偽金パニックと大黄金展 ~お客様の信用は、純金インゴットで守ります~
偽金パニックと大黄金展 ~お客様の信用は、純金インゴットで守ります~
「終わった……ワイの、ゴルドスマイル銀行ポポロ支店長としての輝かしいキャリアが、完全に終わった……っ!!」
早朝の村長公邸リビング。
普段はコテコテの関西弁と飄々とした態度を崩さない猫耳族の財務担当、ニャングルさんが、大理石の床に這いつくばって号泣していた。
その手には、いつもなら小気味よい音を立てる算盤ではなく、ボロボロと崩れ落ちる「ただの石ころ」が握られている。
「ニャングルさん、落ち着いてください! 胃薬ならデパ地下の薬局コーナーから一番効くやつを出しますから! 一体何があったんですか!?」
私がしゃがみ込んで背中をさすると、ニャングルさんは血走った目で私を見上げた。
「コトネはん……あんたも知っとるやろ? 数日前にルナはんが、村中のお年寄りや子供たちに『お小遣いですわ♡』言うて、あの麻袋から気前よく配り歩いとった金貨のことや……」
「あっ……!」
私は嫌な汗が吹き出すのを感じた。
ルナ様が錬成した金貨。それは、世界樹の自然魔法で石ころを一時的に金に変化させただけの【三日で石に戻る偽金】だ。
「村の連中、アレを本物の金貨やと思うて、ワイの銀行にバンバン預金しに来たんや。ワイもまさかエルフの次期女王が偽金造りしとるとは思わんかったから、全部受け入れてもうた……。そして今朝、金庫を開けたら……全部、ただの河原の石っころに変わっとったんやぁぁぁっ!!」
「ひぃぃっ!?」
ニャングルさんの絶叫に合わせるかのように、窓の外から怒号が聞こえてきた。
『金を出せーッ! 俺たちの預金を返せーッ!』
『悪徳猫耳銀行め! 詐欺だ! 暴動だァァッ!』
窓から覗き込むと、ポポロ村の住人たちが鍬やピッケルを手に、村の中央にあるゴルドスマイル銀行の支店に詰め寄っていた。完全なる取り付け騒ぎである。
金融機関において、「信用」が失われることは死を意味する。このままでは暴動が起き、ポポロ村の経済は物理的にも社会的に焼け野原になってしまう。
「……おいおい。朝っぱらから騒々しいな。俺の睡眠時間を削る奴は、村人だろうが容赦なくタローマンのパイプ椅子で更地にするぞ」
騒ぎを聞きつけ、寝起きのジークさんがタローマンのジャージ姿でリビングに現れた。右手にはすでに、禍々しい闘気を纏った折りたたみパイプ椅子が握られている。
「ジークさん、ストップ! お客様(村人)を更地にしないでください! これは暴力で解決しちゃいけない問題ですわ!」
私が慌ててジークさんを静止した、その時だった。
「まあ、皆様。朝から活気があってよろしいですわね♡」
寝室から、ふんわりとした百合の香りを漂わせながら、この大惨事の元凶であるルナ様が優雅に現れた。
「ルナはん!! あんたのせいやで! あんたがばら撒いた偽金のせいで、ポポロ村の経済が完全崩壊寸前なんや!!」
ニャングルさんが涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら叫ぶ。
「偽金……? ああ、私の錬成した金貨が石に戻ってしまったのですね」
ルナ様はポフッと手を叩き、心底不思議そうに小首を傾げた。
「でも、ニャングルさん。そんなに泣かなくても大丈夫ですわ。お金がなくなってしまったのなら、簡単な解決策がありますもの」
「……へ?」
「皆様の腎臓を一つずつ摘出して、ドンガンの闇市場で売り捌きましょう♡ 私がすぐに再生させますから、無限の資金源になりますわよ!」
ルナ様は、天使のような満面の笑みで、再び極悪非道なバイオテロ的解決策を提示してきた。
「やめろぉぉぉッ!! ポポロ村を臓器売買の特区にする気かぁぁぁッ!!」
ニャングルさんが泡を吹いて倒れそうになる。
「ルナ様! 臓器決済はコンプライアンス違反だと申し上げたはずですわ!」
私はルナ様の口を両手で塞ぎ、必死に説得を試みた。
このままでは、村人たちがジークさんのパイプ椅子で物理的に弾き飛ばされるか、ルナ様の善意によって内臓をくり抜かれるかの二択になってしまう。
「ニャングルさん! 取り付け騒ぎの原因は『銀行に本物の金がない』という不信感ですわね?」
「せ、せや! 信用がないんや! 今すぐ村の連中に見せつけられるほどの『本物の資産の裏付け』がなきゃ、この暴動は収まらへん!」
「分かりました。ならば、我が【デパート】が、ゴルドスマイル銀行の信用を完全保証いたしますわ!」
私はエプロンの紐を強く締め直し、リビングの中央に立った。
デパートの強みは、地下の食料品街だけではない。上層階へ行けば行くほど、そこには夢と欲望、そして圧倒的な「富」が詰まっているのだ。
「私の魔力と、これまでの売上実績があれば……今ならこのフロアを解放できるはず! オープン! 【デパート】7階、催事場ッ!!」
私の足元から、これまでで最大規模の黄金の魔法陣が展開された。
空間が激しく歪み、リビングルームの景色が書き換えられていく。
赤い絨毯が敷き詰められ、煌びやかなガラスケースがズラリと並ぶ、広大な催事場空間が出現した。
「……開催いたしますわ! 『春の特大・大黄金展』!!」
私が両手を広げた瞬間、ガラスケースの中の照明が一斉に点灯した。
「な、なんや……これは……っ!?」
ニャングルさんが、目を見開いて硬直した。
ガラスケースの中に鎮座していたのは、精巧な細工が施された純金の茶碗、黄金の兜、黄金の仏像、そして、レンガのように積み上げられた純度99.99%の純金インゴット(金の延べ棒)の山だった。
偽金ではない。正真正銘、日本のデパートの催事場で販売されている『本物の純金』である。
「お、おおおおおっ……!! き、金や! 本物の金塊や!! しかも、不純物が一切混じってへん、見たこともない超高純度のインゴットやぁぁぁっ!!」
ニャングルさんが涙を吹き飛ばし、ガラスケースにすがりついて歓喜の叫びを上げた。
金融のプロである彼には、それがルナ様の錬成した石ころベースの偽物ではなく、確かな資産価値を持つ本物の貴金属であることが一瞬で理解できたのだ。
「ニャングルさん。この大黄金展の出品物、総額にして金貨数百万枚分……いえ、それ以上の価値があります。これを担保に、村人たちに『銀行の支払能力』を証明してくださいな」
「コトネはん……あんた、ホンマに人間か? 自分のスキルで、国家予算レベルの本物の純金を現出させるやなんて……!」
「私はただの百貨店員ですわ。お客様の『信用』を守るためなら、在庫の出し惜しみはいたしません」
私は営業スマイルでウインクをした。
数分後。
ゴルドスマイル銀行の屋根の上に立ったニャングルさんが、太陽の光を反射して輝く『純金の延べ棒』の山を村人たちに見せつけた。
「ええかお前ら! ワイのゴルド商会を舐めんなや! うちの金庫にはな、こんなもんが山ほど眠っとるんや! 預金が石になった? アホ言え、それはセキュリティのためのダミーや! 本物の金貨はいつでも引き出せるでぇ!!」
圧倒的な『黄金の輝き』を前に、暴動を起こしかけていた村人たちは一瞬で静まり返り、「おおおっ……さすがゴルド商会だ!」「俺たちの預金は安全だーッ!」と歓声を上げて解散していった。
信用の力とは恐ろしいものである。現物の金塊を見せるだけで、パニックは嘘のように収束したのだ。
「ふぅ……一件落着、ですわね」
私は催事場の撤収作業をしながら、肩の力を抜いた。
「コトネさん、すごいですわ! あんなにピカピカの石を出せるなんて! 私の錬成よりずっと綺麗ですのね!」
ルナ様が、インゴットの一つを手に取って無邪気に笑っている。
彼女には、これが国家を揺るがすほどの資産であるという認識は全くないらしい。
「……おい、コトネ」
ジークさんが、催事場の端に設置されていた『黄金展記念・純金箔ソフトクリーム』を舐めながら近づいてきた。
「なんだ、あの金塊の山。お前、その気になれば、働かなくても一生遊んで暮らせるんじゃないのか?」
「ダメですわ、ジークさん。デパートの商品はあくまで『売り物』です。これを市場に流せば、ルナ様と同じように相場が崩壊してしまいますから。それに、お金を生み出すだけじゃ、お客様の笑顔は作れませんのよ」
「……ふん。変なところで律儀な奴だ。まぁ、この金箔ソフトクリームが美味いから、今日は許してやる」
ジークさんはパイプ椅子を畳み、満足そうにソフトクリームを頬張っている。
平和が戻ったリビングで、ニャングルさんだけが震える手で胃薬を飲んでいた。
「……あの善意のサイコパスエルフに、世界の経済をぶっ壊せる歩く百貨店娘、それにパイプ椅子でドラゴンを殴り殺す護衛……。ポポロ村、三大国よりよっぽど魔境やで……」
財務担当の苦労は、まだまだ終わりそうになかった。
読んでいただきありがとうございます。
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