死蟲機の高価素材を巡るドロボウ劇。極貧人魚、悪徳商人への不法侵入で華麗に撃沈される。
死蟲機の高価素材を巡るドロボウ劇。極貧人魚、悪徳商人への不法侵入で華麗に撃沈される。
死蟲王サルバロスの遺産である『死蟲機』が、ジークの氷のロングソードによって一刀両断されてから数日が経過した。
ポポロ村の平和は守られたが、村の広場やデパートの裏手には、あの戦いで撃破された死蟲機たちの「残骸」が山のように転がっていた。
――実は、この死蟲機の外殻や鎌の素材、魔導機関のコアといったパーツは、極めて高い強度と魔導伝導率を誇る『超高級レアメタル(黒曜魔導鋼)』の塊だった。
武器の鍛造や、防具の強化、さらにはデパートの防衛フィールドのアップグレードに使えるため、私たちのデパートの財務担当であるニャングルが、目をハートマークにしながら厳重に倉庫へと回収していたのである。
「うひょひょひょひょっ……! この黒曜魔導鋼の硬度、そしてこの巨大な鎌の切れ味……! アバロン魔皇国の軍部に売り渡せば、金貨数千枚は硬いお宝やでぇ……!」
デパートの地下保管庫で、ニャングルは算盤を狂ったように弾きながら、鼻息を荒くしていた。
その倉庫の通気口から、じっとその様子を窺っている一対の怪しいエメラルドグリーンの瞳があった。
極貧地下アイドルの――リーザさんである。
「……見ましたわよ」
天井の隙間に張り付くようにして、リーザさんはよだれを拭いながら独り言を呟いた。
「あのニャングルが厳重に保管しているデカいカマキリの鎌……あれをこっそり一枝だけでもパクって、裏の闇市に流せば……私、一瞬で大金持ちですわ! キュララから分捕ったスパチャの取り分は一瞬で消えましたし、今日の夕飯の『茹で卵の黄身』すら食べる余裕がないこの極貧生活から、ついに脱出できるチャンスですわ……!」
頭の中では、高級フレンチや、特上の雲丹いくら丼、そしてブランド物のドレスを着てファンに囲まれる自分の姿が鮮やかに再生されていた。
もはや彼女の脳内には、「盗みは犯罪である」という道徳心など一欠片も残っていない。あるのは「お腹が空いた」という本能と、「一攫千金への欲望」だけだった。
「待ってなさいまし、黒曜魔導鋼の鎌さん……。今夜、私があなたを合法的に(?)お持ち帰りして差し上げますわ……!」
* * *
深夜。午前二時。
デパート・コトネの店内は、静まり返り、魔法の常夜灯だけがぼんやりと青白い光を放っていた。
キシッ……。
地下保管庫の重い防護扉が、音もなくわずかに開いた。
そこから、忍者のような(しかし上下エンジ色の芋ジャージなので全く忍べていない)黒い影が、ズリズリと這い出てきた。
「ふふふ……見張りのニャングルはもう寝静まったはずですわ……」
リーザさんは息を殺し、懐中電灯の微かな光を頼りに地下倉庫の奥へと進んだ。
そこには、昨日の戦いで回収された死蟷螂機の『巨大な黒曜石の鎌』が無造作に立てかけられていた。全長二メートル、重量は軽く百キロを超える代物である。
「お、重いですわね……っ! でも、これを引きずってでも持ち帰れば……!」
リーザさんは人魚族の底力を発揮し、自分の体重の何倍もある巨大な鎌をグッと抱え込んだ。
その瞬間。
「――泥棒はアカンで、アンタ」
背後から、静かで、しかし底冷えするような低い声が響いた。
「ひっ!?」
ビクンッとリーザさんの全身が跳ね上がった。
おそるおそる振り返ると、暗闇の中から、キセルをふかした算盤を手にした猫耳の商人――ニャングルが、冷酷な三白眼で彼女を見下ろしていた。
「ニ、ニャングルさん……! こ、これは違いますのよ! 夜中にちょっと、この鎌の硬度を学術的に調べようと思いまして……!」
「夜中にジャージ姿の人魚が、無断で地下倉庫からレアメタルを運び出そうとしてる学術的調査がどこにあるねん。完全に現行犯やないか」
ニャングルは、チッと舌打ちをすると、手元の算盤をガシャンと鳴らした。
「泥棒猫ならぬ、泥棒人魚か。ウチのデパートのセキュリティを舐め腐ってくれたな。不法侵入に、会社の重要資産の窃盗未遂……警察に突き出す前に、まずはウチの『経済の制裁』を受けさせてもらうで」
「ま、待ってくださいまし! 少しの現金さえあれば、私は……!」
「問答無用や!」
次の瞬間。
商人とは思えないほどの俊敏な動きで、ニャングルの拳が一直線に繰り出された。
ドゴォッ!!
「ひでぶっ!?」
ニャングルの完璧な右ストレート(顔面パンチ)が、リーザさんの鼻っ柱を直撃した。
凄まじい衝撃音とともに、リーザさんは持ち上げていた巨大な鎌ごと背後に吹っ飛び、倉庫の壁に激突して盛大にひっくり返った。
「ぐはっ……! 鼻が……私の美しい人魚の鼻が、右に曲がりましたわ……っ!」
床に転がり、白目を剥きながら痙攣するリーザさん。
ニャングルはフッと鼻で笑い、落ちていたキセルの煙を吹き飛ばした。
「甘いわ! 泥棒からの買い取りなんて法律に触れるし、何よりワイの商売道徳とプライドに反するわ! ついでに、ウチの倉庫を荒らした迷惑料として、今月のアンタの仮眠室の利用権は没収やからな」
「そ、そんなぁ……私のリクライニング生活がぁ……」
リーザさんはガクリと頭を垂れ、その場で完全に気絶した。
* * *
翌日の朝。
デパートの開店準備に追われる中、バックヤードの隅の床に、ぐるぐる巻きの包帯を顔面に貼ったリーザさんが、まるでゴミのように転がされていた。
「あら、リーザさん。朝からそんなところで何をしてるのかしら?」
私が朝のコーヒーを飲みながら尋ねると、リーザさんはボロボロの声で答えた。
「……コトネさん。世の中、楽して大金を稼ごうなんて考えるのは、間違いですわ……。地道に、公園の鳩の餌を分け合って生きるのが一番の幸せですの……」
「何を悟ってるのか知らないけど、デパートの敷地内でコソコソ泥棒しようとした罰よ。反省しなさい」
私が丸めたルナミス新聞紙でポンッと軽く頭を叩くと、リーザさんは「はい……」としょんぼりとうなだれた。
そこへ、キュララがスマホを片手にパタパタと駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ、みんな聞いて聞いて! 昨日の夜、デパートの地下でニャングルさんが泥棒をボコボコにしたって噂を聞いたんだけど、それって配信のネタにしてもいいのかな〜? 『【衝撃】月収二億の隣で泥棒が返り討ちに遭った件ww』ってタイトルにしたら、絶対バズると思うんだよね!」
「「「ダメです(一斉)」」」
私とニャングル、そしてボロボロのリーザさんの三人の声が綺麗にハモった。
死蟲機の高価な素材を巡るドロボウ事件は、極貧人魚の華麗な撃沈という最もシュールな結末を迎え、ポポロ村のデパートは、今日も今日とて平和(?)な一日をスタートさせるのであった。
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