五円玉錬金術、再び。極貧人魚と駄女神がデパートの裏で繰り広げるポンコツの極み。
五円玉錬金術、再び。極貧人魚と駄女神がデパートの裏で繰り広げるポンコツの極み。
ゴッドチューブの「やらせ大食い配信」でキュララから脅しをかけ、見事にスパチャの山分け(キックバック)を勝ち取った極貧地下アイドル・リーザさん。
しかし、不労所得で得た大金など、彼女の底なしの物欲と生活苦の前では一瞬にして消え去る運命にあった。
ある日の午後。
デパート・コトネのバックヤード(スタッフルーム)で、休憩中だったリーザさんは、頭を抱えて激しく悶絶していた。
「あぁ〜……! おかしいですわ……! キュララから分捕ったスパチャの取り分、昨日の夜のうちに通販で『最新型アイドル用レコーディングマイク』と『フリフリの特製ドレス』を買ったら、一銭も残りませんの……! なんでお給料って、入ってきた瞬間にお金が消えていくんですの!?」
資本主義の荒波に揉まれ、見事に秒速で全財産を溶かした極貧人魚。
彼女のポケットに残っていたのは、真ん中にぽっかりと穴の空いた、一枚の『五円玉(同粒五枚硬貨)』だけだった。
「はぁ……。この五円玉が、一瞬で『金貨(一万枚)』に変身してくれればいいのに……」
トボトボとバックヤードの隅で項垂れるリーザさんの耳に、カシャ、カシャ、という聞き覚えのある軽快な音が届いた。
顔を上げると、スタッフルームのソファにドカッと座り、スマホをいじりながら不敵な笑みを浮かべている人物がいた。
エンジ色の芋ジャージを着た駄女神――ルチアナ様である。
「ルチアナ先輩……何をしてるんですの?」
「ふふふ……。見てるのよ、リーザ。私の推しである朝倉月人君の『期間限定・超レアSSRカード』の画像をね。あぁ、この濡れ髪のビジュアル、最高にエモくない? 欲しすぎる……でも、私、この間カスハラ部にドナドナされて以来、カードの限度額がまだ完全復活してなくて……お金が、ないのよ……」
あれだけ「もう二度とガチャは回さない!」とコトネの前で大号泣し、もやし炒めで更生を誓っていた駄女神。
しかし、人間の(あるいは神様の)三日坊主とは恐ろしいもので、彼女のオタクの業は数日ですっかり復活し、再び重度の禁断症状に苦しんでいたのだ。
「お金が欲しいの? 後輩!」
突如、ルチアナ様がバッと顔を上げ、エメラルドグリーンの瞳をギラギラと光らせたリーザを凝視した。
「……ちょっと待ちなさいよ。誰がいつ、あなたの後輩になったのよ。私、あなたより年齢は下だけど、シーラン国の正統なる人魚姫ですのよ?」
「細かいことはどうでもいいの! それより、あんた『お金が欲しい』って言ったわよね!?」
「言いましたわよ。全財産がこの五円玉一枚ですもの!」
ルチアナ様は、スッとソファから立ち上がり、ササッとリーザの隣に歩み寄ると、その両肩をガシッと掴んだ。
その顔は、ギャンブルに狂った人間特有の、狂気的な熱を帯びていた。
「ねぇ、リーザ。お金を増やす方法、知らない?」
「知りませんわ! 知っていれば、今頃こうしてパトロン(石油王)を失って絶望していませんの!」
「ふふふ……甘いわね、リーザ。さすがは極貧の地下アイドル、世間の裏技を知らなすぎるわ」
ルチアナ様は自分の懐から、慎重に、まるで神聖な宝物を扱うかのように一枚の硬貨を取り出した。
それは、彼女がどこからか拾ってきたらしい、汚れた『五円玉』だった。
「これを見なさい」
「ただの五円玉ですわね」
「違うわ。これはね……磨けば光る、『原石』よ」
「……は?」
ルチアナ様は神妙な顔つきになり、低い声で囁いた。
「天界の古文書(※脳内妄想)にこう記されているの。『五円玉をピカピカに磨き続ければ、その努力と信仰のエネルギーが金属を変化させ、いつか眩いばかりの金貨になる』ってね!」
ピシャァァァンッ!!
と、どこからか雷鳴のような効果音が聞こえた気がした。
「な、なんですって……!? 五円玉を磨くだけで、金貨に……!?」
「そうよ! これぞ天界に伝わる、選ばれし者だけの究極の『錬金術』! さぁ、後輩! 私と一緒にこの五円玉を磨くのよ! そしたら、いくらでもガチャが回せるわ!」
ルチアナ様の言葉を聞いた瞬間、リーザの脳内で「五円玉が金貨の山に変わるビジョン」と「推しのSSRが天井まで引けるビジョン」が鮮やかに重なり合った。
「や、やりますわ……っ! 磨きますわよ、私! 五円玉が金貨になるまで、指の指紋が消えようとも、死ぬ気で磨き続けますわぁぁっ!!」
「よしっ、二人で一攫千金よ! 月人君のSSRは私のものだわ!」
こうして、金に目が眩んだ駄女神と極貧人魚の『ポンコツ・錬金術共同戦線』が、ひそかに結成されたのである。
* * *
それからの数時間。
デパートのバックヤードの隅で、二人の狂気的な姿があった。
「フッ! ハッ! フッ! ハッ!」
「ピカピカになれぇ! 金貨になれぇぇっ!」
ルチアナ様は裾の破れたジャージの袖で、リーザは自分のハンカチで、拾ってきた五円玉を死物狂いでゴシゴシと擦り続けていた。
あまりの摩擦熱で、金属の表面がうっすらと熱を帯び、確かにそれなりに綺麗にはなっている。しかし、物理化学の法則上、真鍮(銅と亜鉛の合金)が金(Au)に変化することは絶対にありえない。
「……ねぇ、先輩。なんか、すごく綺麗にはなりましたけれど、まだただのピカピカの五円玉ですわ……。本当に金貨になりますの?」
「バカね! 信仰が足りないのよ! もっと愛を込めて、お経でも唱えながら磨くのよ!」
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……金貨になってくださいまし……!」
二人が必死に五円玉を磨き上げ、息をゼーゼーと切らせていた、その時だった。
「……おい、お前ら。バックヤードの隅で何をごソゴソやってるんや」
算盤を片手に、ニャングルが冷ややかな視線を向けながら通りかかった。
彼は、ルチアナ様たちが必死に握りしめている「ものすごく磨かれた五円玉」を一瞥し、一瞬で状況を察知した。
「ふっ……まさか、そのピカピカの五円玉が金貨になるとでも思っとるんか?」
「なっ……!? ニャングルさん、知ってるんですの!?」
「当たり前や。アホか。銅と亜鉛の合金をいくら磨いたところで、材質は変わらん。それはただの『すごく綺麗な五円玉』や。そんなんで金貨が手に入るなら、世界中の人間が全員やってるわ」
ニャングルの冷徹な正論のナイフが、二人の胸にグサリと突き刺さった。
「そ、そんな……! じゃあ、私たちのこの数時間の努力は……指の疲労は……っ!」
「それに、アンタら、それをどうするつもりやったんや?」
「へっ……?」
「まさか、そのピカピカの五円玉を持って、うちのデパートのレジで買い物しようとしたわけやないよな?」
ニャングルの目が、鋭い猫のそれのように細められた。
「……えっと。い、一応、この輝きならレジのおじさん(ニャングルさん)も『おっ、金貨だな!』って勘違いして、金貨一枚分の商品と交換してくれるんじゃないかって……」
ルチアナ様が、冷や汗をダラダラと流しながら蚊の鳴くような声で呟いた。
ニャングルの表情が、スッと真顔から『完全に軽蔑しきった顔』に変わった。
「……それ、ルナミス帝国でもアバロン魔皇国でも、立派な『貨幣変造罪』および『詐欺未遂』やで。一発でドンガン地下帝国の過酷な採掘場行きの大罪や。警察に通報されたかったら、今すぐその企みを実行してみぃ」
ガタガタガタッ!!
二人の体が、恐怖と絶望で激しく震え上がった。
「ひぃぃぃっ!? 犯罪!? 私たち、また犯罪者に成りかけてたの!?」
「お、恐ろしいですわ……! 資本主義の罠ですわ……っ!」
ポンコツすぎて自爆しかけている二人を見下ろし、ニャングルは深いため息をついてキセルを叩いた。
「まったく、暇な奴らやで。そんな怪しい錬金術にうつつを抜かす暇があるなら、食品フロアの床でも磨いときぃ。そっちの方が確実にお給料(現金)がもらえるで」
ニャングルがスタッフルームの扉を開けて去っていくと、残されたルチアナ様とリーザさんは、床に崩れ落ちてガクリと項垂れた。
「あぁ……私のSSRが……月人君の濡れ髪が遠ざかっていく……」
「私の特製レコーディングマイクが……消えていきますわ……」
一攫千金の夢は、ものの数分で儚く散り去った。
やはり、世の中に楽して大金が手に入る方法など存在しないのである。
「……ねぇ、先輩」
「なに、リーザ……」
「私たち、やっぱり地道にウインナー焼いたり、カツ丼の残飯処理したりするしか生きる道はありませんのね……」
「……そうね。うぅっ、働こう……明日から、死ぬ気で働こう……」
二人は肩を寄せ合い、綺麗にピカピカに光る五円玉を握りしめながら、静かに涙を流し合ったのだった。
――だが、彼女たちはまだ知らなかった。
その「必死に磨き上げたピカピカの五円玉」が、のちにポポロ村全体を巻き込む『とんでもない奇跡(あるいは大迷惑)』を引き起こす引き金になることを、この時の彼女たちはまだ誰も予想していなかったのであった。
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