村の怪人教師ネギオの『論破ゲーム』。デパ地下の高級コーヒーと焼き菓子で、完全論破(物理的餌付け)してやりました。
村の怪人教師ネギオの『論破ゲーム』。デパ地下の高級コーヒーと焼き菓子で、完全論破(物理的餌付け)してやりました。
ポポロ村は、三カ国の緩衝地帯という物騒な立地にあるにもかかわらず、豊かな自然と独自の生態系を持っていた。
特に農作物は、村の中心にある『聖なる泉』と魔素の影響を受け、他国では見られない特殊な進化を遂げているらしい。
「デパートの食材も素晴らしいけど、地元の食材と組み合わせれば、もっと原価を抑えて新しいメニューが作れるはずよ!」
パティシエとしての創作意欲を燃やす私に、ニャングルはキセルをふかしながら渋い顔をした。
「せやから言うてるやろ。この村の農家を仕切っとるのは、ネギオっちゅう超絶面倒くさい『怪人』なんや。あいつを納得させな、村の野菜は一本も卸してもらえへんで」
「面倒くさいなら、俺が殴って奪ってこようか?」
ジークが黄金に輝くフランスパンを肩に担ぎながら、物騒な提案をする。
「ダメです、ジークさん! 私たちは商人なんですから、ちゃんと交渉でお取引をしないと!」
そんなやり取りをしながら村の農地エリアへと向かうと、広大な畑の真ん中に、異様な姿の人物が立っていた。
緑色の肌を持つ、長身の人型樹人。
タローマンで買ったと思われる作業着を着こなし、口には高級品の『ポポロシガー』を咥えている。
そして何より目を引くのは、彼の右腕から生えている巨大な『ネギ』のような大剣だった。
「……ほう。貴方たちが、我がポポロ村の経済的均衡(ルビ:エコノミック・バランス)に突如として介入してきたイレギュラーな存在ですね」
私たちが近づくと、樹人のネギオは眼鏡をクイッと押し上げ、理知的な低い声で言った。
「初めまして、ネギオさん。デパートを経営しているコトネです。今日は村の特産品を仕入れさせてもらいたくて……」
「お断りします」
「えっ、早っ!?」
即答だった。ネギオはふぅっと紫煙を吐き出し、右腕の巨大ネギ――通称『ネギカリバー』をこちらに突きつけた。
「私はこの村の教師であり、鍛冶師であり、農家の元締めです。貴方たちのような、出自も不明確で持続可能性(ルビ:サステナビリティ)に欠ける外部資本に、我が村の手塩にかけた魔導野菜を供給する論理的妥当性が存在しません。はい、論破」
「うぐっ……」
これがニャングルの言っていた『論破ゲーム』か。
確かに、いきなりやって来たよそ者に大事な作物を譲れないのは筋が通っている。
「ワイらには金がある! 適正価格の倍払うてやるから売らんかい!」
「金貨という貨幣価値は、所詮相対的な指標に過ぎません。本質的価値を見誤る資本主義の奴隷に、私の芸術品(野菜)は渡せませんね。はい、論破」
「ぐぬぬっ……! 腹立つわコイツ!」
ニャングルの札束ビンタ(交渉)もあっさり弾かれた。
ジークがため息をつき、フランスパンに闘気を込め始める。
「御託はいい。お前、そのネギへし折られたいか?」
「暴力とは、知性の敗北を意味する究極の論理的破綻(ルビ:ロジカル・エラー)です。貴方のような野蛮人に、私は屈しませんよ。ネギカリバーは鋼鉄すら斬り裂く無限伸長兵器。やれるものなら……」
ジークとネギオの間に、一触即発の火花が散る。
このままでは、仕入れどころか村の畑が消し飛んでしまう!
「待ってください、二人とも!」
私は慌てて二人の間に割って入った。
「ネギオさん。あなたは『論理的な価値』がないと取引しないとおっしゃいましたね?」
「ええ、その通りですが」
「だったら、私が『あなたにとって絶対に価値のあるもの』を提示できたら、取引してくれますね?」
ネギオは面白そうに口角を上げた。
「ほう……。このポポロ村で栽培される極上の『ポポロコーヒー』と『ポポロシガー』を嗜むこの私を、味覚と論理の両面で納得させられると? よろしい。もし出来なければ、貴方たちは永久にこの畑から立ち入り禁止です」
「コ、コトネはん! あいつ味にはめちゃくちゃうるさいで!?」
ニャングルが焦るが、私は自信満々に頷いた。
相手が『コーヒー好き』なら、パティシエとしての私の土俵だ。
「発動――【デパート】。高級地下食料品街、自家焙煎コーヒー専門店、並びに高級焼き菓子店!」
空間が光り、私の目の前に『最高級ドリップポット一式』と、洗練された箱に入った『お菓子』が現れた。
「まずはコーヒーです。コロンビア産最高級豆をベースにした、デパート専属焙煎士による『特製ディープ・ブレンド』。ハンドドリップで淹れさせていただきます」
私は手慣れた手つきで、お湯を細く、静かにコーヒーの粉に落としていく。
ポタ、ポタと琥珀色の液体が落ちるにつれ、周囲の空気が一変した。
香ばしく、それでいて果実のような甘い酸味を帯びた、とてつもなく深く複雑な香りが畑に広がる。
「な、なんだこの芳醇なアロマは……!? 私の知るポポロコーヒーの土臭さとは次元が違う、計算し尽くされた香りの多重奏(ルビ:ポリフォニー)……!」
ネギオの眼鏡がカシャァンと曇った。
私は淹れたてのブラックコーヒーを陶器のカップに注ぎ、その横に、黄金色に焼き上がった小さなお菓子を添えた。
「そして、このコーヒーに合わせる『論理的最適解』がこちら。フランス産発酵バターと、最高級のアーモンドプードルをふんだんに使用した焼き菓子――『極上フィナンシェ』です」
「ふ、フィナンシェだと……?」
ネギオは震える手でカップを受け取り、まずはコーヒーを一口含んだ。
「――――ッ!?」
彼の目が見開かれる。
「この圧倒的なコクと、舌の上で転がるようなクリアな苦味……! 不純物が一切ない、完璧な抽出(ルビ:エクストラクション)だ!」
「さぁ、その苦味が口に残っているうちに、フィナンシェをどうぞ」
ネギオは言われるがまま、黄金色のフィナンシェをかじった。
サクッ。
表面の香ばしい食感の直後、中からジュワァァッ!と濃厚な焦がしバターの風味が溢れ出し、コーヒーのビターな味わいと口の中で激しく激突、そして融合した。
「……あ、あぁぁぁぁ……ッ!!」
ネギオが、天を仰いだ。
「マ、メイラード反応によって引き出された焼き菓子の香ばしさと……発酵バターの暴力的なまでの乳脂肪の甘み……! それが、深煎りコーヒーの酸味と苦味によって中和され、互いの長所だけを無限に引き上げている……ッ! こ、これは味覚の永久機関……いや、論理的特異点(ルビ:ロジカル・シンギュラリティ)だ!!」
ネギオの右腕のネギカリバーが、感極まってシュルシュルと天高く伸びていく。
「こんな完璧な相乗効果(ルビ:マリアージュ)を見せつけられては……私の、私の貧困な語彙では、もはや論理的な反論が構築できない……ッ!」
ガクンッ。
ネギオは膝から崩れ落ち、大地に両手をついた。
「私の……完全敗北です。コトネ先生。貴方のその『異世界の供給網』は、我が村の作物を預けるに足る、完璧な論理性を備えています」
「ふふっ。お買い上げ、ありがとうございます!」
パティシエとしての経験とデパ地下の力が、村一番の変人を完全論破(物理的餌付け)した瞬間だった。
「チョロォォォォッ!! ジークはんに続いて二人目やんけ!」
「俺の弁当と一緒にすんな。俺は論破なんかされてねぇ」
ニャングルのツッコミに、ジークが残りのフィナンシェをつまみ食いしながら真顔で答えた。
「約束通り、村の作物は自由にお使いください。……ただし、一つだけ忠告しておきます」
すっかり大人しくなったネギオが、眼鏡を拭きながら真剣な顔で言った。
「『メロロン』という作物の取り扱いにだけは、細心の注意を払ってください。あれは、人間の精神と理性を根こそぎ奪う『魔性の果実』。間違っても、防音マスクと耳栓なしで近づかないように」
「ま、魔性のメロン……?」
なんという恐ろしい野菜がポポロ村にはあるのだろうか。
ともあれ、これで現地の新鮮な食材ルートを確保することに成功したのだった。
しかし、ホッとしたのも束の間。
畑の向こうから、重々しい蹄の音を響かせて、新たな影がこちらへ向かってくるのが見えた。
「お前たちが、村で許可なく怪しい商売を始めたというよそ者か!」
現れたのは、巨大な盾と鎖で武装したケンタウロス族の女性。
ポポロ村自警団の生真面目なリーダー、マンミアさんだった。
「無許可営業、ならびに周辺の軍隊をたぶらかした容疑で、貴様らの店を監査させてもらう!」
また面倒くさそうな人が来ちゃったわね……と、私はそっとデパートのインベントリを開き、次なる『商品』の準備を始めるのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第5話、村の怪人教師・ネギオ先生が登場しました!
理屈っぽくて面倒くさい彼も、デパ地下の『自家焙煎ドリップコーヒー』と『極上フィナンシェ』の完璧なマリアージュの前には、あっさりと論理崩壊(完全敗北)してしまいました!
これでポポロ村の面白食材をゲットできるルートが開通です!
そして最後に現れたのは、生真面目な自警団長・マンミア!
「25歳の壁」と「売れ残りクリスマスケーキ」にトラウマを抱える彼女を、コトネはどうやっておもてなしするのか!?
次回のハートフル(?)おもてなし展開もお楽しみに!
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