!」
「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」
熱狂。狂乱。
スキルの影響をモロに受けた会場の数百人が、一斉に立ち上がり、スタンディングオベーションを巻き起こした。
論理的懐疑心は完全にシャットダウンされ、「借金してでも参加しなければ人生の敗北者になる」という強迫観念が、彼らの脳髄を支配していた。
そして、最前列にいた二人の少女はといえば。
「す、すき焼きぃぃっ! 毎日すき焼きが食べられますわぁぁっ!」
「10万円払うだけで、魔王を倒して1億円!? なんで今までこんな簡単なことに気づかなかったの! 私たちってば大・天・才ね!」
ルチアナとリーザの瞳は、完全に洗脳されたカルト信者のように、ギラギラとした$マークに変わっていた。
昨晩のすき焼きへの異常な嫉妬と飢餓感が、円城寺のスキルと最悪の『シナジー効果』を生み出し、彼女たちの知能指数をマイナスまで引き下げていたのだ。
「さぁ、申し込みはこちらだ! 現金がない者には、提携の『ゴブリン・ファイナンス』が即日融資を行っているよ!」
鮫島と火原が、ニタニタと笑いながら入会申込書と借用書を配り歩く。
「書きますわ! 今すぐ書きますわ!」
「早く! 私がダイヤモンド・リーダーになって、不労所得をゲットするのよ!」
ルチアナとリーザは、契約書の極小文字(金利トイチ・臓器担保)など一切読むことなく、凄まじい勢いでサインを書き殴った。
「……フッ。素晴らしい。また新しい『勇者』が誕生したね」
ステージの上からその狂乱の光景を見下ろしながら、円城寺明はワイングラスのサケスキーを一口飲み、サイコパス特有の氷のように冷たい笑みを浮かべた。
(……馬鹿どもめ。魔王ラスティアを倒せるわけがないだろう。参加費10万円を払った程度の烏合の衆が何万人束になろうが、一瞬で消し炭にされるのがオチだ。……いや、そもそもこのビジネスは、『絶対に討伐が成功しない』ように設計されているのだからな)
彼がこの詐欺ビジネスを立ち上げた真の目的。
それは、集めた莫大な参加費の大部分を、自分の隠し口座(タワマン資金)とナンバーズへの上納金にしつつ、さらにもう一つの『強大な闇』と裏取引を交わしていることにあった。
「(……魔王ラスティア様。せいぜい、僕が集めたカモどもを適当に吹き飛ばして、お互いに美味しい汁を吸おうじゃありませんか)」
ポポロ村の片隅で、史上最悪の詐欺ビジネス『アバロン・ドリーム・プロジェクト』が、今まさに産声を上げた。
そして、すき焼きへの怨念に狂った駄女神と人魚姫が、その巨大なピラミッドの最底辺(肉壁)へと、自ら満面の笑みでダイブしていったのである。




