説教部屋と新聞紙ハリセン・改 ~クーリングオフは物理ですわ~
説教部屋と新聞紙ハリセン・改 ~クーリングオフは物理ですわ~
「……来い……! 今度こそ月人君のSSR、完凸来いぃぃぃっ!」
「……降れ……! 天から大トロと金貨の雨、降り注げぇぇぇっ!」
ポポロ村の村長公邸、その一角に展開された【デパート】のVIPリビングルーム。
本来ならば優雅に紅茶を楽しむはずのその空間で、数週間前とまったく同じ、既視感まみれの異様な光景が繰り広げられていた。
リビングの壁に、不格好な画鋲で雑に留められた一枚の古びた『掛軸』。
そこに描かれているのは、幼稚園児が筆ペンで描いたような、ミミズがのたうったような貧相な龍の絵である。
その掛軸に向かって、芋ジャージ姿の女神ルチアナと地下アイドルリーザが、額を床にこすりつけるようにして一心不乱に拝み倒していた。
「……ねえ、コトネさん。私、最近デジャヴを見るようになったのかしら」
「奇遇ですわね、キャルルさん。私も、少し前にこれとそっくりな光景を見た記憶がありますわ」
リビングの入り口で、私とキャルルさんは、死んだ魚のような目でその光景を見つめていた。
「おや、コトネ! キャルル!」
私たちの気配に気づいたルチアナが、ドヤ顔で振り返った。
「見なさい、この神々しい掛軸を! 私たち、ついに手に入れたのよ! 部屋に飾るだけで金運が爆上がりして、パチンコは常時確変、ガチャはSSR確定の『神話級・黄金昇龍の金運掛軸』をね!」
「そうですわ! これさえあれば、私たちもラスティア様みたいな不労所得のセレブ生活間違いなしですわーッ!」
「…………」
私とキャルルさんは無言で顔を見合わせた。
そして、無言のままリビングのテーブルに置かれていたルナミス新聞の朝刊を手に取った。
「……キャルルさん。ガムテープを」
「ええ、コトネさん。今回は『布製』の強力なやつを出しておくわね」
ビリッ、ビーーッ!
私は丸めた新聞紙の束に、キャルルさんが手渡してくれた強力な布製ガムテープを、何重にも、何重にもガチガチに巻きつけていった。
前回はただ新聞紙を丸めただけのハリセンだったが、今回は違う。打撃力を極限まで高めるため、中に芯として『丸めたチラシ』を仕込み、表面をガムテープで完全にコーティングした『特製・新聞紙棍棒』である。
「えっ……? ちょ、ちょっとコトネ? なんで新聞紙をそんな殺傷能力高そうな武器に加工してるの?」
ルチアナが顔を引きつらせて後ずさる。
「……ルチアナ様。リーザちゃん。あなたたち、ついこの間、私が何を教えたか覚えています?」
私の声は、絶対零度よりも冷たく、地獄の底よりも深く沈み込んでいた。
その背後から、般若のような怒気を放つ【デパートのオーナー】のオーラが立ち昇るのを見て、二人はヒッと短い悲鳴を上げた。
「だ、だって! 今回は本物ですのよ! さっき魔導鑑定石でかざしたら、間違いなく『神話級』で『SSR確定』って空中に文字が出ましたの!」
リーザが必死に弁明する。
「お言葉ですが、リーザちゃん」
私は特製・新聞紙棍棒を肩にポンポンと叩きながら、壁の掛軸を一瞥した。
「そんな紙切れ、鑑定石を使うまでもありませんわ。紙質はタローマートの文具コーナーで売られている三十枚百円の半紙。墨は水で薄めすぎた粗悪品。そして何より、描かれている龍の筆使いに『魂(プロの仕事)』が1ミリも感じられません」
「えっ……?」
「魔導鑑定石の表示がどうであれ、この私が【ただの落書き】と断じているのです。……デパートのバイヤーの目を舐めないでいただけます?」
私の絶対的な審美眼による宣告に、二人が青ざめる。
その時。
「あ、アホかぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
リビングのソファで、二人が持ち帰った『魔法のローン契約書』に目を通していたニャングルさんが、猫耳の毛を逆立てて絶叫した。
「お前ら! この前、ワイが複利の恐ろしさをコンコンと説明したばっかりやろが! なんでまた『一日につき元本の1割』の超絶暴利ローンにハンコ押してきとるんや!!」
「え? だって、初期費用ゼロで、明日には空から金貨が降ってくるから実質タダだと、ITコンサルタントのサメジマさんが……」
「降ってくるわけあるかい!!」
ニャングルさんが算盤を床に叩きつけた。
「そもそも『ITコンサルタント』ってなんやねん! この世界にパソコン(IT)あらへんやろが! ただ横文字並べただけの情報商材屋のペテンに、まんまと引っかかりおって! この契約、支払いが遅れたら『マグローザ漁船での強制労働』に同意するって書いとるんやぞ!!」
「「ま、マグローザ漁船ッ!?」」
リーザとルチアナが、絶望の叫びを上げて抱き合った。
ついこの間、火原という詐欺師がドナドナされていった、あの地獄の蟹工船である。
「……状況は完全に理解いたしましたわ。ニャングルさん、解説ありがとうございます」
私はニコリと、この上なく恐ろしい営業スマイルを浮かべた。
そして、手に持った特製・新聞紙棍棒を、空中でシュンッ! と一振りした。布ガムテープで補強された棍棒が、空気を切り裂く鋭い音を立てる。
「ルチアナ様。リーザちゃん。……そこに、正座なさい」
「ひぃぃぃぃっ!!」
「コ、コトネさんが本気でキレてますわぁぁっ!」
二人は弾かれたように大理石の床に正座し、両手で頭を覆った。
「いきますわよ。クーリングオフの基本、その一!」
バゴォォォォンッ!!
「あべぇっ!?」
ルチアナの頭頂部に、新聞紙とは思えない鈍い打撃音が響き渡り、彼女は白目を剥いて前のめりに倒れ込んだ。
「うまい話には必ず裏がある! 楽して稼げるメソッドがあるなら、赤の他人に教えずに自分でやっていますわ!!」
「ご、ごべんなざいぃぃ!」
「その二!」
今度はキャルルさんが、私の手から棍棒を奪い取り、リーザの頭に向かってフルスイングした。
ドガァァァァンッ!!
「あァんっ! 私のアイドルとしての脳神経がァァッ!」
「横文字やカタカナ言葉を多用する奴は、中身のなさを誤魔化しているだけ! 『レバレッジ』だの『コミット』だの言われたら、まずはその言葉の定義を日本語で説明させなさい!!」
「は、はいぃぃっ! もやしで脳がバグってましたのぉぉ!」
「その三!」
私が再び棍棒を受け取り、二人まとめて横凪ぎに一閃する。
バチィィィーンッ!!
「「ぎゃあああああっ!!」」
「契約書の小さな文字を読まないのは、まな板の上の鯉と同じ! なぜあなたたちは、チーズ(学習能力)を毎回どこかへ落としてくるんですの!! 次同じことをやったら、私が直々にマグローザ漁船への片道切符を手配しますわよ!!」
「「もう絶対にやりませんわ(ないわ)! ごめんなさいぃぃっ!!」」
リビングに、情けない女神と元王女の号泣が響き渡った。
「……相変わらず、やかましい夜だな。テレビのボリュームが聞こえん」
部屋の隅のコタツから、タローマンのジャージ姿のジークさんが、ポポロシガーを吹かしながら気怠げに顔を出した。
彼は一部始終を見ていたはずだが、全く動じる様子もなく、リモコンのボタンを操作している。
「ジークさん、うるさくして申し訳ありません。ですが、これはポポロ村の治安と、当デパートの顧客様の金融リテラシーを守るための必要な教育ですわ」
私は息を整えながら、特製・新聞紙棍棒を肩に担ぎ直した。
「……ニャングルさん。この詐欺師の名前、『サメジマ』と言いましたね」
「お、おう。せやな。自称ITコンサルタントのサメジマや」
ニャングルさんは、私の放つ絶対零度のオーラに猫耳をペタンと伏せながら頷いた。
「魔導鑑定石の表示を偽装し、無価値な落書きを神話級のアイテムだと偽って売りつける。……それは、商品の『本質の価値』を追求し続ける、すべての真っ当な商人や職人に対する、最悪の冒涜ですわ」
私はエプロンの紐をギリッと強く結び直した。
「前回の火原と同様……いえ、言葉巧みに若者の夢や射幸心を食い物にする分、より悪質です。……百貨店シュクルの名にかけて、この『サメジマ』という男のビジネスを、ポポロ村の商圏から完全に排除いたしますわ」
「コ、コトネはんがまたキレた……! これ、相手が社会的・物理的に完全に消滅するパターンのやつや!」
ニャングルさんが身震いする。
「行くわよ、キャルルさん、ジークさん。明日は朝一番で、その『サメジマ・アドベンチャー・サロン』とやらへ、直々の【市場調査】へ向かいますわ」
「ええ、任せてちょうだい。私の村で詐欺を働く輩は、安全靴の踵で更生させてあげるわ」
キャルルさんが、足元の特注安全靴をカチッと鳴らした。
「……まぁいい。どうせ暇だしな。そのサメジマとかいう横文字野郎を殴り飛ばせば、明日の昼飯はデパ地下の『特上焼肉弁当』で手を打ってやる」
ジークさんも、よっこらせとコタツから這い出し、首をゴキッと鳴らした。
愚かな詐欺師が、絶対に怒らせてはいけない【最強の商人】の逆鱗に触れた夜。
ポポロ村の平和を守るため、偽りのメッキを剥がす情赦なき戦いが、再び幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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