詐欺師 vs 天然サイコパスエルフ ~純金(物理)のお支払い~
詐欺師 vs 天然サイコパスエルフ ~純金(物理)のお支払い~
世界樹の森へと続く、静かで美しい木漏れ日の道。
そこを、鼻歌を歌いながらフワフワとした足取りで歩く一人のエルフの少女がいた。
最高級のシルクとレースで仕立てられた純白のドレス。透き通るような金糸の髪。
世界樹の次期女王候補、ルナ・シンフォニアである。彼女は今日、ポポロ村の広場に咲いていた珍しいお花を摘み終え、上機嫌で散歩を楽しんでいた。
そこへ、泥と汗で薄汚れたテカテカの青スーツを着た男――鮫島剛が、木陰からスッと進み出た。
「やあ、そこの美しいお嬢さん! ちょっといいかな?」
「あら? どなたですの?」
ルチアナが小首を傾げると、鮫島は前世で鍛え上げた『意識高い系営業スマイル』を顔面に貼り付け、揉み手をしながら近づいてきた。
「僕は世界中を股にかけるIT……いや、一流の魔導コンサルタント兼、商人さ! 実はね、君のような素晴らしいオーラを持ったお嬢さんにだけ、特別に紹介したい『神話級のスピリチュアル・アセット』があるんだ!」
鮫島は懐から、あのルチアナとリーザに売りつけたものと全く同じ、ミミズが這ったような龍の絵が描かれた『ただの掛軸』をバサァッと広げた。
「(……へっへっへ。この世間知らずの金持ちエルフめ。魔導鑑定石を持っていなくても、俺の巧みな話術とマインドコントロールで、絶対にローン契約書にサインさせてやる!)」
鮫島は内心でゲスな高笑いをしながら、立て板に水のごとく横文字(ビジネス用語)を並べ立て始めた。
「いいかい? この掛軸はね、ただの絵じゃない。空間の魔素と“シナジー効果”を生み出し、森の自然環境に圧倒的な“コミットメント”をもたらすんだ。これを飾るだけで、草木は枯れず、世界樹の成長速度は“パラダイムシフト”を起こして、君の人生の“ROI(投資利益率)”は爆上がり間違いなしさ!」
「しなじー……? こみっと……?」
ルチアナは、パチクリと大きな目を瞬かせた。
彼女の平和すぎる脳みそには、鮫島の放つ胡散臭いビジネス用語など1ミリも理解できていない。だが、彼女は持ち前の『純度100%の善意のフィルター』を通して、鮫島の言葉をこう解釈した。
「まぁ……! つまりこのおじさまは、世界樹様や森の植物さんたちの健康を第一に考えて、この素晴らしい絵を私に譲ろうとしてくださっているのね! なんて自然を愛する、心優しいお方なんでしょう!」
ルチアナは両手を胸の前で組み、キラキラと尊敬の眼差しを鮫島に向けた。
「(……は? なんだこの女。俺の適当なプレゼンを聞いただけで、完全に信じ切ってやがる……。鑑定石で疑うそぶりすら見せねぇぞ。チョロい! チョロすぎる!! これならローン契約どころか、一括でボッタくれるぜ!)」
鮫島の詐欺師としての勘が、「こいつは限界まで絞れる超特大のカモだ」と告げていた。
「わかってくれたようだね、お嬢さん。君のその“サステナブル”な精神に免じて、本来なら金貨五千枚のところを、特別に現金一括『金貨千枚』で譲ってあげるよ!」
「金貨千枚……ですか」
ルチアナは困ったように眉を下げた。
「ごめんなさい、おじさま。私、今日はただのお散歩でしたから、お財布を持ってきていないんですの。いつもお買い物は、キャルルさんかリーザちゃんがお金を払ってくださいますし……」
「(現金なしかよ! まぁいい、ならいつものトイチのローン契約書で……)」
鮫島が青スーツの内ポケットから羊皮紙を取り出そうとした、その時である。
「でも、せっかくの心優しいおじさまのご厚意を、無下にするわけにはいきませんわよね。……そうですわ! お金がないなら、作ればいいんですわ!」
「……は?」
ルチアナは楽しそうにポンと手を叩くと、足元にしゃがみ込み、道端に転がっていた『ソフトボール大の石ころ』を両手で十個ほど拾い集めた。
「世界樹様、少しだけお力を貸してくださいな。『黄金の恵み(ゴールド・クリエイション)』!」
ルチアナが世界樹の杖を軽く振ると、彼女の手に抱えられていたただの石ころたちが、まばゆい光に包まれた。
光が収まると、そこにあったのは石ではない。
混じり気のない、目も眩むような輝きを放つ、巨大な『純金のインゴット(金塊)』十個であった。
「なっ……!? じゅ、純金!? 石ころが、純金になったぁぁぁっ!?」
鮫島は目玉がこぼれ落ちんばかりに見開き、絶叫した。
彼は慌ててルナの手から金塊を一つひったくり、ガチッと歯で噛んで確かめる。……硬い。そして重い。どう見ても本物の純金である。
「まぁ、重さで言えば金貨一万枚分くらいにはなってしまったかしら。お釣りは結構ですので、そちらの素敵な掛軸と交換していただけます?」
ルチアナが、ニコニコと天使のような笑顔で金塊を差し出す。
「(……ア、アホだ! こいつ、マジで本物のバカだ!! 石を金に変える錬金術が使えるくせに、俺のただの落書きに金貨一万枚分の価値があると信じ込んでやがる!!)」
鮫島の脳内で、歓喜のファンファーレが鳴り響いた。
もはや怪しげなステータス偽装スキルも、トイチのローン契約も必要ない。この頭のお花畑なエルフの女は、無価値なゴミに文字通り『純金』を払ってくれたのだ!
「あ、ああ! もちろんだとも! さぁ、この神話級の掛軸は君のものだ! 取引成立だね!」
鮫島は震える手でルナに掛軸を押し付けると、地面に置かれた十個の金塊を、持っていたボストンバッグに狂ったように詰め込んだ。
ズシリ、と肩に食い込む凄まじい重量。だが、その重さこそが彼にとっての『大成功の証』であった。
「ひゃーっはっはっは!! ボロ儲けだ! 情弱狩り、最高ォォォッ!! さらばだエルフの嬢ちゃん、大事に飾っておくんだぜ!」
鮫島は重いバッグを引きずりながら、狂喜乱舞してポポロ村の反対方向――隣町の歓楽街へと向かって猛ダッシュで走り去っていった。
その後ろ姿を、ルナは嬉しそうに手を振って見送った。
「ふふっ、本当に良いおじさまでしたわ。この素敵な絵を飾れば、世界樹様もきっとお喜びになりますわね♡」
ルチアナは、価値ゼロのゴミ掛軸を胸に抱きしめ、満足げに村への帰路についた。
――しかし。
鮫島は、異世界の常識を知らないがゆえに、致命的な事実を見落としていた。
ルナ・シンフォニアは、確かに石を純金に変えることができる。
だが、それは世界樹の魔力を用いた『一時的な物質変成魔法』に過ぎない。
彼女が生み出した純金は、【三日経過するか、彼女の魔力圏内から一定距離離れると、ただの石ころに戻ってしまう】という、極めて恐ろしい仕様が施されていたのだ。
ルナに悪意は一切ない。彼女の中では「今は純金だからお買い物の支払いに使える」という謎の天然ロジックが成立しているだけなのだ。過去にポポロ村でこの『善意の偽金』を使って大騒動を起こし、キャルルから物理的ツッコミ(峰打ち)を受けているのだが、彼女の鳥頭はそんなことスッパリと忘れていた。
「……さて。今夜は隣町のキャバクラで、ドンペリ入れまくって王様気分を味わってやるぜぇぇっ!」
重いバッグを抱え、下品な欲望にまみれて夜の街へと向かう鮫島。
彼のバッグの中の『純金』の表面が、ルナから距離が離れるにつれて、ほんのわずかに石のくすんだ色へと戻り始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。
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