悪徳霊感商法を許すな! 百貨店シュクルの市場調査 ~お客様の信用を騙る贋作師~
悪徳霊感商法を許すな! 百貨店シュクルの市場調査 ~お客様の信用を騙る贋作師~
ポポロ村の中央商業区から少し離れた、入り組んだ裏路地。
普段は日陰者や訳ありの行商人たちがひっそりと店を出すこの場所に、私は専属護衛のジークさんを連れて足を踏み入れていた。
「……なぁ、コトネ。市場調査って言うからデパ地下の新作スイーツの試食でもするのかと思えば、なんでこんなカビ臭い裏路地をうろついてるんだ。俺の休日の貴重なリラックスタイムが、またしても削られているんだが」
ジークさんが、いつものタローマン製ジャージのポケットに両手を突っ込み、気怠げなため息を吐いた。彼の足元では、ペラペラの便所サンダルがパタパタと気の抜けた音を鳴らしている。
「我慢してください、ジークさん。日当の『特上うな重』はすでにお約束したはずですわ。それに、これは百貨店シュクルの誇り、ひいてはポポロ村の健全な市場を守るための重要な視察なのです」
私は探偵のようにトレンチコートの襟を立て(デパートの婦人服フロアで調達した特注品だ)、路地の奥へと視線を巡らせた。
ターゲットは、ルチアナ様とリーザちゃんを悪徳ローン契約で騙した詐欺師、『火原』。
これ以上、彼のような三流の詐欺師にポポロ村のお客様が食い物にされるのを、流通と販売を司る者として見過ごすわけにはいかない。
路地をさらに奥へ進むと、薄暗い一角に人だかりができているのが見えた。
ゴザを敷いた簡素な露店。その中央に胡座をかいているのは、黒いコートを羽織り、いかにも怪しげなオーラを漂わせた四十がらみの中年男だった。首元には、不自然なほど分厚い金属製の首輪が嵌められている。
彼が、ナンバーズの末端にして脱走奴隷の詐欺師、火原元だ。
「さぁさぁ、そこのお若いの! 迷宮探索で怪我をしたんやな? 治りが遅くて困っとるんとちゃうか?」
火原が、片腕に包帯を巻いた若い下級冒険者を呼び止めていた。
「ああ……ポーションを買う金もなくてな。安宿で寝てるしかねぇんだ」
「そんな兄ちゃんに朗報や! 見てみい、この小瓶を!」
火原が懐から取り出したのは、淡い月明かりのような神秘的な光を放つ、小ぶりなガラス瓶だった。
「こ、これは……まさか!?」
「ご名答や。ポポロ村の村長、あの月兎族のキャルル様が満月の夜にしか精製できんという幻の秘薬……『月光薬』や! 本来なら金貨十枚は下らん超レア物やけど、今日は特別に銀貨三枚で譲ったるわ!」
「ほ、本当か!? 銀貨三枚なら、手持ちの装備を売ればなんとか……!」
下級冒険者の目が希望に輝き、財布を取り出そうとする。
その光景を見て、私はギリッと奥歯を噛み締めた。
「……ジークさん、見えますか。あの小瓶の中身」
「あぁ。ただの井戸水に、洞窟で採れる発光ゴケの汁を混ぜただけの代物だな。傷を治すどころか、傷口に塗ったら確実にバイ菌が入って化膿するぞ、あれ」
ジークさんは、欠伸を噛み殺しながら正確な鑑定を下した。
彼の言う通りだ。キャルルさんの精製する本物の月光薬は、陽薬草の成分と月兎族の魔力が完全に融合し、黄金色に近い澄んだ輝きを放つ。あんな安っぽい蛍光塗料のような色ではない。
だが、火原の悪行はそれだけではなかった。
「そこのお婆ちゃんも、最近腰が痛いんとちゃうか? それはな、魔族の呪いが飛んできとる証拠や! でも安心しぃ、この『厄除けミスリル数珠』を身につければ、一発で悪霊退散やで!」
火原は、今度は腰を曲げた老女にすり寄り、銀色に光る数珠を売りつけ始めた。
ミスリルは魔法に対する絶対的な耐性を持つ希少金属だ。しかし、彼が手にしている数珠は、どう見てもアルミかスズを丸めただけの粗悪な模造品である。
「おお……これがあれば、腰の痛みも取れるのかねぇ……」
「もちろんですわ! さ、お代は銀貨二十枚やけど、お婆ちゃんには特別にローン契約も用意したるで!」
(あの男……! 立場の弱いお年寄りや、怪我をして藁にもすがる思いの冒険者を狙って、あんな粗悪品を高値で……!)
私の心の中で、デパート販売員としての『怒りの炎』が静かに、しかし激しく燃え上がった。
商売とは、お客様との信頼関係で成り立つものだ。
対価としてお金をいただく以上、それに見合う、あるいはそれ以上の価値と満足を提供する。それがプロの商人の矜持である。
不安を煽り、無価値なガラクタを押し付け、さらには暴利のローンで未来まで縛り付ける。こんなものは商売ではない。ただの悪質な搾取だ。
「……コトネ。お前の背中から、魔王軍の幹部みたいな殺気が漏れてるぞ。どうする、俺がパイプ椅子であの詐欺師を地平線の彼方までホームランしてこようか?」
ジークさんが、路地に立てかけられていたボロボロの木箱を指先で小突きながら提案してきた。
「いいえ、ジークさん。暴力で店を畳ませても、根本的な解決にはなりませんわ」
私はトレンチコートのポケットに手を突っ込み、静かに首を振った。
「悪質な業者が市場を荒らすのなら、圧倒的な『本物の品質』と『正しい価格』をもって、お客様の目を覚まさせるのが王道です。……彼が偽物のアンティークや秘薬で市場を欺くというのなら、百貨店シュクルの総力を挙げて、彼の商売を根底から叩き潰しますわ」
私はコートを翻し、堂々とした足取りで火原の露店へと歩み寄った。
「ちょっと、そこの店主さん」
「ん? なんや嬢ちゃん。あんたも運気アップの壺がお望みか? 今なら特別に……」
火原が営業スマイルを浮かべて振り返るが、私の冷ややかな視線を受けて、その言葉が途切れた。
「その『厄除けミスリル数珠』、一つ見せていただけますか?」
「お、おう。ええ目ぇしとるな! これはドワーフの国宝級の職人が……」
私は火原から受け取った数珠を、指先で軽く弾いた。
カチャッ、という安っぽいプラスチックのような音が響く。
「……重量は本物のミスリルの三分の一以下。表面のコーティングには魔力伝導率ゼロの安価なスズが使用されていますわね。繋いでいる糸も、ただの麻紐。これのどこがドワーフの国宝級ですの?」
「なっ……!?」
火原の顔がピクッと引きつった。
「知ったかぶりすんなや小娘! これは特殊な軽量化加工を施した最新型なんや! 買わんのならさっさと失せろ!」
「ええ、こんなガラクタに払うお金はありませんわ。……皆様!」
私はクルリと振り返り、露店の周りに集まっていた村人や冒険者たちに向けて、よく通る声で宣言した。
「この男が売っている商品は、すべて中身がスカスカの劣悪なコピー品ですわ! 月光薬はただの濁り水、ミスリルの数珠はアルミの丸め物に過ぎません!」
「な、なんやて!?」
「ホンマか!?」
ざわめきが広がる。
「おいコラ! 営業妨害で訴えるぞ! 証拠もなしに適当なこと抜かすなや!」
火原が立ち上がり、私に向かって凄んできた。
「証拠なら、明日の朝、この広場でお見せいたしますわ」
私は火原の威嚇などそよ風のように受け流し、完璧な営業スマイルを顔面に貼り付けた。
「明日、百貨店シュクルが、このポポロ村の中央広場にて『本物のアンティーク&名産品フェア』を開催いたします! そこで、当店の誇る【無料鑑定サービス】を実施いたしますわ。……この男から商品を買ってしまった皆様、ぜひ明日、その品を会場へお持ちくださいませ。プロの鑑定士が、真贋をきっちりと判定して差し上げますわよ!」
「なっ……!? お前、正気か……!」
火原の顔色が一瞬にして土気色に変わった。
彼自身のスキルで作った粗悪品である以上、本物の鑑定の目が入れば一発で偽物だとバレる。彼はその恐怖を痛いほど理解しているはずだ。
「では店主さん、明日のイベントを楽しみにしていてくださいませね。もしご自分の商品に自信がおありなら、逃げずに堂々と鑑定を受けにいらしてくださいな。……行くわよ、ジークさん」
「……あぁ。明日は忙しくなりそうだな。特上うな重には、肝吸いもつけてもらうぞ」
私は呆然と立ち尽くす火原と、ざわめく群衆を残し、ジークさんと共に路地を後にした。
デパートの信用を懸けた、悪徳詐欺師との全面対決。
明日の催事場では、いっそ残酷なまでの『品質の違い』を、ポポロ村の皆様の目に焼き付けて差し上げますわ!
読んでいただきありがとうございます。
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