第六章 悪徳霊感壺売りと、大間産冷凍本マグロの奇跡
貧乏神と駄女神、もやし炒めの果てに壺を買う ~開運のツボと魔法のローン契約~
「シャキ……シャキ…………シャキ……」
ポポロ村の裏路地にある、うらぶれた公園のベンチ。
夕暮れ時の赤黒い空の下で、ひどくわびしい咀嚼音が響いていた。
「……ねえ、リーザ。この『スーパー・タローマート』の特売もやし(一袋・銅粒十枚)を、塩コショウすら振らずに炒めただけの物体……いつまで食べ続ければいいのかしら」
「弱音を吐かないでくださいませ、ルチアナ様。私の手元にあるのは、パン屋の裏で鳩と死闘を繰り広げて勝ち取った『パンの耳(硬度マックス)』と、公園の水道水だけですわよ」
色あせた芋ジャージに健康サンダルという、およそ神格や王族とはかけ離れた限界スタイルでベンチに並んで座っているのは、永遠の十七歳を自称する女神ルチアナと、海中国家シーランの元王女にして自称・地下アイドルのリーザであった。
二人の前には、カセットコンロの上に置かれたフライパンがあり、その中には何の味付けもされていない、ただ熱を通しただけのもやしが横たわっている。肉の欠片もない。油すら敷かれていない。完全なる『無』の炒め物である。
なぜ、彼女たちがここまで困窮しているのか。理由は極めてシンプルだった。
「だいたい、ルチアナ様が悪いんですのよ! 先月、世界樹様からいただいたポポロ村の臨時ボーナスを、朝倉月人君の新作ソシャゲの『水着SSR確定ガチャ』に全額突っ込むから……!」
「うるさいわね! あの水着月人君はどうしても完凸(限界突破)させなきゃいけない神の使命だったのよ! なのに、200連回してもすり抜けの連続! あれは絶対に運営の確率操作よ! 悪しき因習よ!」
「そのせいで、私たち今月の食費がゼロになったじゃありませんの! 私なんて、パチンコ屋で拾った五円玉まで全部溶かしましたのよ! ああ……一発逆転の、凄まじい金運が降ってきませんこと……?」
リーザが、カラカラに乾いたパンの耳をかじりながら、空を見上げて涙を流す。
ルチアナも「宝くじ当たらないかしら……」と虚ろな目で呟きながら、味のないもやしを口に運んだ。
そんな、限界まで運気と知能が低下している二人の姿を、路地の電柱の陰からギラギラとした目で見つめている男がいた。
(……シメシメ。いかにも頭が悪そうで、欲深そうなカモがおるやないか)
男の名は、火原 元。年齢四十歳。
前世は日本の土木作業員であり、現在は犯罪組織『ナンバーズ』の末端としてポポロ村周辺で暗躍する詐欺師である。
火原の首には、チョーカーのように太い金属製の首輪が嵌められていた。
それは、ナンバーズの幹部が遠隔で起爆できる『魔導爆破首輪』だ。毎月決められた上納金を納めなければ、問答無用で首が吹き飛ぶ。火原は今月、まだノルマの半分も稼げておらず、文字通り首の皮一枚で繋がっている状態だった。
(くそっ……! ワイのユニークスキル【劣化コピー(ジェネリック・イミテーション)】で、その辺の高級品を複製して売り捌くビジネスモデルは完璧やったのに……。なんでワイがこんな奴隷みたいな目に遭わなアカンねん……!)
火原はギリッと歯を食いしばった。
彼のスキルは、触れたものを複製できるが、構造や材質を理解していないため『外見だけのスッカスカの粗悪品』しか作れないという致命的な欠陥があった。かつてルナミス帝国で偽物の武器を売り捌き、大勢の死傷者を出して逮捕され、莫大な借金を背負って奴隷落ちしたのが彼である。
(だが、今のワイにはこれがある……『霊感商法』や!)
火原は足元にあった、ただの泥でできた安物の壺を両手で触った。
「スキル発動……【劣化コピー】!」
魔力を流し込むと、ただの泥壺の表面に、純金のようにピカピカと輝く『金メッキ』が施された。もちろん本物の金ではない。こすれば三日で剥がれるような、極薄の粗悪なコピーメッキだ。だが、見た目だけは神々しいまでの高級感を放っている。
(この【祖霊救済・開運の黄金壺】を、あのバカそうなジャージ女二人に売りつけて、今月のノルマを達成したるわ……!)
火原は黒いコートの襟を立て、怪しげな笑みを浮かべながら、もやしを食べている二人の前へ歩み出た。
「……そこの、ジャージ姿の美しいお嬢さん方」
「「えっ?」」
もやしとパンの耳を咥えたまま、ルチアナとリーザが振り向いた。
「誰が美しいお嬢さんですって? ……ふふ、よく分かってるじゃない。で、おじさん誰?」
「私は、迷える子羊を導く『スピリチュアル・ライフアドバイザー』の火原と申します。……お嬢さん方、お見受けするところ、最近ひどく【運気】が低迷しておられませんか?」
火原の言葉に、二人の肩がビクッと跳ねた。
「ガチャでSSRがすり抜けたり……」
「ギクッ!?」
「パチンコや投資で全財産をスッたり……」
「ギクゥッ!?」
「毎日の食事が、味のないもやし炒めやパンの耳ばかりになっていたり……」
「ギクギクギクゥゥゥッ!!? な、なんで分かりますの!?」
リーザが目を丸くして立ち上がった。
火原は心の中で(見りゃ分かるわアホ)と毒づきながらも、表面上は神妙な顔つきを作った。
「分かるのです……。あなた方の背後に、恐ろしい『貧乏神のオーラ』と『悪しき因習』が渦巻いているのが……! このままでは、一生SSRは引けず、一生パンの耳をかじる生活が続きますぞ!」
「い、いやぁぁぁっ! そんなの絶対に嫌よ! 永遠の十七歳の貴重な青春がもやしで終わるなんて!」
「どうすればいいんですの!? 教えてくださいませ、アドバイザー様!!」
完全に食いついた。
火原は内心でガッツポーズを決めながら、コートの奥から勿体ぶって『黄金に輝く壺』を取り出した。
「おおおっ……!? な、なんてピカピカな壺……!」
「ご安心なさい。この【祖霊救済・開運の黄金壺】さえあれば、すべてのカルマは浄化されます。この壺を部屋に置くだけで、天からの金運が滝のように降り注ぎ、引くガチャはすべて確定演出! スパチャは一晩で数百万! 毎日極上の焼肉が食べられるようになるのです!」
「「や、焼肉……!! 確定演出……!!」」
ルチアナとリーザの瞳が、壺のメッキと同じくらいギラギラと輝き始めた。
すでに彼女たちの知能指数は、もやし以下のレベルまで低下している。壺の不自然な軽さや、微かに漂う泥の匂いなど、今の彼女たちには全く気づかない。
「か、買います! その壺、買いますわ!!」
「いくらなの!? ねぇ、いくら出せばいいの!」
「本来なら金貨百枚と言いたいところですが……特別に、お二人には金貨十枚でお譲りしましょう」
火原が破格(それでも詐欺だが)の値段を提示する。
しかし、二人はハッと我に返り、ジャージのポケットを裏返した。
「……金貨十枚なんて、あるわけないじゃない」
「今の全財産、銅粒三枚と、穴の空いた五円玉一枚ですわ……」
二人が絶望の表情を浮かべた、まさにその瞬間。
火原は、悪魔のような笑みを浮かべて一枚の羊皮紙を取り出した。
「ご安心ください、お嬢さん方。……手元に現金がないお客様のために、当店では素晴らしい『魔法の契約書』をご用意しております」
「ろ、ろーん……?」
「ええ。初期費用はゼロ! 今すぐこの開運の壺をお持ち帰りいただけます! 代金は後から、少しずつお支払いいただければ結構です。さぁ、ここにサインをするだけで、輝かしいセレブ生活とSSR確定の未来が待っていますよ……!」
火原が差し出した契約書の端には、極小の文字でこう書かれていた。
『※金利:1日につき元本の100%を加算(一日一割どころか一日十割の超絶暴利)』。
だが、肉なしもやし炒めで脳が飢餓状態に陥り、開運という言葉に目が眩んだ二人が、そんな細かい文字を読むはずもなかった。
「買うわ! これで私の月人君は完凸よ!」
「買いますわ! これで毎日ルナキンのハンバーグ定食ですわーッ!」
サラサラサラッ!
ルチアナとリーザは、一瞬の躊躇もなく、魔法のローン契約書にサインをしてしまった。
「……毎度あり。契約は成立しました」
火原は契約書をサッと懐にしまい込み、黄金の壺(粗悪コピー)を二人に手渡した。
「ふはは……! これでワイの今月の上納金はクリアや。あのアホ女ども、明日には借金が倍に膨れ上がる地獄のローンとも知らんと……」
火原が路地の奥へ消えていく中、ルチアナとリーザは、手に入れたピカピカの壺を頬ずりするように抱きしめていた。
「ふふふ……リーザ、明日からはセレブよ」
「ええ、ルチアナ様。帰ってさっそく、コトネさんたちの前でこの開運の壺を自慢してやりますわ!」
もやし炒めの果てに、彼女たちが手に入れたのは開運の未来か、それとも破滅の借金地獄か。
ポポロ村の村長公邸に、またしても致命的なトラブルの種が持ち込まれようとしていた。
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