腹痛エルフと世界樹の宣戦布告 ~原因はデパ地下スイーツの食べ過ぎです~
腹痛エルフと世界樹の宣戦布告 ~原因はデパ地下スイーツの食べ過ぎです~
「うふふ……甘くて、フワフワで、とっても幸せですわぁ……♡」
ポポロ村の村長公邸、その一角に展開された【デパート】のVIPラウンジ。
世界樹の次期女王候補であるルナ様は、幸せそうに頬を緩ませながら、目の前に並べられた極上スイーツの山を次々と平らげていた。
『デパ地下特製・和栗のモンブラン』に始まり、『完熟メロロンのプレミアム・ショートケーキ』、『あまおう苺のタワーパフェ』、さらには『濃厚宇治抹茶のティラミス』まで。
前世のデパ地下でチーフパティシエを務めていた私の腕によりをかけた逸品の数々が、彼女の底なしの胃袋へとブラックホールのように吸い込まれていく。
「コトネさんの作るお菓子は、本当にどれも素晴らしいですわ。世界樹から毎月送られてくる蜂蜜も美味しいですけれど、こんなに複雑で繊細な味は森にはありませんもの」
「お褒めいただき光栄ですわ、ルナ様。ですが、いくら美味しいからといって、一度にそんなに召し上がると……」
私が少し心配になって声をかけた、まさにその時だった。
「……あ、あれ?」
ルナ様の手から、銀のフォークがポロリと滑り落ちた。
彼女は自分のぽっこりと膨らんだお腹に両手を当てると、綺麗な眉をハの字に寄せて、小さく呻いた。
「うぅ……なんだか、お腹が……キュルキュルしますわ……」
「ほら、言わんこっちゃない! 完全に糖分と脂質の過剰摂取による消化不良ですわ! すぐにデパートの薬局コーナーから胃腸薬を……!」
私が踵を返そうとした瞬間。
ルナ様が傍らに立てかけていた『世界樹の杖』が、突如として脈打つような不気味な緑色の光を放ち始めた。
ドクンッ……! ドクンッ……!!
まるで巨大な心臓の鼓動のように、杖の光が明滅する。
それと同時に、ポポロ村全体を揺るがすような、地鳴りのような重低音が響き渡った。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォ…………ッ!!
「な、なんですか!? 地震!?」
私が窓に駆け寄ると、外の景色が信じられないことになっていた。
ポポロ村の北方に広がる、絶対不可侵の聖域『世界樹の森』。
その森の境界線から、おびただしい数の『何か』が、津波のように村に向かって押し寄せてきているのだ。
「緊急事態だぁぁぁッ!! 防衛レベルMAX! 村民は直ちに地下シェルターへ避難せよ!!」
窓の下の広場で、自警団リーダーのマンミアさんが絶叫していた。
彼女はケンタウロス種の強靭な下半身を震わせながら、巨大なパイルバンカー『アグニ』を構えている。いつもは「クリスマスまでに彼氏が欲しい」と嘆いている25歳の乙女だが、今の彼女の顔には、死を覚悟した戦士の悲壮感が漂っていた。
「マンミアさん! 一体何が起きているんですか!?」
私が窓から身を乗り出して叫ぶと、マンミアさんが血走った目でこちらを見上げた。
「コ、コトネさん! 逃げてください! 世界樹の森が……エルフの無敗の軍団が、ポポロ村に向かって進軍してきています!!」
「ええっ!?」
私は慌ててデパートのスポーツ用品フロアから『高級双眼鏡』を取り出し、森の方角を覗き込んだ。
そこには、絶望的な光景が広がっていた。
先陣を切るのは、植物の蔦と木材で構成された人型樹人の歩兵部隊『ポーン』の群れ。彼らの両腕は鋭い木の杭になっており、致死性の毒花粉を撒き散らしながらズンズンと行進している。
その後方には、ケンタウロス型に変形し、ランスを構えて空気を蹴りながら超高速で突撃してくる高機動部隊『ナイト』。
さらに空には、対空魔法と広域殲滅魔法の陣を編み上げながら浮遊する魔術師型『ビショップ』の姿まで確認できた。
それは、かつて神蟲魔大戦以降、一度も他国に敗れたことがないという世界樹の絶対防衛戦力。
それが今、明確な『殺意』を持ってポポロ村を蹂躙しようとしているのだ。
「お、終わった……ポポロ村が、終わる……ッ!!」
リビングの扉を蹴り開け、ゴルド商会のニャングルさんが転がり込んできた。彼は毛を逆立て、完全にパニック状態に陥っている。
「世界樹の軍勢が本気で攻めてきよった! しかも、森の本体から『クィーン(自然回帰の絶望権限)』まで起動しとるらしいで! あんなん三大国の正規軍でも止められへん! ワイの不動産投資が! ポポロ村のGDPが全部土に還ってしまうぅぅッ!!」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでいきなり世界樹が攻めてくるんですか!? 私たち、エルフに宣戦布告されるようなこと、何もしてませんわよ!」
私がパニックになりながら叫ぶと、背後から申し訳なさそうな声が聞こえた。
「うぅ……ごめんなさい、コトネさん……。たぶん、私のせいですわ……」
振り返ると、ルナ様がソファの上でお腹を抱えてうずくまっていた。
「私のせいで……?」
「はい……。世界樹様は、とっても過保護なんですの。私が幼い頃に虫歯になって泣いた時も、世界中の植物が人類に反乱を起こして世界が滅びかけましたから……。たぶん今回も、私がお腹を痛くしたのを『ポポロ村の何者かが、次期女王に毒を盛った』と勘違いして、激怒しているんだと思いますわ……」
「――――は?」
私は、自分の耳を疑った。
いや、待て。待ってほしい。
「つまり……その無敗の植物軍団が国境を越えて攻め込んできた理由は……ルナ様が『デパ地下スイーツを食べ過ぎて腹痛を起こしたから』、ただそれだけですの!?」
「うぅ……お恥ずかしい限りですわ……キュルルル……」
ルナ様が涙目で頷いた。
「バッカじゃないのぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
私は頭を抱えて絶叫した。
国家間の陰謀でも、領土の奪い合いでもない。ただの【食べ過ぎによる腹痛】が原因で、ポポロ村が地図から消滅しようとしているのだ!
どんだけヤンデレなんだ世界樹! モンスターペアレントの極みじゃないか!
「おいおい……騒々しいな。俺の休日の午睡を邪魔する奴は、世界樹だろうが宇宙樹だろうが切り倒すぞ」
コタツの布団がめくれ上がり、不機嫌の極みといった顔でジークさんが立ち上がった。
彼はタローマンのジャージ姿のまま、部屋の隅にあった『タローマン製・園芸用草刈り鎌(特売品・銅貨五枚)』を手に取った。
「ジ、ジークさん!? まさかその草刈り鎌で、あの軍隊を相手にするつもりですか!?」
「あぁ。相手は植物だろ? ならば草むしり(ブリコラージュ)で十分だ。闘気をマッハで循環させれば、この鈍ら鎌でもチェーンソー以上の切断力を発揮する。……少し、庭の除草をしてくる」
「ダメです! 相手は意思を持った軍隊です! 一人での物理的な草むしりには限界がありますわ!」
私はジークさんのジャージの裾を必死で引っ張って止めた。
相手はただの魔物ではない。世界樹という、巨大なネットワークに繋がった兵器なのだ。ジークさんが無双して前衛を切り飛ばしたところで、後方のビショップによる広域殲滅魔法が村に直撃すれば、ポポロ村は焼け野原になってしまう。
「……なら、どうする。このまま村が肥料になるのを指をくわえて見てるのか?」
ジークさんが冷たい目で私を見た。
「……いいえ」
私は、エプロンの紐をギリッと強く結び直した。
原因が『食中毒の誤認』であるならば、それを解くのもまた『食』の力である。
デパートの販売員として、そして食を司るパティシエとして、クレーム(物理)をつけてきた巨大なお客様を納得させ、満足させてお帰りいただくしかない。
「力ずくの除草ではなく、極上の『おもてなし』で彼らの進軍を食い止めます。……ジークさん、ニャングルさん! 私のスキルで、最高の迎撃陣地を構築しますわ!」
「迎撃陣地やと……? コトネはん、一体何を出すつもりなんや?」
ニャングルさんが震える声で尋ねる。
「デパートの屋上といえば、大空の下で日々の疲れを癒し、大人も子供も笑顔になれる究極のオアシス! ……オープン!! 【デパート】屋上(RF)、特設遊園地 兼 ビアガーデンフロア!!」
私が両手を天高く突き上げると、ポポロ村の広場の上空に、巨大な光の魔法陣が展開された。
空間が歪み、村の防壁の前に、突如として広大な『デパートの屋上』が出現した。
色とりどりの万国旗が風に舞い、巨大なパンダの乗り物が並び、そして、キンキンに冷えた生ビールのサーバーと、極上の香りを漂わせるバーベキューの鉄板がズラリと並ぶ、夢のような空間が具現化する。
「ここが、私たちの絶対防衛線……いえ、究極の『おもてなし結界』ですわ!」
私はコックコートの袖をまくり上げ、不敵な笑みを浮かべた。
相手がどれほどの怒りを抱えていようと、美味しい食事と冷たいビール、そして楽しい空間を前にして、武器を振り下ろせる者はいない。
「さあ、ジークさん! パンダカーに闘気を纏わせて、ポーンたちの足止めをお願いします! ニャングルさんはビアサーバーの樽の補充を! 腹痛エルフのモンスターペアレントどもに、デパートの意地を見せつけてやりますわよ!」
「……やれやれ。休日にパンダの乗り物で草むしりとはな。俺の騎士としてのプライドはどこへ行ったのやら」
ジークさんは深い溜息をつきながらも、百円玉を入れると動くパンダカーに跨り、その車体に禍々しいほどの黒紅の闘気を注ぎ込み始めた。
地鳴りを立てて迫り来る植物の軍勢を前に、百貨店シュクル史上最大の、そして最もカオスな『屋上ビアガーデン防衛戦』の幕が上がろうとしていた。
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