最悪の野戦食『ゲロオムレツ』からの解放。激怒した部隊長が軍上層部にデパ地下弁当を直訴しました。
最悪の野戦食『ゲロオムレツ』からの解放。激怒した部隊長が軍上層部にデパ地下弁当を直訴しました。
ルナミス帝国軍・最前線陣地。
冷たい雨が降る泥だらけの塹壕の中で、第七小隊の部隊長ガンツは、支給された木箱を前にして深い絶望を抱えていた。
「隊長……本日の配給糧食です」
「……また、アレか」
ガンツが忌々しげに木箱を開けると、そこには無地の茶色い真空パックが山のように積まれていた。
帝国軍需省の『兵站予算削減特別委員会』が開発した、完全人工合成レーション。通称『第三型・超圧縮長期保存食』。
パックを開封すると、鮮やかな黄色をしたスポンジ状の四角い塊が姿を現した。
「……いただきます」
新兵の一人が、意を決してその黄色い塊をかじった。
――グチャッ、ビチャァッ。
車のタイヤと消しゴムを掛け合わせたような異常な弾力。そして、噛み潰した瞬間に口いっぱいに広がる『強烈な胃酸の匂いと、腐った靴下の風味』。
「オウェェェェェェェェェェッ!!」
新兵はたまらず塹壕の隅で激しく嘔吐した。
無理もない。この黄色い塊の主原料は『スライムの死骸から抽出した工業用凝固剤』と『ロックバイソンの骨粉』、そして『廃棄寸前の醤油草の絞りカス』なのだから。
一部の兵士からは、親しみと明確な殺意を込めて『ゲロオムレツ』と呼ばれている、帝国軍事史に残る最悪の欠陥食料だった。
「隊長……俺、もうダメです。こんなゴミを食って戦うくらいなら、いっそ獣人族の陣地に突撃して死にたいです……」
「馬鹿野郎、早まるな。……こんなものでも、腹に入れないと闘気が練れないんだ。食え」
ガンツ自身も、涙目になりながらゲロオムレツをかじり、胃袋の中で不自然に膨張する不快感に耐えていた。
兵士たちの士気は底なし沼のように沈み切っている。このまま敵襲があれば、部隊は一瞬で全滅するだろう。
その時だった。
「まいどー! 『ルナ・イーツ』のお届けやでー!」
泥だらけの塹壕に、場違いなほど陽気な声が響いた。
見れば、ポポロ村の住人とおぼしき割烹着姿のおばちゃんが、魔導リヤカーを引いてやって来たのだ。
「お、おい! 民間人がこんな最前線に何の用だ!」
「なんやの、アンタらが頼んだんやろ? はいこれ、ゴルド商会・ポポロ村支部経由の『戦場向け・お弁当サブスクリプション』第一便。第七小隊分、確かに届けたで!」
おばちゃんはそう言うと、リヤカーから巨大な保温ボックスを下ろし、嵐のように去っていった。
ガンツたちは顔を見合わせた。
そういえば昨日、小競り合いの最中にポポロ村で、猫耳の胡散臭い商人にそそのかされて『定期便』の契約書にサインしてしまった記憶がある。部隊のへそくりを全額はたいて。
「隊長……開けてみましょう」
ガンツが震える手で保温ボックスを開けると、そこには美しく並べられた『デパ地下特製・洋食惣菜詰め合わせ弁当』が、ホカホカの湯気を立てて鎮座していた。
「な、なんだこれは……ッ!?」
兵士たちの目が、極限まで見開かれた。
メインを張るのは、デミグラスソースがたっぷりかかった分厚いハンバーグ。その隣には、黄金色の衣をまとった巨大なエビフライが、自家製タルタルソースを添えられて横たわっている。
さらに、彩り豊かなポテトサラダ、出汁の染みた卵焼き、そして、真珠のように光り輝くふっくらとした白いご飯(米麦草)。
「く、食ってみろ。毒見だ」
「は、はい……ッ!」
ゲロオムレツで嘔吐していた新兵が、箸でエビフライを掴み、サクッとかじった。
「――――ッ!!」
新兵の体に、雷が落ちたような衝撃が走る。
プリップリの極太エビの甘み、酸味とコクが絶妙なタルタルソース。それが、ほかほかの白いご飯と口の中で混ざり合う。
「う、美味えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! なんだこれ、エビが口の中で踊ってる! ご飯が甘い! 俺、生きててよかったぁぁぁぁっ!」
新兵が大号泣しながらご飯をかき込み始めたのを見て、ガンツたちも我先にと弁当に群がった。
「ハンバーグが肉汁の爆弾だ!」
「卵焼きから出汁がジュワッて……母ちゃあぁぁぁん!!」
泥だらけの塹壕が、瞬く間に最高級レストランへと変貌した。
極限の飢えと疲労が一瞬で吹き飛び、質の高いカロリーが『闘気』となって兵士たちの全身から立ち昇る。
そして、弁当を完食したガンツの心に、ある感情がフツフツと湧き上がってきた。
「……俺たちは」
「え?」
「俺たちは、国のために命を懸けて最前線で泥水をすすっているというのに……ッ! 上層部の豚どもは、俺たちにスライムの死骸を食わせていたのか!!」
ガンツの怒りが、ついに臨界点を突破した。
彼は立ち上がると、未開封のゲロオムレツのパックを鷲掴みにし、もう片方の手には『弁当箱の空き箱』と、保温ボックスの底に入っていた『とある書類』を握りしめた。
「お前ら、ここは死守しろ! 俺はちょっと、軍事司令部に行ってくる!!」
* * *
ルナミス帝国軍・最前線司令部。
兵站担当の将校が優雅に紅茶を飲んでいるところへ、全身泥だらけのガンツが天幕を蹴り破って乱入してきた。
「き、貴様! 一介の小隊長が司令部に何用か!」
「兵站長殿! 我々前線の兵士は、もうこんなゴミ(ゲロオムレツ)を食うのは限界であります!」
ガンツは将校のデスクに、未開封のゲロオムレツを全力で叩きつけた。
ガァァァンッ!!
ゲロオムレツは岩のように硬いため、高級なマホガニーのデスクがへこみ、インク瓶が宙を舞った。
「ひぃっ!? な、なんてことを! それは軍需省が莫大な予算をかけて開発した完全食だぞ!」
「これが食い物ですか!? ならアンタが今ここで食ってみろ!」
「むぐっ!?」
ガンツの凄まじい気迫に、将校は言葉を失う。
ガンツはすかさず、空になった『デパ地下弁当の箱』と、保温ボックスの底に入っていた『書類』をバンッと突きつけた。
「今、前線の部隊は自腹を切って、ポポロ村の店から弁当を仕入れています! 獣人軍も同様です! このままでは、兵士の胃袋を他国(あるいは一介の商人)に完全に掌握されてしまいますぞ!」
「な、なんだこの美しい空き箱は……。それにこの書類は?」
「ポポロ村の店からの『軍の公式ロジスティクス(兵站)提携契約書』です! なんと、部隊長クラスの弁当に、見本用の『高級フィナンシェ』と『ドリップコーヒー』が添えられていました! どうぞ!」
それは、あの守銭奴猫耳商人・ニャングルが巧妙に仕込んでいた『上層部へのワイロ(試供品)』だった。
将校はおそるおそるフィナンシェをかじり、コーヒーを飲んだ。
「――――ッ!!?」
将校の目が、限界まで見開かれる。
「な、なんだこの芳醇なバターの香りは! それにこの黒い液体の、頭の芯まで冴え渡るような高貴な苦味と酸味は……! 私が毎日飲んでいる高級茶葉が、ただの泥水に思えるほどの衝撃……ッ!」
「兵站長殿! 決断を! この弁当が正規配備されれば、全軍の士気は今の百倍に跳ね上がります! ゲロオムレツの開発者には、一生ゲロオムレツを食わせる刑に処してください!」
「……ペンの用意をしろ! 今すぐこの『コトネ』なる商会と、軍の正式な兵站契約を結ぶ!!」
* * *
その頃。ポポロ村のデパートにて。
「コトネはん! 大ニュースやで!!」
ニャングルが、バンバンとカウンターを叩きながら満面の笑みで飛び込んできた。
「ルナミス帝国軍から、小隊ごとのサブスク契約やのうて、『軍の正規兵站』としての超大型契約のハンコもろたで! これで帝国の軍事予算(食費)の三割が、うちの店に転がり込んでくることになったわ!!」
「ええっ!? ちょっとお弁当を配達しただけなのに、一国の軍隊の食料供給を丸ごと請け負うことになっちゃったの!?」
私は驚きすぎて、絞っていた生クリームをボウルに落としそうになった。
「せや! 部隊長への弁当箱の底に、ワイが『上層部向けの試供品と契約書』をこっそり仕込んどいたのがデカかったな。行動経済学における『返報性の原理』の完全勝利や!」
「ニャングルさん、本当にえげつないわね……」
奥のテラス席で、デパ地下の『特選ローストビーフ』をつまみ食いしていたジークが、呆れたようにため息をついた。
「お前らなぁ……。たった数日で一国の軍事予算を食い破るデパートって、聞いたことねぇぞ。もはや兵器よりタチが悪いな」
「お客様に美味しいものを食べていただくのが、デパートの務めですから!」
私は胸を張って答えた。
こうして、ルナミス帝国軍の胃袋は完全に『デパ地下』の支配下へと落ちた。
不味い野戦食の被害者は、ルナミス軍だけではない。噂を聞きつけた他国の兵士たちや、さらには『神様』までが、美味しいご飯を求めてポポロ村へと足を踏み入れようとしていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第7話、ついにルナミス帝国軍の胃袋を完全掌握しました!
最悪の欠陥食料「ゲロオムレツ」からの解放。怒れる部隊長ガンツの直訴と、ニャングルの巧妙すぎる「試供品トラップ」が見事にハマり、一国の軍事予算(食費)がデパートに転がり込む超展開!
ロジスティクス(兵站)を制する者は、世界を制するのです。
次回、今度は天使族のレーション「緑の絶望(極苦青汁)」の被害者がデパートに逃亡してきます!
天界からの珍客・見習い女神リリスが、デパ地下スイーツの前に堕天しかける第8話をお楽しみに!
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