地下アイドル、偽金を握りしめる ~極上カツサンドとパチンコ屋の攻防~
地下アイドル、偽金を握りしめる ~極上カツサンドとパチンコ屋の攻防~
『キュイイイーーーン!! ピロロロロロロ……ダァァァンッ!!』
ポポロ村の中央商業区にある娯楽施設、『ルナミスパーラー・ポポロ支店』。
タバコの煙と喧騒が渦巻く店内で、けたたましい確定音が鳴り響いていた。
「キタキタキタァァァッ!! 激アツ演出の『聖獣機神ガオガオン』カットインですわーッ!!」
パチンコ台『CR異世界転生トラックでドン!』の前に座り、芋ジャージ姿でレバーを握りしめているのは、海中国家シーランの元王女にして自称・地下アイドルのリーザである。
普段は公園の雑草やパンの耳を主食としている彼女だが、今日の足元には、銀玉がぎっしりと詰まったドル箱がピラミッドのように積み上げられていた。
「フフフ……私のユニークスキル【貧乏神】は、どんな幸運も無に帰す恐ろしい呪い。でも、今回は『元手』が違いますのよ!」
リーザは不敵な笑みを浮かべ、ジャージのポケットを探った。
そこに入っているのは、数日前にルナ様が村長公邸でばら撒いた『純金貨』の残りである。
あの時、リーザは臓器のなすりつけ合いのドサクサに紛れて、こっそりと数枚の金貨をくすねていたのだ。
ルナ様の錬成した金貨は「三日でただの石ころに戻る」という致命的な欠陥がある。しかし、どん底の貧困生活で培われたリーザのサバイバル脳は、恐るべきマネーロンダリング(資金洗浄)計画を弾き出していた。
『石に戻る前にパチンコ屋で銀玉(特殊景品)に交換し、大当たりを出して本物の換金所で清算すれば、完全なクリーンマネーになりますわ! 天才的な錬金術ですわーッ!』
そして現在、彼女の目論見は見事に当たり、確変の大連チャンを引き当てていたのである。
「これで……これでついに、パンの耳生活から脱却! 毎食ルナキンのハンバーグ定食を頼める、セレブアイドルの仲間入りですわーッ! さぁ、店員さん! 全額換金をお願いしますわ!」
リーザが意気揚々と呼び出しボタンを押した、まさにその時だった。
「……おい、そこのジャージの嬢ちゃん」
背後から、地を這うようなドス黒い声が聞こえた。
振り返ると、筋骨隆々のオーク族の店長が、青筋を立てて立っていた。その手には、リーザが最初に銀玉を借りるために支払った『金貨』が握られている。
「……さっき両替機を開けたらよぉ。嬢ちゃんが入れたはずの金貨が、全部『ただの河原の石っころ』に変わってたんだが? どういう手品だ、あぁ!?」
「へっ……?」
リーザが自分のポケットの中の感触を確かめる。
ゴツゴツとした、ただの石の感触。
――タイムオーバーである。ルナ様の自然魔法の効果時間が、最悪のタイミングで切れてしまったのだ。
「ひぃぃぃッ!? ちょ、違いますの! これはスポンサー様からの融資で……!」
「うるせぇ! パチンコ屋で偽金使うたぁ、いい度胸してんじゃねえか! マグローザ漁船(強制労働)にドナドナしてやるから、裏の事務所へ来いッ!!」
「いやああああっ!! 助けてぇぇぇッ!!」
オーク店長に首根っこを掴まれ、宙吊りにされるリーザ。
その悲惨な光景を、少し離れたスロットの島から、煌びやかな光と共に撮影している者がいた。
「はい、全国のリスナーの皆さ~ん! キュララちゃんねるの緊急生配信スタートですっ☆」
聖騎士の鎧を着込んだトップゴッドチューバー、キュララが、空中に浮かべた魔導カメラに向かってウインクを飛ばす。
「本日の目玉企画はコチラ! 【悲報:地下アイドル、パチンコ屋で偽金詐欺を働きマグローザ漁船へ強制連行の危機】! いや~、元王女様の末路としては最高のエンタメですね! さぁ皆、哀れなリーザちゃんにドシドシ『お供えスパチャ』を投げてくださ~い!」
「キュララてめぇぇッ! 配信してないで助けなさいよぉぉッ! お賽銭箱型掃除機でそのスパチャ全部吸い取りますわよぉぉッ!」
リーザが手足をバタバタさせて泣き叫ぶ。
まさに、ポポロ村の日常とも言える地獄絵図が展開されていた。
『キュイイイーーーン!!(キュララへのスパチャの音)』
『ゴルァァァッ!!(オーク店長の怒号)』
『たすけてぇぇぇッ!!(リーザの悲鳴)』
――そんな騒然とする店内に、静かで、しかし絶対的なプレッシャーを放つ声が響き渡った。
「……おい。朝からパチンコ屋のBGM以上にうるさいぞ、お前ら」
自動ドアが開き、タローマンのジャージに便所サンダル姿の男が、ポポロシガーを吹かしながら足を踏み入れた。
私の専属護衛、ジークさんだ。
その手には、赤ペンで印がつけられた競馬新聞が、筒状に丸められて握られている。
「ジ、ジークさん!? 勝手に暴れないでくださいね! 店舗内での武力行使は器物損壊で出禁になりますわよ!」
私は慌てて彼を追いかけ、店内に駆け込んだ。
「あぁ? なんだ、コトネか。……おい、そこのオーク。その芋ジャージの女はうちの身内だ。さっさと手を離せ」
ジークさんが、丸めた競馬新聞の先をオーク店長に向けた。
ただの紙の筒だというのに、そこには恐るべき密度の闘気が宿り、名刀のような鋭い殺気を放っている。
「ああん!? 身内だぁ? こいつはウチの店で偽金を使いやがった詐欺師だ! お前らが肩代わりできねえなら、こいつは漁船行きだ!」
「……そうか。話が通じないなら仕方ないな」
ジークさんが、足元に落ちていたパチンコ玉を一つ、ひょいと拾い上げた。
「俺がこの銀玉に闘気を込めて、デコピンでマッハ3の速度で射出したらどうなると思う? 店内の壁と台で跳弾を繰り返し、0.5秒でお前ら店員の脳天を全員撃ち抜いて気絶させられる。……試してみるか?」
「ひっ……!?」
オーク店長の顔から、スッと血の気が引いた。ジークさんの瞳が、本気でそれを実行すると告げていたからだ。
「ジークさん、ストーップ!! 脅迫でお客様(店長)を黙らせるのはデパートの流儀に反しますわ!!」
私はジークさんの腕を全力で引き下げ、オーク店長の前に進み出た。
偽金を使ったのはこちら(リーザ)の過失である。ならば、誠心誠意の謝罪と、それに釣り合うだけの『賠償』をもって解決するのが、一流の販売員の務めだ。
「店長様! 当方の連れが多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません!」
私は深々と、リッツ・カールトン流の最敬礼でお辞儀をした。
「だ、だからって偽金は許されねえぞ! 被害額の補填はどうすんだ!」
「ご安心くださいませ。当店からの『特別なお詫びの品』をもって、示談とさせていただけないでしょうか?」
私は顔を上げ、ユニークスキル【デパート】を発動した。
「オープン! 【デパート】B1F、特設高級惣菜コーナー!」
私の足元に魔法陣が広がり、パチンコ屋の通路に突如として、高級感あふれるガラスのショーケースが出現した。
そこから私が取り出したのは、デパ地下名物として名高い、美しく包装された特製の箱だった。
「警察の取調室でも、謝罪の場でも、心を解きほぐすのは極上の食事と相場が決まっておりますわ。……こちら、『デパ地下特製・黒豚の極上ヒレかつサンド』でございます」
「……はぁ? かつサンドだと?」
「ええ。騙されたと思って、一口お召し上がりくださいませ」
私は手早く包装を解き、黄金色に輝くヒレかつサンドを店長に差し出した。
オーク店長はいぶかしげに顔をしかめながらも、漂ってくる特製ソースと揚げたての香ばしい匂いに耐えきれず、それをパクリと口に放り込んだ。
「――――ッ!?」
オーク店長の動きが、雷に打たれたようにピタリと止まった。
「な、なんだこれは……っ! 豚肉なのに、歯がいらねぇほど柔らかい! それでいて、噛み締めるたびに濃厚な肉汁が、特製ソースの酸味と絡み合って……! それを包み込むパンのフワフワ感……! 俺は今まで、何を食って生きてきたんだ……っ!?」
「ポポロ村特産の『シープピッグ』の最上級ヒレ肉を、職人の手で極限まで叩いて柔らかくし、低温でじっくりと揚げた逸品ですわ。いかがでしょうか、この箱いっぱいのかつサンドで、今回の件は水に流していただけませんか?」
オーク店長は、ボロボロと涙を流しながらかつサンドを貪り食っていた。
もはや怒りなど微塵も残っていない。極上の美食(デパ地下兵站)の前に、彼の胃袋と心は完全に制圧されたのだ。
「わ、わかった……! このかつサンドに免じて、警察には突き出さねえ! だが、偽金で出した大当たりの出玉は全部没収だからな!」
店長がそう叫ぶと、リーザの足元に積まれていたドル箱のピラミッドが、店員たちによって無情にも回収されていった。
「あぁぁぁ……! 私の、私のセレブ生活がああぁぁッ!!」
リーザが床に這いつくばり、回収されていく銀玉に向かって手を伸ばして号泣する。
「はい、というわけで偽金詐欺事件は、謎のかつサンドによって無事示談となりました~! いや~、リーザちゃんの泣き顔、最高に撮れ高ありましたね! スパチャくれた皆、ありがとーっ☆」
キュララが能天気な声で配信を締めくくる。
「……一件落着だな。おいコトネ、俺にもそのかつサンドをよこせ」
ジークさんが競馬新聞を丸め直し、当たり前のように手を差し出してきた。
「はいはい、ジークさんの分もちゃんと用意してありますよ」
私はため息をつきながら、もう一つの箱を護衛に手渡した。
「それにしても、リーザちゃん。ルナ様の金貨が危ないって分かってたのに、どうして使っちゃったんですか?」
私が呆れ顔で尋ねると、リーザは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「だ、だって……パチンコの確変の快感が……『Love & Money』の精神が、私を呼んでいたんですのぉぉっ……!」
「……地下アイドルっていうか、ただのギャンブル依存症のダメ人間になってますわよ、それ」
私は泣き喚くリーザの芋ジャージの襟首を掴み、ズルズルと引きずりながらパチンコ屋を後にした。
ルナ様の善意が生み出した偽金の後遺症は、こんなところにもしっかりと爪痕を残していた。
ポポロ村の治安と私の胃袋の平穏は、今日も綱渡り状態である。
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