第七章 情報商材屋の末路と、魔法少女のお約束破壊
フードコートの格差社会 ~魔王の不労所得と底辺のもやし~
ポポロ村の村長公邸、その一角に展開された【デパート】の地下食品フロア。
その奥にある『特設・高級フードコート』は、今日も昼時から大盛況であった。
デパ地下名物の高級惣菜や、職人が腕によりをかけた出来立ての料理をその場で楽しめるイートインスペース。村の住人たちや、三カ国の駐留兵たちが入り乱れ、あちこちから「美味い!」「もう一杯!」という歓声が上がっている。
しかし、そんな賑やかで幸福な空気から完全に切り離された『絶対零度のテーブル』が一つだけ存在していた。
「シャキ……シャキ……」
「シャリ……シャリ……」
色あせた芋ジャージ姿の駄女神ルチアナと、元王女にして地下アイドルのリーザ。
二人の前には、使い込まれたプラスチックのトレイに乗せられた『もやし炒め定食(肉なし・塩味のみ)』と、『白米(ふりかけ無し)』がポツンと置かれている。
二人は虚ろな目で宙を見つめながら、ひたすらにもやしを咀嚼していた。
「……ねえ、ルチアナ様。もやしって、噛めば噛むほど、水分の味しかしませんのね」
「そうね、リーザ。でも大丈夫よ。目を閉じて、脳内で高級なタレの味を想像しながら食べれば、これは立派な焼肉よ。……シャキシャキ……うぅっ、やっぱりただの塩もやしじゃないのぉぉっ!」
ルチアナが割り箸をへし折らんばかりに握りしめ、ボロボロと涙を流す。
なぜ彼女たちがまたしてもこんなドン底の食生活を送っているのか。理由は簡単である。
昨日、ポポロ村のパチンコ屋『ルナミスパーラー』で新台のイベントがあり、リーザが「今日こそ銀玉の雨を降らせて大富豪ですわ!」と全財産を突っ込んで見事にスったからだ。
そしてルチアナはルチアナで、「月人君の新しいソシャゲガチャ、今引けば絶対にSSRが出る神の直感があるわ!」と、食費の残りをすべて課金に溶かして、見事に『爆死』したからである。
「あああ……一発逆転の、凄い金運が降ってきませんこと……?」
リーザが天を仰ぎ、恨めしそうにフードコートの天井を睨みつける。
その時だった。
ジュウウウウウウウッ……!!
という、暴力的なまでに食欲をそそる肉の焼ける音と、芳醇なガーリック、そして極上の赤ワインの香りが、二人の鼻腔を強烈に殴りつけた。
「な、なんですのこの匂い……!? 胃袋が直接鷲掴みにされるような……!」
二人が横を向くと、通路を挟んだ隣のVIP専用ボックス席で、一人の女性が優雅にナイフとフォークを動かしていた。
「ん〜っ♡ やっぱり、コトネのデパ地下のお肉は最高ね。魔皇国の宮廷シェフが束になっても敵わないわ」
漆黒のゴスロリ風ドレスに身を包み、赤ワインのグラスを傾けているのは、アバロン魔皇国の頂点に君臨する魔王、ラスティアである。永遠の17歳(自称)を名乗る彼女の目の前には、熱々の鉄板に乗せられた『A5ランク黒毛和牛の極厚ヒレステーキ』が鎮座していた。
ナイフを入れるたびに溢れ出す肉汁。それを濃厚な特製デミグラスソースに絡め、口に運んではウットリと頬を緩ませている。
「ひぃぃぃっ……! ひ、ヒレステーキ……! しかもA5ランク……!」
リーザの口から、滝のようにヨダレが流れ落ちる。
そこへ、パリッとしたコックコートに身を包んだ私が、銀のトレイを持ってテーブルに近づいた。
「お待たせいたしましたわ、ラスティア様。食後のデザート、『完熟メロロンとあまおう苺のプレミアム・タワーパフェ』でございます」
「あら! 待っていたわコトネ。お肉の後の甘いものは別腹よね♡」
私がうやうやしくテーブルに置いたのは、高さ三十センチはある特大のパフェだった。一番上にはキラキラと輝く飴細工が飾られ、何層にも重なったクリームとフルーツが、まさに芸術品のような美しさを放っている。
「いつもご贔屓にしていただき、誠にありがとうございます。本日のお会計、ヒレステーキのセットとパフェ、そしてヴィンテージワインのボトルを合わせまして、金貨三枚となりますわ」
「ええ、ツケじゃなくてキャッシュで払うわよ。はい、ちょうどね」
ラスティアが、無造作に懐から金貨を三枚取り出し、私のトレイにポンと乗せた。
金貨三枚。日本円にして約三万円。それをランチの一食に、しかも現金でポンと支払うその羽振りの良さに、隣のテーブルから「ギリリリリッ……!」と歯ぎしりの音が聞こえてきた。
「ちょっと! ちょっと待ちなさいよアンタ!」
ついに耐えきれなくなったルチアナが、もやしの入った小鉢を握りしめたまま、ラスティアのテーブルに身を乗り出した。
「どうしたのルチアナ? もやし炒め、一口分けてあげようか? 私はいらないけど」
ラスティアが、パフェの苺を上品に口に運びながら、余裕の笑みを浮かべる。
「もやしは要らないわよ! じゃなくて! あんた、魔王のくせに最近やけに羽振りが良いじゃないの! この前だって、福岡まで月人君の追っかけツアーに行って、グッズを爆買いしてたわよね!?」
「ええ、もちろんよ。推し活にはお金がかかるもの。月人君の等身大アクリルスタンド、最高だったわ♡」
「おかしいわ! 魔皇国の国家予算だって無限じゃないはずよ! あんた、さてはまた国庫を横領したわね! ヴァルキュリアに告げ口して、天使レスラーにドナドナさせるわよ!」
ルチアナが目を血走らせて詰め寄る。
しかし、ラスティアは全く動じることなく、ふふっ、と艶やかに笑った。
「失礼ね。今回は国庫なんて手をつけていないわよ。純粋な私個人の『お小遣い』よ」
「お小遣いですって……!? 一体どうやってそんな大金を!」
「そうねぇ……。強いて言えば、偶々(たまたま)よ♡ 運が良かったってやつかしら?」
ラスティアはウインクをして見せたが、その瞳の奥には、裏社会を牛耳る魔王としての、どす黒いビジネスの光が宿っていた。
(ふふふ……。ルチアナの奴、何も知らないのね。最近、ナンバーズの連中から『アバロン魔皇国製の魔獣カプセル』の極秘発注が大量に入ってきているのよ。不良在庫のカプセルを横流しするだけで、莫大な金貨がチャリンチャリンと私個人の裏口座に振り込まれる……。何もしなくてもお金が入ってくる、これぞまさに至高の『不労所得』! このビジネスが儲かって儲かって仕方ないのよねぇ♡)
数日前、ポポロ村を襲ったグリフィンの入っていた魔獣カプセル。
あれは元々、ナンバーズの幹部スリーが使用したものだが、その『供給元』こそが、他ならぬこの魔王ラスティアであったのだ。
当然、そんな黒幕的な真実を、彼女がバカ正直に語るはずもない。
「と、とにかく! ちょっとくらい偶々儲かったからって、私やリーザの前でA5ランクのステーキを見せびらかすなんて、性格が悪すぎますわ!」
「あら、貧乏なのはあなたたちの計画性がないせいじゃない。ガチャやパチンコに生活費を突っ込むからそうなるのよ。……あぁ、美味しい。コトネ、食後にポポロ・コーヒーもいただけるかしら?」
「かしこまりましたわ」
私はニコリと笑い、注文を取りに厨房へ戻っていった。
残されたルチアナとリーザは、ラスティアの放つ『圧倒的勝者のオーラ』と、目の前にある『味のないもやし炒め』という、資本主義の残酷すぎる格差社会を前に、ワナワナと震え上がっていた。
「……許せませんわ」
リーザが、血の涙を流しながら立ち上がった。
「何が『偶々』ですの! 何が『運が良かった』ですの! 金貨三枚のランチ……私だって、私だって食べたいですわぁぁっ!」
「そうよリーザ! 神様がもやしを食べて、魔王がヒレステーキを食べるなんて、この世界の理が間違ってるのよ! 私たちも、不労所得が欲しい! 寝ててもチャリンチャリン儲かる、一攫千金のビッグビジネスが!!」
「ええ! 行きましょうルチアナ様! きっとこのポポロ村のどこかに、私たちをセレブにしてくれる、夢のような『オイシイ話』が転がっているはずですわ!」
完全に思考回路がショートし、射幸心と飢餓感に支配された二人は、もやし炒めのトレイを放置したまま、フラフラとフードコートを後にしていく。
「あ、あの二人……また何かろくでもないトラブルに巻き込まれそうな顔をしていましたわね……」
コーヒーメーカーの前に立ちながら、私は二人の背中を見て深い深いため息をついた。
「おい、コトネ。俺の昼飯はまだか。ハンバーグにはチーズを乗せろと言ったはずだが」
厨房の奥から、タローマンのジャージ姿のジークさんが、ポポロシガーを吹かしながら顔を出した。
「はいはい、ジークさんの特製チーズハンバーグ、今焼き上がりますからね」
平和なデパ地下のフードコート。
しかし、飢餓状態の駄女神と元王女が、ポポロ村の路地裏へと足を踏み入れたその時。
新たなる『悪徳商法(カモ狩り)』の罠が、口を開けて彼女たちを待ち受けていることを、まだ誰も知らなかったのである。
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