消えた青スーツ ~悪徳サロンの逃げ足~
消えた青スーツ ~悪徳サロンの逃げ足~
翌朝。
ポポロ村の商業区の端、普段はあまり人通りのない路地裏に、私とキャルルさん、そして専属護衛のジークさんは足を踏み入れていた。
「……ここですわね。『サメジマ・アドベンチャー・サロン』の仮設会場というのは」
私が見上げた先には、ボロボロの貸しテントの入り口に、不釣り合いなほど派手な立て看板がデカデカと置かれていた。
そこには、テカテカの青スーツを着た胡散臭い男(鮫島)が、腕を組んでドヤ顔をしている似顔絵と共に、こんなキャッチコピーが踊っている。
『まだゴブリン狩りで消耗してるの?』
『時代は魔導レバレッジ! 誰でも初月から月収金貨100枚確定!』
『あなたも“不労所得”で、圧倒的勝ち組にコミットしよう!』
「……朝っぱらから、頭の痛くなるような横文字の羅列だな。こんなふざけた看板に釣られる奴の気が知れん」
ジークさんが、タローマンのジャージのポケットに両手を突っ込んだまま、ポポロシガーの煙をふぅと吐き出した。
「本当よ。ゴブリンを狩って真面目に日銭を稼いでる冒険者たちをバカにするにも程があるわ。村長として、こんな悪徳商法をのさばらせておくわけにはいかないわね」
キャルルさんが、足元の特注安全靴の踵をカチッと鳴らし、いつでも臨戦態勢に入れるようにトンファーの柄に手をかけた。
「ええ。お客様の夢と射幸心を煽り、中身のない情報商材を高値で売りつけ、さらにはトイチの暴利ローンで縛り付ける。これは商売ではなく、ただの搾取ですわ。……さぁ、お嬢様方のクーリングオフの申し立て(物理)に参りましょう!」
私がトレンチコートの襟を立て、勢いよくテントの入り口のフラップをめくり上げた。
「ごめんくださいませ! 百貨店シュクル外商部、及びポポロ村自警団の合同市場調査に参りましたわ――ッ!」
私のよく通る声がテント内に響き渡る。
しかし。
「……あら?」
「誰も……いないわね」
テントの中は、不気味なほど静まり返っていた。
パイプ椅子が数十脚並べられ、正面にはホワイトボードが置かれているが、肝心の『サメジマ代表』はおろか、サクラの会員すらいない。完全な【もぬけの殻】であった。
「……チッ。逃げられたか」
ジークさんが舌打ちをして、テントの中へ踏み込む。
「そんな……! ルチアナ様たちが騙されたのは昨日の夕方ですわ。いくらなんでも逃げ足が早すぎませんこと?」
私が驚いて室内を見渡すと、正面のホワイトボードには、赤と黒のマーカーで怪しげなピラミッド型の図解が書かれたままになっていた。
『頂点がサメジマ代表』『その下にプレミアム会員』『さらにその下にレギュラー会員』。
どう見ても、前世の日本で幾度となく摘発されてきた古典的な【ネズミ講(マルチ商法)】の図である。
キャルルさんが、テントの隅にあった粗末な机の上に置かれていたマグカップに触れた。
「コトネさん。このマグカップに入ってるお茶、まだ微かに温かいわ。……私たちが来るほんの数分前まで、ここにいた形跡がある」
「なるほど……。この男、戦闘力は皆無のようですが、危険を察知して逃げる『嗅覚(チキン度)』だけは異常に発達しているようですわね」
私は呆れながら、机の上に散乱していた紙切れを拾い上げた。
『誰でも成功できる! サメジマ流・マインドセット10カ条』と書かれたその紙は、タローマートで売られている一番安い再生紙に、適当な文字が羅列されているだけのゴミだった。
「……おいコトネ。机の裏に、こんなもんが落ちてたぞ」
ジークさんが、サンダルのつま先で何かを引っかけ、拾い上げた。
それは、ルチアナ様たちが買わされたのと同じ、下手くそな龍の絵が描かれた『掛軸』だった。
「これも、鑑定石で覗けば『神話級』と出るんでしょうね……」
私はため息をつきながら、持参した魔導鑑定石をかざした。
ピロロロンッ。
『名称:ただの落書き(在庫処分品)』
『レアリティ:ノーマル』
『効果:なし。破って便所の紙にするくらいしか使い道がない』
「……あら? 鑑定結果が、完全に『ただの落書き』になっていますわ」
「どういうこと? 昨日ルチアナたちが鑑定した時は、間違いなく『神話級』って出たはずよね?」
キャルルさんが首を傾げる。
「おそらく、奴の【ステータス偽装】のスキルには時間制限があるのでしょう。……48時間、いえ、ひょっとしたら24時間程度で、偽装のメッキが剥がれて元の表示に戻る。だからこそ、奴は同じ場所に長く留まらず、騙したカモが気づく前にさっさと夜逃げを繰り返しているのですわ」
私は掛軸を机に投げ捨て、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「自分の足で立ち、汗水流して働くことの尊さをバカにし、表面上の文字だけで人を騙す。……職人の魂に対する、最悪の冒涜ですわ! 絶対に許しません!」
「コトネのデパート魂に火がついちゃったわね。……でも、どうやって探す? ポポロ村は広いわよ。もう隣国へ逃げたんじゃないかしら」
キャルルさんが腕を組んで考え込む。
「いや、あいつはまだこの近辺にいるはずだ」
ジークさんが、ホワイトボードの横にあったゴミ箱を漁り、中からクシャクシャに丸められた紙切れを取り出した。
「見ろ。これは隣町にある高級キャバクラ『バニー&サキュバス』の割引券だ。……あいつの性格からして、稼いだ詐欺の金を持って、今夜あたりパーッと豪遊しに行く腹積もりだろう。逃げ足は一級品だが、欲望のコントロールは三流以下だ」
ジークさんが、呆れたように紙切れをヒラヒラと揺らした。
「さすがジークさん! 素晴らしいプロファイリングですわ!」
「褒めても何にも出ねぇぞ。……ただ、タローマンのサンダルでこの広い村を駆けずり回って追いかけるのは面倒だ。夜まで待って、そのキャバクラとやらで待ち伏せした方が手っ取り早い」
ジークさんが大きな欠伸をする。
「ええ、それでいきましょう。……待っていなさい、サメジマ。百貨店シュクルの【クレーム対応(強制執行)】から、逃げ切れると思わないことですわ!」
私はトレンチコートのポケットに手を突っ込み、決意を新たに宣言した。
――その頃。
ポポロ村の商業区から遠く離れた、世界樹の森へ続く薄暗い山道。
「はぁっ……はぁっ……! あっぶねぇぇぇっ!」
テカテカの青スーツを泥と汗で汚しながら、鮫島剛は息を切らして山道を駆け上がっていた。
彼は、前世のクレーム対応と借金取りから逃げ回り続けた経験により、「ヤバい奴が来る気配」を察知する第六感だけは異常に発達していたのだ。
「クソッ……! さすがにポポロ村の中心地で同じ手口を二回使ったのはマズかったか! さっき、ものすげぇ殺気を纏った女と、ヤクザみたいな目つきの猫耳男が俺のテントに向かってくるのが見えたぜ……! 間違いねぇ、あいつら、あの『もやし女』たちのバックについてる奴らだ!」
鮫島は木の幹に寄りかかり、荒い息を吐き出した。
「だが、逃げ切ってしまえばこっちのモンだ! あのバカ女どもから巻き上げた『トイチのローン契約書』は手元にある! 後で借金取り(ナンバーズ)にこの債権を売り飛ばせば、俺の懐は痛まねぇ!」
鮫島はスーツの内ポケットから契約書を取り出し、下品な笑みを浮かべた。
「チッ、ポポロ村の稼ぎ場は潰れちまったが、まだ俺のスキルを使えばカモはいくらでもいる。……とりあえず、今夜は隣町のキャバクラで豪遊してやる! その前に、逃走資金の足しに、もう少し情弱を狩っておくか……ん?」
鮫島が顔を上げた先。
木漏れ日が差し込む美しい森の小道に、場違いなほどフワフワとした、最高級のレースがあしらわれたお嬢様ドレスを着た少女が歩いていた。
美しい金糸の髪と、長く尖った耳。
世界樹の次期女王候補、ルナ・シンフォニアである。
「(……おっ? なんだあの世間知らず丸出しのエルフの娘。身なりからして、どこかの金持ちの令嬢か? しかも、頭がお花畑みたいな顔してやがる……カモネギだ!)」
鮫島の詐欺師レーダーが、ピコン! と激しく反応した。
彼は素早く青スーツの襟を正し、持っていた手持ちのガラクタ(掛軸)を一つ取り出すと、営業スマイルを顔面に貼り付けて、ルナの前に飛び出した。
「おや! そこの美しいお嬢さん! 実は僕、世界中を旅している商人なんだけど……君にぴったりの、素晴らしい『神話級アイテム』があるんだ!」
これが、鮫島の人生における最大の計算ミス(バグとの遭遇)であることを、彼はまだ知る由もなかった。
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