祝祭のマグロ解体ショー! ~デパ地下鮮魚コーナーの極上大トロを皆様へ~
祝祭のマグロ解体ショー! ~デパ地下鮮魚コーナーの極上大トロを皆様へ~
黄昏時のポポロ村、中央広場。
つい先ほどまでAランク魔獣グリフィンの暴風が吹き荒れ、悪徳詐欺師の爆弾首輪が点滅していた絶望の戦場は、私のユニークスキル【デパート】によって、一夜限りの『祝祭空間』へと姿を変えていた。
「さぁさぁ皆様、お待たせいたしました! これより、百貨店シュクルが誇る一大エンターテインメント……『デパ地下鮮魚コーナー特設・大間産特大本マグロ解体ショー』を開幕いたしますわーッ!」
私が魔導マイクを通して高らかに宣言すると、広場を埋め尽くした村人や冒険者たちから、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
私の背後に展開されたのは、デパートの屋上遊園地を模した巨大な特設ステージ。その中央に鎮座する特大のまな板の上には、先ほどの戦闘で絶対零度の冷気ブレスを放ち、今は程よく完璧な状態に解凍された『全長三メートルの大間産冷凍本マグロ』が、堂々たる巨体を横たえている。
「ふふふ……見事な赤身の照り、そして腹側に蓄えられた極上の脂……! グリフィンを仕留めた際の闘気が細胞の隅々まで行き渡り、鮮度を保ったまま熟成の域にまで達していますわ!」
私はコックコートの袖をまくり上げ、興奮気味にマグロの表面を撫でた。
前世のデパ地下でも、これほど見事な個体には数年に一度お目にかかれるかどうかという、まさに奇跡の極上品である。
「それでは、本日の『解体職人』をご紹介いたしましょう! 我らがポポロ村の治安を守る最強の護衛にして、マグロに冷気ブレスを吐かせた男……ジークさんですわ!」
「……おい。その紹介の仕方は、俺が頭のおかしい変態みたいに聞こえるからやめろ」
村人たちの「うおおおっ! ジークさーん!」「大間産最高ォォッ!」という熱狂的なコールの中、タローマンのジャージに便所サンダルという、およそ神聖な解体ショーには不釣り合いな出で立ちの男がステージに上がってきた。
「ジークさん、包丁の準備はよろしいですか?」
「あぁ。デパートの高級包丁を使わせてもらうのもいいが……今日の俺はこいつの気分だ」
ジークさんがジャージのポケットから取り出したのは、タローマートの調理器具コーナーで特売品として売られている『家庭用万能包丁(定価:銅貨五枚)』だった。
「ちょ、ジークさん!? そんなペラペラの家庭用包丁で、三メートルもある本マグロの骨を断ち切れるわけがありませんわ!」
「俺の『野生の思考』を舐めるなよ、コトネ。……どんな鈍らだろうと、俺の闘気を極限まで薄く、鋭く纏わせれば、名刀『正宗』すら凌駕する単分子カッターに化ける」
ジークさんはそう言うと、家庭用包丁の柄を軽く握り直した。
シュンッ……!
途端に、百円均一レベルのステンレス包丁から、空間を切り裂くような黒紅の闘気が『刃』の形となって一メートル以上も伸びた。まるでSF映画のライトセーバーである。
「……いくぞ。休日の労働の対価、きっちりと捌かせてもらう」
ジークさんの目が、剣鬼のごとき鋭い光を帯びた。
彼がサンダルでドンッとまな板の前を踏み込む。
「【闘気抜刀・ブリコラージュ解体(五枚下ろし)】ッ!!」
シャァァァァァァァァァンッ!!!!!
広場に集まった全員の視界が、幾千もの黒紅の閃光によって白く染まった。
ジークさんの腕の動きは、完全に音速を超えていた。あまりの速さに、包丁を振るう摩擦音すら後から聞こえてくるほどだ。
カマを落とし、背と腹に包丁を入れ、巨大な中骨を寸分の狂いもなく切り離す。細胞を一つも潰さず、極上の脂を一切逃さない、まさに神業の太刀筋。
「お、おおおおおおっ……!?」
閃光が収まった後。
巨大なまな板の上には、先ほどまでの魚体の形が嘘のように、美しくサク取りされた『赤身』『中トロ』『大トロ』のブロックが、まるで宝石のように整然と並べられていた。
一切れの無駄もない、完璧すぎる解体である。
「お見事ですわ、ジークさん!! さぁ皆様、ここからはパティシエにして食のプロフェッショナル、このコトネの『職人の手』の出番ですわよ!」
私はジークさんからバトンを受け取り、あらかじめ用意しておいた、人肌の温度に保たれた赤酢のシャリが入ったお櫃の前に立った。
マグロのサクを切りつけ、シャリをふんわりと握り、極上のネタを乗せる。
デパ地下の惣菜コーナーで鍛え抜かれた私の手捌きは、一秒間に一貫という猛烈なスピードで、大皿の上に紅白の芸術品(寿司)を積み上げていった。
「完成いたしましたわ! 『大間産冷凍本マグロ・極上大トロと赤身の握り・デパ地下特製盛り合わせ』ですわーッ!!」
黄金の大皿に山盛りにされた、キラキラと輝く大トロ。
その圧倒的な暴力的なまでの『美味のオーラ』を前に、最前列で陣取っていた芋ジャージの二人組――リーザとルチアナが、餓狼のような目でヨダレを垂らしていた。
「さぁ、もやし炒め生活を耐え抜いたお二人に、特別に最初の一皿をプレゼントですわ!」
「い、いただきますわぁぁぁぁっ!!」
「私の大トロよぉぉぉっ!!」
リーザとルチアナは、マナーも何もあったものではないスピードで大トロの握りを鷲掴みにし、そのまま大きな口を開けて放り込んだ。
「――――ッ!!?」
二人の動きが、雷に打たれたようにピタリと止まった。
「……溶ける。お口の中で……お魚のお肉が、噛まなくてもトロトロに溶けていきますわ……っ!」
リーザの大きな瞳から、ポロポロと真珠のような涙がこぼれ落ちた。
「濃厚なマグロの旨味と、甘い脂……! それを赤酢のシャリがさっぱりと包み込んで、口の中が完全に『神の領域』に到達してるわ……っ!!」
ルチアナも、永遠の十七歳の頬をバラ色に染め、天を仰いで号泣している。
「あぁ……私、パンの耳と雑草を食べて泥水すすって、詐欺師に騙されて……でも、この一瞬のために生きてきたんですわ! こんなに美味しいものが食べられるなら、もう変な開運の壺なんていりませんわぁぁっ!!」
「そうよ! 毎日の美味しいご飯こそが、本物の幸福! ガチャのSSRなんて、この大トロに比べたらただのピクセルデータよぉぉぉっ!!」
もやし炒めの地獄から、極上の大トロ天国へ。
本物の美味の前に、二人の脳内に巣食っていた『悪徳商法の洗脳』と『ギャンブル依存症』が、見事に浄化されていく。
「はいっ! 全国のリスナーの皆さ〜ん! 見てくださいこの大トロのシズル感! 深夜に見たら完全なる飯テロですよーっ☆」
キュララが、空中に浮かべた魔導カメラで寿司をドアップにしながら、自分も大トロを次々と口に放り込んでいる。
「ん〜っ! 脂が甘ぁ〜い! 皆もスパチャ投げてくれたら、エアーで食べさせてあげるからねっ☆」
「コトネさん! これ、とっても美味しいですわ! 世界樹の森の果物も美味しいですけれど、海のお魚さんってこんなに凄いんですのね!」
ルナ様が、初めて食べるお寿司に目をキラキラと輝かせている。
「しっかり食べなさいルナ! 次に私に内臓の提供を求めてきたら、あんたの首をトンファーで刈り取るわよ! むぐむぐ……んんっ、赤身の旨味が強烈で、流星脚の疲労が吹っ飛ぶわ!」
背中に包帯を巻いたキャルル村長も、安全靴を脱いでリラックスした様子で、赤身の握りを次々と平らげている。
「フフフ……ええ眺めやな。詐欺師も消えて、村の連中も腹一杯で笑顔になっとる。コトネはんの『デパート』は、本物の魔法みたいなもんやで」
ゴルド商会のニャングルさんが、熱燗の徳利を傾けながら、目を細めて広場の光景を見渡した。
「ええ。偽物のメッキで着飾ったガラクタではなく、確かな技術と本物の品質で、お客様の胃袋と心を完璧に満たす。これこそが、百貨店シュクルの誇りですわ」
私はエプロンを外し、皆の笑顔を見つめながら、フッと優しく微笑んだ。
「……おい、コトネ」
背後から声がして振り返ると、まな板の前に立っていたジークさんが、いつの間にか山盛りの『中トロの握り』と『大トロの炙り』を確保して、もぐもぐと口を動かしていた。
「ジークさん、あなた解体しながらこっそり一番美味しいところをつまみ食いしてましたわね?」
「俺の休日の労働の対価だ。文句は言わせん。……だが、まぁ」
ジークさんは、珍しくジャージのポケットから手を出し、手掴みでもう一貫、大トロを口に放り込んだ。
「お前の握る寿司は、悪くない。これなら、たまには休日にパイプ椅子を振るってやるのも、悪くないかもしれんな」
「ふふっ、最高の褒め言葉として受け取っておきますわ。さぁ、まだまだマグロは残っています! ジークさんも、遠慮せずにお腹いっぱい召し上がってくださいな!」
私は満面の笑顔で、再びシャリのお櫃へと手を伸ばした。
詐欺師が残した借金の呪いも、空を飛ぶ魔獣の恐怖も。
すべては、デパ地下が誇る『極上の食』と、職人の技術によって、ポポロ村の笑顔へと昇華されたのだ。
夜空に輝く満月の下、百貨店シュクルの大宴会は、賑やかに、そしてどこまでも美味しく続いていくのだった。
(第6章 悪徳霊感壺売りと、大間産冷凍本マグロの奇跡 完)
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