絶望の魔獣カプセル ~グリフィン、ポポロ村に降臨す~
絶望の魔獣カプセル ~グリフィン、ポポロ村に降臨す~
「キシャァァァァァァァァァッ!!!」
ポポロ村の中央広場に、鼓膜を劈くようなAランク魔獣・グリフィンの咆哮が轟いた。
黄金の羽毛に覆われた巨大な翼が一度羽ばたくだけで、台風並みの暴風が巻き起こり、広場に並んでいた露店のテントや木箱が木の葉のように吹き飛ばされていく。
「ひぃぃぃっ! ば、化け物だァァッ!」
「逃げろ! 食い殺されるぞォォッ!」
先ほどまで火原を包囲して怒号を上げていた村人たちは、圧倒的な『死の気配』を前にしてパニックに陥り、クモの子を散らすように逃げ惑い始めた。
「ヒャハハハハハッ! やれ! 全部壊してまえ! どうせ死ぬなら、この村の連中も道連れやぁぁッ!」
広場の中心で、首のタイマーが非情なカウントダウン(残り三分)を刻み続けているにもかかわらず、火原がヤケクソになって狂笑している。
「あのバカ、自分が何を出したか分かっていませんの!?」
私は飛ばされそうになるトレンチコートを押さえながら、叫んだ。
グリフィンは、獅子の強靭な肉体と鷲の飛行能力を併せ持つ、完全なる空の捕食者。その鋭い鉤爪は鋼鉄の鎧すら豆腐のように切り裂き、硬いクチバシは岩盤を砕く。軍隊の一個大隊が動員されてようやく討伐できるレベルの、戦略級の魔獣である。
「キルルルルッ!」
グリフィンの凶悪な黄金の眼球が、逃げ惑う村人たちの一団を捉えた。
強靭な後脚が地面を蹴り砕き、巨大な影が村人たちへと襲いかかろうとした、その刹那。
「村の皆に、指一本触れさせるかァァァッ!!」
ズドォォォォンッ!!
蹄の重い駆動音と共に、一陣の風が広場に突入してきた。
ケンタウロス種の強靭な下半身を躍動させ、全身に重装甲プレートを纏った自警団リーダー、マンミアさんである。
「マンミアさん!」
彼女は右手に分銅鎖『メビウス』を、左腕には巨大なパイルバンカー『アグニ』を構え、時速八十キロを超える猛スピードでグリフィンの側面に突撃を敢行した。
「喰らえ! 【チャージタックル】ッ!!」
ドンッッ!!
ケンタウロスの全質量と闘気を乗せた体当たりが、グリフィンの巨体を真横から撥ね飛ばす。
「ギャアァッ!?」と体勢を崩したグリフィンに対し、マンミアさんは間髪入れずに左腕の『アグニ』を突き出した。
「射出ッ!!」
ガキンッ! という火薬の爆発音と共に、極太の鋼鉄杭が射出される。魔導戦車の装甲をも貫くその一撃。
だが。
ガインッ!!
「なっ……!?」
グリフィンは咄嗟に黄金の翼を盾にし、鋼鉄の杭をその『硬質な羽毛』で弾き返してしまった。
「嘘でしょ……アグニの貫通力を、羽だけで防いだっていうの!?」
マンミアさんが驚愕に目を見開く。
「グルルルァァァッ!!」
反撃とばかりに、グリフィンが巨大な翼を広げて強風を巻き起こし、同時に鋭い鉤爪を振り下ろした。
マンミアさんは咄嗟に分銅鎖『メビウス』を盾にして防御するが、圧倒的な筋力差の前に鎖ごと弾き飛ばされ、大理石の地面を数十メートルも転がって防壁に激突した。
「ガハッ……! あぁっ……私、まだ一度も彼氏を背中に乗せてハイウェイを走ったこともないのに、ここで……!」
マンミアさんが血を吐きながら、二十五歳の悲痛な未練をこぼして意識を失いかける。
「マンミアさん!!」
私が駆け寄ろうとした時、私の頭上を飛び越えて、一筋の銀光が戦場に躍り出た。
「よく持ちこたえてくれたわね、マンミア! あとは私に任せなさい!」
人参刺繍のハンカチを首に巻き、両手にミスリル製のダブルトンファーを構えた月兎族の少女。
我らがポポロ村の村長、キャルル・ムーンハートである。
「村長……キャルル様……っ」
「安心して。私の村で、好き勝手にはさせないわよ! 【月影流・乱れ鐘打ち】ッ!!」
キャルルさんの足に履かれたタローマン特注の安全靴が、凄まじい速度で空を切り裂く。
100メートルを5秒台で駆け抜ける月兎族の超絶機動力。彼女はグリフィンの周囲を縦横無尽に跳ね回りながら、トンファーでの牽制と、闘気を乗せた強烈な回し蹴りを次々と叩き込んでいく。
ドゴッ! バキィッ!
「ギャァァッ! キシャァァァァッ!」
さしものグリフィンも、キャルルさんの目にも留まらぬ連続攻撃に翻弄され、ダメージを蓄積させていく。
(いける……! キャルルさんのスピードなら、あの魔獣を圧倒できる!)
私が希望を見出した、その時。
グリフィンが、苛立たしげに両翼を大きく羽ばたかせた。
バサァァァァァァッ!!!
「きゃあっ!?」
吹き荒れる暴風に、キャルルさんの小柄な体が宙に浮き上がる。
そして、グリフィンはその隙を逃さず、強靭な脚力で一気に『上空』へと舞い上がった。
「キルルルルッ……!」
地上数十メートルの空中。
そこは、グリフィンにとって絶対的優位な領域。
空を飛べないキャルルさんは、地上から歯ぎしりをして見上げるしかない。
「卑怯よ! 降りてきて正々堂々と殴り合いなさいよ!」
キャルルさんが叫ぶが、グリフィンは嘲笑うかのように上空を旋回し、口の中に強烈な魔力の塊(風刃)を生成し始めた。
地上を一方的に爆撃するつもりだ。あんなものを連続で撃たれれば、避難が遅れている村民たちに甚大な被害が出る。
「くっ……! こうなったら、アレをやるしかないわね!」
キャルルさんが、トンファーを腰に納め、タローマン特注の安全靴の踵をカチッと鳴らした。
靴に仕込まれた『雷竜石』が解放され、彼女の足元にバチバチと紫電の雷光が纏わりつき始める。
「【超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)】ッ!!!」
ドォォォォォォンッ!!
キャルルさんが地面を蹴り砕き、マッハ1の速度で空中のグリフィンへ向かって一直線に跳躍した。
一億ボルトの雷光と、闘気の全てを乗せた必殺の飛び蹴り。
だが、グリフィンは空の王者だ。
空中で自由に軌道を変えられないキャルルの直線的な攻撃を、わずかに体を捻るだけでギリギリ回避してしまったのだ。
「しまっ……!?」
「シャァァァァッ!!」
すかさず、グリフィンの強靭な鉤爪が、空中で無防備になったキャルルさんの背中を深く切り裂いた。
「あぁぁっ……!」
「キャルルさんッ!!」
紫電の光を失い、血しぶきを上げながら地上へと落下していくキャルルさん。
彼女はギリギリのところで受け身を取り、大理石の床を滑るようにして着地したが、背中からは夥しい血が流れ、そのまま片膝をついてしまった。
「はぁっ……はぁっ……! くそっ、空を飛ばれたら、私の蹴りが……当たらない……!」
絶望的な状況だった。
地上最強の自警団リーダーは吹き飛ばされ、村の最高戦力であるキャルルさんも重傷。
上空には、悠然と旋回しながらトドメの爆撃を準備するグリフィン。
そして、広場の中心には、首輪の爆発タイマーが残り一分を切り、狂ったように笑い続ける詐欺師の火原。
「ハハハハッ! 見ろや! ワイの出した魔獣の勝ちや! どうせワイは死ぬんや! お前らも全員、ここでミンチにしてやるわァァァッ!」
終わる。このままでは、ポポロ村が滅びる。
私は奥歯を強く噛み締め、デパートのスキルで対空魔砲を召喚しようと魔力を練り上げた。
だが、私が準備を整えるよりも早く、グリフィンの風刃が放たれるだろう。
「……ジークさん! ジークさん、どこですかッ!!」
私は、私の専属護衛であり、最強の戦士である男の名を叫んだ。
さっきまで、私のすぐ後ろでタローマンのジャージ姿で立っていたはずのジークさんの姿が、どこにも見当たらない。
まさか、逃げたのか?
いや、あの男に限ってそれはない。休日の睡眠を邪魔されることには激怒するが、絶対に敵前逃亡などする男ではないのだ。
「お願いジークさん、早く来て! 空を飛ぶあいつを、どうにかして引きずり下ろさないと……!」
私が天を仰いで祈った、まさにその直後だった。
『……おい、コトネ』
背後の、少し離れた路地の入り口から、呆れたような、しかし絶対的な安心感を伴う低い声が響いた。
『空を飛ぶ鳥野郎には、極上の【海の幸】をぶつけるしかねぇな』
私がバッと振り返ると、そこには信じられないものを肩に担いだ、ジャージ姿の護衛が立っていた。
「……え?」
ジークさんの右肩に担がれていたのは、剣でも、魔導ライフルでも、いつものパイプ椅子でもなかった。
それは、私のユニークスキル【デパート】のB1F、鮮魚コーナーの奥深くの冷凍庫に保管されていたはずの――。
表面がカチカチに凍りつき、霜を吹いている、全長三メートルを超える巨大な魚。
『大間産・冷凍本マグロ』であった。
「……ジ、ジークさん……? なんで、冷凍マグロを……?」
私がポカンと口を開けてフリーズしていると、ジークさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「今夜は、美味い寿司が食いたくてな。……コトネ、少し下がっていろ。鳥の解体ショー(物理)の時間だ」
絶望の戦場に、突如として持ち込まれた極寒の海の王者。
誰も予測できない、大間産冷凍本マグロとグリフィンの、前代未聞の死闘が今、幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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