説教部屋と丸めた新聞紙 ~クーリングオフの基本ですわ~
説教部屋と丸めた新聞紙 ~クーリングオフの基本ですわ~
ポポロ村村長公邸、その一角に展開された【デパート】のVIPリビングルーム。
夜も更け始めたその時間、本来ならば静かなティータイムを楽しむはずの優雅な空間に、異様な呪詛じみた声が響き渡っていた。
「……SSR……SSR……月人君の完凸来いぃぃぃッ!」
「……スパチャ……赤スパ……ルナキンのハンバーグ定食を私にぃぃぃッ!」
部屋の中央の大理石テーブル。
その上に鎮座する、ピカピカに輝く『黄金の壺』に向かって、芋ジャージ姿の駄女神と地下アイドル(リーザ)が、一心不乱に拝み倒している。
二人の目は血走り、完全に何かのヤバイ信仰に目覚めた信者のそれであった。
「……ねえ、キャルルさん。あのお二人、先ほどから一体何をされているんですの?」
リビングに入ってきた私は、その異様すぎる光景に思わず立ち止まった。
隣にいた村長のキャルルさんも、ドン引きした顔で人参刺繍のハンカチを握りしめている。
「さ、さぁ……。もやし炒めばかり食べていたせいで、ついに脳の栄養が足りなくなって幻覚でも見始めたんじゃないかしら……」
「おや、コトネ、キャルル。良いところに来たわね!」
私たちの気配に気づいたルチアナが、ドヤ顔で振り返った。
「見なさい、この神々しい輝きを! 私たち、ついに手に入れたのよ! 部屋に置くだけで運気が爆上がりする『祖霊救済・開運の黄金壺』をね!」
「そうですわ! これさえあれば、私の配信も同接十万人間違いなし! パンの耳生活ともお別れですわーッ!」
リーザが黄金の壺を大事そうに撫でさする。
「……開運の黄金壺、ですか」
私は眉をひそめ、テーブルの上の壺に近づいた。
前世から百貨店で働き、数々の高級工芸品や本物の美術品を見てきた『販売員の目』は誤魔化せない。
「ルチアナ様。失礼ですが、その壺……ちょっと触らせていただいても?」
「ええ、いいわよ。あんまりベタベタ触って金運を落とさないでよね」
私は手袋越しに壺を持ち上げた。
……異常に軽い。純金はおろか、まともな陶器の重さですらない。
さらに、壺の底を指の爪でカリッと軽く引っ掻いてみる。
パラッ……。
「あっ」
「えっ」
黄金の輝きを放っていた表面の塗装が、まるで日焼けした皮のようにペロリと剥がれ落ちた。
下から顔を出したのは、ただの安っぽい泥粘土である。
「ルチアナ様、リーザちゃん。これ、ただの素焼きの泥壺に、極薄の粗悪な金メッキを施しただけの【ハリボテ】ですわ。原価はおそらく、銅粒一枚(約一円)にも満たないゴミです」
「な、なななななッ!? そんなわけないでしょ! これはスピリチュアル・ライフアドバイザーの火原さんが……!」
「そうですわ! まだご利益が出ていないだけですわ!」
二人が現実逃避をして喚き始めた、その時。
「……ぶはぁっ!!?」
リビングの隅で、お茶を飲んでいたニャングルさんが、盛大に緑茶を噴き出した。
彼はテーブルの端に置かれていた一枚の羊皮紙――二人が持ち帰った『魔法の契約書』を震える手で持ち上げている。
「お、お前ら……! なんちゅうモンにサインしとるんやぁぁぁっ!!」
「え? ローン契約書よ? 初期費用ゼロで壺が買える魔法の……」
「アホかぁぁぁッ!!」
ニャングルさんが、猫耳を逆立てて絶叫した。
「ここ見い! 極小の字で『金利:一日につき元本の100%』って書いとるやろが! トイチ(十日で一割)どころの話やない! 一日十割の超絶暴利や!! 金貨十枚で買ったこの泥壺、明日には二十枚、明後日には四十枚、一週間後には金貨千枚を超える借金に膨れ上がるんやぞ!!」
「「えええええええええっ!!?」」
ルチアナとリーザの顔面から、スッと血の気が引いた。
もやし炒めで飢餓状態だったとはいえ、あまりにも浅はかすぎる。
「完全に、悪徳マルチの霊感商法ですわね……」
私は深い深いため息をついた。
「キャルルさん。ルナミス新聞、本日の朝刊はお持ちですか?」
「ええ、あるわよ。……もしかして、アレをやるのね?」
キャルルさんが、私の意図を察して新聞紙を手に取った。
私たちは、新聞紙をクルクルと硬く丸め、ガムテープでガチガチに固定した『ハリセン(新聞紙バージョン)』を素早く作成した。
「ルチアナ様。リーザちゃん。……そこに、正座なさい」
「ひっ……!」
「コ、コトネさんの目が、マジですわ……!」
私の放つ『絶対に許さない店長のオーラ』に圧倒され、二人は大理石の床にちょこんと正座した。
「いきますわよ。……クーリングオフの基本、その一!」
ポカッ!!
「いっ、痛ぁっ!?」
丸めた新聞紙が、ルチアナの頭に小気味良い音を立ててクリーンヒットした。
「うまい話には必ず裏がある! そもそも、運気が上がる壺があるなら、売り手はそれを自分で使っているはずですわ!」
「ご、ごもっともですぅ!」
「その二!」
キャルルさんが、リーザの頭に容赦なく新聞紙を振り下ろす。
ポカッ!!
「あァんっ! 私のアイドルとしての脳細胞が!」
「契約書は、サインする前に一番小さな文字まで隅々まで読むこと! それができないなら、判子もペンも持たないこと!!」
「は、はいぃぃっ!」
そこからの三時間は、まさに地獄の『消費者教育セミナー』であった。
私とキャルルさんは、丸めた新聞紙で二人の頭をポカポカと叩きながら、お小遣い帳(家計簿)の正しい付け方から、悪徳商法の手口、複利の恐ろしさについて、みっちりと説教を叩き込んだ。
「そもそも、あなたがたは日々の収支バランスが崩壊しているんですの! ガチャとスパチャは『余剰資金』でやるもの! 生活費(食費)を削ってまで突っ込むのは、ただのギャンブル依存症ですわ!」
ポカッ!
「痛いっ! でも水着の月人君が……!」
「言い訳無用ですわ!!」
ポカッ!
「だいたい、リーザ! あんた元王女なんでしょ!? どん底の貧乏生活から這い上がる気概は認めるけど、詐欺に引っかかってマグローザ漁船行きになったら元も子もないわよ!」
ポカッ!
「うぅぅ……だって、お肉が食べたかったんですものぉ……!」
三時間後。
すっかり涙目になり、頭を押さえて反省の姿勢を見せる二人を前に、私はようやく新聞紙を下ろした。
「……分かればよろしいですわ。これに懲りたら、次からは美味しいご飯を食べるためにも、地道に働きなさい」
「「……はい」」
二人は力なく頷いた。
だが、私の心の中にある怒りの炎は、二人への説教だけで消え去るものではなかった。
「……ニャングルさん。この詐欺師、『火原』と言いましたね」
「お、おう。せやな」
「私の暮らす、このポポロ村の敷地内で。よりにもよって、私の知人を粗悪な偽物で騙し、暴利を貪るような真似をした……」
私はエプロンを外し、ギリッと強く拳を握りしめた。
「百貨店シュクルのオーナーとして、このような粗悪品を売りつける三流の詐欺師を、私の商圏でのさばらせておくわけにはいきませんわ。……お客様の正しい消費生活を守るため、この『火原』の市場を、正面から完全に叩き潰します」
「コ、コトネはんの目が、完全にキマっとる……! これ、悪徳役人を幻覚でハメた時と同じ目や!」
ニャングルさんが震え上がる中、部屋の隅のコタツから、のそりとジャージ姿の男が這い出してきた。
「……おい、コトネ」
ジークさんが、ポポロシガーを吹かしながらあくびをする。
「お前が商売で仕返しをするのは勝手だが、相手が裏社会の連中なら、面倒な物理トラブルが起きるぞ。……俺も付き合ってやる」
「あら、ジークさん。珍しくやる気ですね?」
「俺は静かな休日と、お前の出す美味い飯が食いたいだけだ。……そのために、村の治安を乱す害虫は、早めに駆除しておくに限る。日当はデパ地下の『特上うな重』で手を打とう」
ジークさんが、いつものタローマン製パイプ椅子を肩に担ぎながら不敵に笑う。
「ふふっ、交渉成立ですわ、ジークさん。明日はポポロ村の裏路地へ、市場調査(という名の強制排除)へ向かいますわよ!」
悪徳霊感商法vs一流百貨店のデパ地下兵站。
ポポロ村を舞台にした、前代未聞の【商売バトル】の幕が切って落とされようとしていた。
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