暖炉代わりの火炎龍とパイプ椅子 ~休日の護衛と、空飛ぶトカゲ~
暖炉代わりの火炎龍とパイプ椅子 ~休日の護衛と、空飛ぶトカゲ~
マンルシア大陸の気候は時として非常に気まぐれだ。
数日前まで小春日和だったポポロ村に、突如として厳しい寒波が到来した。朝起きると、窓ガラスにはびっしりと霜が降り、吐く息は真っ白に染まっている。
「ぶるぶる……急に冷え込みましたわね。これは急遽、売り場のレイアウトを変更しなくては」
私は村長公邸のリビングで身震いしながら、ユニークスキル【デパート】を稼働させた。
「オープン! 【デパート】5階、アウトドア・冬物衣料品フロア! 並びに地下1階、特設ホットデリコーナー!」
リビングの一角に、最新のゴアテックス素材を使用した超高機能防寒具や、高級羽毛ジャケットがズラリと並ぶラックが出現する。さらにその隣には、湯気を立てるおでんの鍋や、デパ地下名物のホカホカの特上肉まん、そしてとろけるようなビーフシチューの保温ケースが現れた。
お客様のニーズ(気候変化)に即座に対応し、最適な商品を陳列する。これぞ百貨店の基本である。
「……天国だ。ここは天国か、コトネ」
リビングの中央に鎮座する特等席、魔導コタツの中からは、私の専属護衛であるジークさんがとろけきった声を出していた。
彼はタローマンで購入した裏起毛の厚手ジャージを上下に着込み、首までコタツに潜り込んでいる。片手にはポポロシガー、もう片方の手には私が先ほど出した『デパ地下特製・フカヒレ入り極上肉まん』が握られていた。
「ジークさん、今日は非番だからってリラックスしすぎじゃないですか? 少しは外のパトロールでも……」
「断る。俺の愛読書『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーも言っている。休日に働くのは人類の罪だと。俺は今日、このコタツから一歩も動かん。もしこのコタツから俺を引きずり出そうとする奴がいれば、魔王だろうが神だろうが斬る」
「はいはい、分かりましたよ」
徹底した超合理主義(と究極の怠惰)を貫く護衛にため息をつきつつ、私はビーフシチューの仕込みに戻ろうとした。
その時だった。
窓の外、ポポロ村の中央広場の方から、子供たちの無邪気な声と、聞き慣れたおっとりとした声が聞こえてきた。
『うぅ〜、今日はすごく寒いねぇ』
『本当ね。みんな、風邪を引いてしまわないか心配ですわ』
世界樹の次期女王候補、ルナ様だ。
彼女は早朝から、村の子供たちと一緒に広場で遊んでいたらしい。
『でも大丈夫ですわ! 寒い時は、暖かいものを用意すればいいんですもの!』
『ルナおねえちゃん、あったかい魔法つかえるの?』
『ええ、もちろんですわ! さぁ、私のお友達、出番ですわよ!』
その直後だった。
ズゴォォォォォォォォッ!!!!!
鼓膜を破るような、大気の震える轟音がポポロ村に響き渡った。
同時に、窓ガラスがガタガタと激しく揺れ、部屋の温度がマイナスから一気に『真夏のサウナ』レベルへと急上昇した。
「えっ!? な、何事ですか!?」
私は慌てて窓に駆け寄り、外を見下ろした。
そして、自分の目を疑った。
ポポロ村の中央広場。
そこには、全身が紅蓮の炎で構成された、見上げるほどに巨大な『火炎龍』が鎮座していたのだ。
ドラゴンの鼻息がフンッと噴き出されるたびに、周囲の空気が陽炎のように歪み、広場の端にある物見櫓の屋根がチリチリと焦げ始めている。
「ぎゃああああっ!? ど、ドラゴンが出たぁぁぁッ!?」
「村が燃えるぞぉぉぉッ!! 逃げろぉぉッ!!」
早朝の広場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
当然である。あんな歩く大災害が村のど真ん中に現れれば、誰だってパニックになる。
しかし、その火炎龍の足元では、ルナ様が一人、満面の笑みで拍手をしていた。
「ほら、皆様! 特大の『暖炉』ですわ! これなら村中どこにいても、ポカポカで暖かく過ごせますわね♡」
「暖炉代わりにするサイズじゃねえええええッ!!」
私は思わず窓を開けて絶叫した。
ルナ様の善意が、またしても常識の斜め上を光の速さで駆け抜けてしまったのだ!
寒がっている子供たちを温めるために、村ごと焼き尽くしかねない高位の火属性ドラゴンを召喚する。まさに天然サイコパスエルフの面目躍如である。
「マズい……! このままじゃポポロ村が消し炭になりますわ! ええと、消火! デパートの防災設備! 7階の家庭用品フロアから、最新式の粉末消火器を大量に……っ!」
私がパニックになりながらユニークスキルを発動しようとした、その時。
「……おい」
背後から、地獄の底から響くような、低く、ドス黒い声が聞こえた。
振り返ると、コタツに入っていたはずのジークさんが、ゆっくりと立ち上がっていた。
「……コ、コタツの中が……暑い……」
ジークさんの額にはダラダラと汗が流れ、手に持っていたフカヒレ入り極上肉まんは、外からの異常な熱気でパサパサに乾燥してしまっていた。
彼の瞳には、全ての生命を刈り取る死神のような、冷たい怒りの炎が灯っている。
「俺の……至福の休日を……。俺の、快適なコタツ空間を……よくもサウナに変えてくれたな、あのトカゲ野郎……ッ!!」
バツンッ!
ジークさんの全身から、空気が軋むほどの『闘気』が爆発的に噴き出した。
彼はタローマンのジャージ姿に便所サンダルという出で立ちのまま、ズンッ、ズンッ、と重い足取りでリビングを出て、広場へと向かっていく。
「ジ、ジークさん!? 相手は巨大な火炎龍ですよ! 剣も持たずにどうするんですか!?」
私が慌てて後を追うと、ジークさんはリビングの隅に立てかけられていた『タローマン製・折りたたみパイプ椅子(特売品・銀貨一枚)』を無造作にひょいと持ち上げた。
「剣などいらん。俺の『野生の思考』にかかれば、その辺のパイプ椅子だろうが神を殺す凶器になる。……少し、素振りをしてくる」
広場に降り立ったジークさんの姿を見て、村人たちが「あ、ジークさんだ!」「でも武器がパイプ椅子だぞ!?」とざわめく。
「あら、ジークさん! おはようございますわ。あなたも暖炉(火炎龍)にあたりに来たのですか?」
ルナ様がニコニコと手を振る。
「……エルフ。三秒だけ目を閉じてろ。お前の『お友達』を、少し遠くへ散歩させてくる」
ジークさんはパイプ椅子を広げることなく、閉じた状態のまま、野球のバッターのように両手で構えた。
その瞬間、ジークさんの異常な密度の闘気がパイプ椅子に流れ込み、安物のアルミフレームが『黒紅のオーラ』を放つ特級呪物のような鈍器へと変貌した。
火炎龍が、足元に立つジャージ姿の男に気づき、苛立たしげに咆哮を上げる。
グォォォォォンッ!!
ドラゴンの口に極大の炎が収束し、ジークさんに向かって放たれようとした、まさにその刹那。
「……休日の邪魔をする奴は、ホームランだ」
ダンッ!!
ジークさんがサンダルで大地を踏み砕き、強烈なステップを踏み込んだ。
そして、渾身の力でパイプ椅子をフルスイングする。
ゴガァァァァァァァンッ!!!!
炸裂音が響き、衝撃波で広場の土煙が爆発的に舞い上がった。
闘気を極限まで圧縮したパイプ椅子が、火炎龍の下顎にクリーンヒットしたのだ。
物理法則を完全に無視した圧倒的な運動エネルギーが、炎の巨体をカチ上げ――。
『ギ、ギャアァァァァァ…………!?』
火炎龍は、悲鳴を上げる間もなく、文字通り『天高く』打ち上げられた。
凄まじい速度で上空へと飛んでいき、空の彼方でキラッと星のように光って消滅する。
「お、おおおおおおっ!?」
「す、すげええええっ! 一撃だァァッ!」
村人たちが、ポカンと口を開けた後、割れんばかりの歓声を上げた。
「わぁぁっ! お星様になりましたわ! ジークさん、とってもダイナミックな打ち上げ花火ですのね! 素晴らしいですわ!」
ルナ様は、自分の召喚した火炎龍が彼方へ吹っ飛ばされたというのに、無邪気にパチパチと拍手をして喜んでいる。
「……ふぅ。これでようやく、コタツの温度が下がる」
ジークさんは、ひしゃげたパイプ椅子をポイッと捨てると、面倒くさそうに首を鳴らした。
その顔には「魔物を倒した達成感」など微塵もなく、「休日にゴミ出しに行かされた父親」のような疲労感だけが漂っている。
「ジ、ジークさん……お疲れ様でした……」
私が引きつった笑顔で歩み寄ると、ジークさんはジロリと私を見た。
「コトネ。俺は休日に深刻な肉体労働を強いられた。この精神的・肉体的苦痛を癒すには、さっきのパサパサになった肉まんでは足りない」
「……はい、承知しておりますわ、お客様」
私はデパートの販売員として、最上級の笑みを浮かべて深く一礼した。
「5階の売り場から、最新の極厚コタツ布団をご用意いたします。さらに地下1階のホットデリから、A5ランク黒毛和牛をトロトロになるまで煮込んだ『特製デミグラス・ビーフシチュー』と、『窯焼き特大チーズハンバーグ』をルームサービスでお持ちいたしますわ」
「……よし。合格だ。お前のそういう話が早いところ、嫌いじゃないぞ」
ジークさんは満足げに頷くと、再びサンダルを引きずりながら、愛しのコタツが待つリビングへと帰っていった。
その後、完全に冬の寒さに戻った広場で、私は村の子供たちに『デパ地下特製のあったかコーンスープ』を振る舞いながら、深く息を吐いた。
「ルナ様。今度から、暖房器具が必要な時は、ドラゴンを呼ぶ前に私のデパートの『家電コーナー』にお声がけくださいませね……」
「まぁ! コトネさんのお店には、ドラゴンより暖かいものがあるんですの? 楽しみですわ♡」
天然サイコパスエルフの善意は、今日も健在である。
私とジークさんの胃薬(とパイプ椅子)の消費量は、まだまだ減りそうになかった。
読んでいただきありがとうございます。
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