死蟲機の襲来! 冷凍魔導包丁と、長すぎる変身バンクの始まり
死蟲機の襲来! 冷凍魔導包丁と、長すぎる変身バンクの始まり。
エンジ色の芋ジャージを着た駄女神・ルチアナ様と、極貧生活に喘ぐ人魚姫・リーザさんが「明日からは地道に働こう……」と固い誓いを交わした翌日のことだった。
ポポロ村ののどかな青空は、突如として不気味な紫色の雲に覆われ、世界の色を一変させた。
「――キシャァァァァァァッ!!」
遠くの空から響き渡る、鼓膜を切り裂くような異様な金切り声。
地響きとともに、ポポロ山の向こうから黒い影の群れが猛烈な勢いで押し寄せてきた。
全身が黒曜石のような装甲に覆われ、腕部が巨大な鎌と化した異形の魔獣――かつて神蟲魔大戦で世界を恐怖に陥れた死蟲王サルバロスの遺産、『死蟲機』の群れである。
「大変ですぅ! 天魔窟の方から、死蟲機の群れがこちらに向かってきていますわ!」
デパートのテラス席で朝のお茶を楽しんでいたリーザさんが、青い顔をして飛び上がった。
その横で、ルチアナ様も「嘘でしょ!? 私、昨日やっと借金返して平和になったばかりなのに!」と頭を抱えて絶叫している。
村人たちがパニックに陥り、あちこちで悲鳴が上がる。
自警団のリーダーであるケンタウロス族のマンミアさんがクロスボウを構えて叫んだ。
「皆さま、慌てないでください! 迎撃態勢に入ります!」
しかし、飛来する群れの数は数十匹を超えている。先頭を飛ぶ、ひときわ巨大な鎌を持つ『死蟷螂機』が、村の倉庫の屋根を一撃で真っ二さに切り裂きながら、まっしぐらに私たちのデパートへと急降下してきた。
「グルァァァァァッ!」
「……やれやれ。せっかく真面目に働こうと誓った矢先に、これかよ」
テラス席の特等席で、ジークは最後の一口のクロワッサンを優雅に飲み込むと、大きく一つ欠伸をした。
彼は面倒くさそうに首をゴキボキと鳴らし、ゆっくりと立ち上がった。
「仕方ねぇな。飯の邪魔をされるのは、一番虫唾が走る」
ジークはそのままデパートのバックヤードへ足を踏み入れ、地下の『超低温業務用冷凍庫』へと消えていった。
数秒後、彼が戻ってきた手に握られていたのは、プロの板前が使うような『特製の超特大・魔導包丁』だった。しかし、その包丁は冷凍庫の底冷えによって、すでにキンキンに凍りついている。
「ジークさん、それでお肉を捌くんですか?」
新村長のキャルルさんが、ウサギ耳をピコピコさせながら心配そうに尋ねた。
「いや、包丁だ」
ジークは短く答えると、そのキンキンに冷えた刀身に、目も眩むような莫大な『黄金の闘気』を一気に流し込んだ。
ビキィィィィンッ!!
凄まじい冷気と黄金の闘気が融合し、包丁の周囲の大気中の水分が爆発的に凍結していく。
一瞬にして、数メートルに及ぶ禍々しくも美しい『氷のロングソード』へと変化した。
武器を変えても、相変わらずの物理法則無視の圧倒的オーラである。
「さぁ、片付けるか」
ジークが氷のロングソードを構え、まさに飛びかかろうとした、その瞬間だった。
「あ、ちょっと待って待って待って! そこは私に任せて!」
突如、ピンクと白のフリルドレスを盛大に翻しながら、月収二億のトップゴッドチューバー・キュララがスマホを掲げて前に飛び出してきた。
彼女の背中にある天使の翼がパタパタと慌ただしく羽ばたいている。
「みんな、見て見て! ポポロ村に大ピンチ到来だよ! こういう時こそ、ピュアな天使の出番だよね! それじゃあいくよ、みんな準備はいい!?」
「「「……は?」」」
私たちがポカンと口を開ける中、キュララは自撮り棒を宙に放り投げた。
宙に浮いたスマホが自動で彼女に焦点を合わせ、ゴッドチューブの生配信モードが全開になる。
そして、キュララは両手を天高く掲げ、満面のあざとい笑みを浮かべて叫んだ。
「天上の奇跡よ、私のキュートさにひれ伏しなさい! ホーリー・メイクアップ!!」
――瞬間。
どこからともなく、劇場のオーケストラが演奏するような、壮大でシンフォニックな専用BGMが鳴り響いた。
『シャラララァァァンッ☆』
空から無数のきらびやかな光の粒子が降り注ぎ、キュララの周囲を優雅に舞い踊る。
彼女の体がふわりと空中に浮き上がり、足元にはパステルカラーの巨大な魔法陣が展開される。
ピンク色のリボンがリズミカルにクルクルと身体に巻きつき、次々と純白の聖騎士風アーマーのパーツが装着されていく。
「……え?」
村の広場で逃げ惑っていた人々が、あまりの壮大さと場違いなキラキラ感に、一斉に動きを止めて空を見上げた。
画面の向こうのチャット欄も、『おっ、キター!』『変身バンクきたあああ!』『作画予算余ってんのかww』と大盛り上がりだ。
しかし。
現実は、容赦のない戦場である。
上空から、鋭い鎌を持った巨大な死蟷螂機が、まさに無防備に空中でポーズをキメているキュララめがけて、時速二百キロの猛スピードで急降下してきているのだ。
「ちょっ……! 何やってるんですのあの手羽先天使はぁっ!?」
観戦していたリーザが、真っ青になって絶叫した。
「早く! 早くしなさいよ! 変身バンクが長すぎますわ! 3分間も待てませんわよ、あんなデカいカマキリが目の前に迫ってるんですから!」
リーザの言う通り、現実の物理時間は残酷に流れている。
しかし、専用BGMの盛り上がりは最高潮に達しているものの、変身バンク中のキュララは、まだ優雅にリボンを体に巻きつけている最中であり、ようやく『右側のグローブを装着したところ』だった。
「まだ片手しか終わってませんのよ!? このまだと、変身が完了する前にミンチにされますわ!」
「あはは、あの天使ちゃん、見事にタイミング間違えたな」
ニャングルがキセルをふかしながら呑気に笑っている。
死蟷螂機の鋭利な鎌が、キュララの背中に届くまで、あとわずか数メートル。
キラキラしたエフェクトの向こうで、キュララもようやく「あれっ? 敵のスピード早くない!?」と青ざめ始めた。
果たして、長すぎる変身バンクのせいで、月収二億のトップ配信者は初戦で儚く散ってしまうのか!?
それとも、別の意味でヤバい奴らがこの危機をぶち壊すのか!?
ポポロ村の防衛戦は、かつてないカオスな局面へと突入しようとしていた。
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