太客強奪の真実! 貧乏人魚と成金天使のバチバチ・シェアハウス。
太客強奪の真実! 貧乏人魚と成金天使のバチバチ・シェアハウス。
「――というわけで、ポポロ山の罠にかかった珍獣……じゃなくて、月収二億のピュア天使・キュララちゃんでーす! みんな、チャンネル登録と高評価よろしくね〜♡」
ポポロ村のシェアハウス(キャルルたちの拠点)。
そのリビングの真ん中で、白銀ツインテールの下級天使・キュララは、自撮り棒を片手に満面の笑みでスマホに向かって話しかけていた。
私たち一行がポポロ山から帰還してわずか数十分。
キュララは「すご〜い! このシェアハウス、私の配信部屋にピッタリじゃない! 私、ここに住むわ♡」と、勝手に一室を占拠して定住を宣言してしまったのだ。
「あのねぇ、勝手に人の家に上がり込んで、何が『住むわ』よ。ここは私とリーザの……」
「お姉さん、細かいことは気にしなーい! それより見て見て!」
キュララはスマホの画面を私にひらりと見せた。
そこには、ゴッドチューブの配信画面と、爆発的に流れるチャット欄、そして画面の隅に表示された『本日のスーパーチャット(投げ銭)総額:金貨500枚』という驚愕の数字が映し出されていた。
「あ〜っ! 石油王さーん! 赤スパ(高額投げ銭)ありがと〜♡ お寿司の出前、特上の雲丹と大トロを頼んじゃおっと!」
キュララが甘ったるい声で投げ銭に反応すると、チャット欄がさらに「うおおおおお可愛い!!」「キュララちゃん最高!!」「寿司代送ったぞ!!」という狂信的なコメントの嵐で埋め尽くされた。
その瞬間だった。
「…………な」
リビングの隅。
数日前からずっと体育座りをし、ゾンビのような目つきで床を見つめていた一人の少女が、ピクリと動きを止めた。
エンジ色の芋ジャージを着た、極貧地下アイドルのリーザさんである。
「今……なんて言いましたの?」
リーザさんが、ギギギ……と首を鳴らしながら立ち上がった。
そのエメラルドグリーンの瞳には、ただの絶望ではない、地獄の底から這い上がってきたような『底知れぬ殺意と嫉妬の炎』が揺らめいていた。
「え? だから、石油王さんが特上寿司代をくれたから、ルナ・イーツで出前を取るんだよ?」
キュララが小首をかしげて可愛い笑顔を向ける。
「せ、石油王さん……?」
リーザさんの声が、わずかに震えていた。
彼女の脳裏に、ここ数日途絶えていた『唯一の太客の名前』がよぎる。
「私の配信のチャット欄で、いつも『世界一可愛いよ!』って金貨をバラ撒いてくれてた……あの、アイコンが金の王冠の『石油王』さん……ですか?」
「そーだよ! 最近すごくキュララを推してくれてるの。『他のどの底辺アイドルよりも、キュララちゃんの笑顔が一番癒やされる』って言って、毎日大金投げてくれるんだぁ♡」
バチィッ!!
リーザさんの頭の中で、何かが完全にブチ切れた。
「せ……せ、石油王さあああああぁぁぁんっ!!?」
絶叫とともに、リーザさんは凄まじい勢いでキュララへと突進した。
その速さは、先ほどの月兎族の走りを彷彿とさせるほどの怒りのブーストがかかっている。
「私の! 私の唯一の生命線である太客の石油王さんを奪ったのは……お前ですのねえぇぇぇっ!!」
「ひゃっ!? なにこの貧乏くさい魚! 急に飛びついてこないでよ!」
ドンッ! ガシャーンッ!
リビングのテーブルがひっくり返り、新旧アイドルによる激しいキャットファイト(掴み合いの喧嘩)が勃発した。
「返しなさいよ! 私の! 私の半額もやしと雑草サラダの生活を救うはずだった石油王さんの愛を返しなさいよ!」
「やだやだ! 一度もらったスパチャはキュララのものだもん! そもそも、あんたみたいな薄汚い芋ジャージの地下アイドルより、ピュアで可愛い私のほうが選ばれるに決まってるでしょ!」
「手羽先天使め! 今すぐそのフリフリの羽をむしり取って焼き鳥にしてやりますわ!」
「キャー! 髪引っ張らないでよ、エクステ取れちゃう!」
ゴロゴロと床を転がりながら、お互いの髪を掴み合い、泥仕合を繰り広げる二人。
あまりの修羅場に、私は思わせぶりに「はぁ……」と深いため息をついた。
「おい、コトネ。なんか変なのが始まってるぞ」
ジークは、全く動じることなく、床の端に落ちていたおせんべいを拾ってボリボリと齧りながら、面白そうにその様子を高みの見物している。
「放っておきなさいよ。どうせ、いつもの『同業者同士の醜いパイの奪い合い』よ」
「でも、うちのリビングが壊れたら弁償させるのはあの天使だな。月収二億あるんだろ?」
「それもそうね。あとでニャングルさんに請求書を作ってもらいましょう」
私とジークが冷めた目で喧嘩を眺めている横で、新村長のキャルルさんは冷や汗を流しながら仲裁に入ろうとしていた。
「ちょ、二人ともやめてください! ここは私の……じゃなくて、村の共有スペースなんですから!」
「キャルルちゃん、こいつが先に私の髪を……!」
「違うですの! こいつが私から全てを……私の未来のセレブ生活を奪ったんですの!」
二人の取っ組み合いはさらに激しさを増し、リビングはまるで台風が通った後のような惨状と化していった。
――ピロリンッ♪
その時。
部屋の隅に転がっていたキュララのスマホが、軽快な通知音を鳴らした。
画面には『ルナ・イーツ配達員より:ご注文の特上雲丹いくら寿司が玄関に到着しました』の文字。
「あ……お寿司届いた♡」
キュララは、リーザさんに髪を掴まれたまま、パッと顔を輝かせた。
「ちょっと、喧嘩中になにを……!」
「みんな〜、聞いて聞いて! キュララ、リスナーさんのおかげで豪華なお寿司が食べられまーす! 残念だったね、貧乏魚ちゃん♡」
「ぬぬぬぬぬ……っ! 悔しいですの! 私なんて、今日の朝ごはんは公園のタンポポの茎でしたのに……っ!」
お寿司の匂いに釣られ、リーザさんは悔し涙を流しながら、しかしどこか名残惜しそうにキュララの髪から手を離した。
数分後。
玄関の前に山積みにされた特上の出前寿司の段ボールを開け、キュララは「いただきまーす♡」と最高の笑顔で大トロを口に放り込んだ。
「んん〜♡ おいしっ! これぞ石油王の味♡」
「ぐぬぬぬぬ……っ……!」
すぐ隣の床に体育座りをし、タッパーに詰めた『茹で卵の白身(黄身は節約のため明日に回す)』をトボトボとかじりながら、リーザさんは血の涙を流してキュララを睨みつけていた。
月収二億の成金天使と、年収数千円の極貧人魚。
同じ屋根の下に暮らすことになった二人の『格差社会』は、こうして絶望的なまでのスタートを切ったのである。
「……で、コトネ店長」
喧嘩が一段落し、お寿司の匂いが充満するリビングで、キュララはペロリと口元を拭いながら私に近づいてきた。
「なんだい、キュララちゃん」
「明日ね、ゴッドチューブの企画で『大食いチャレンジ・カツ丼十杯!』を生配信することにしたの! それでね、カメラの映えと『撮れ高』のために、デパートの厨房で最高に美味しそうなカツ丼を十杯作ってほしいの!」
「カツ丼十杯? いいけれど、あなた一人でそんなに食べられるの?」
「へへっ、そこはほら、アイドルのテクニックってやつよ♡」
キュララは、不敵で、しかしどこか裏のありそうな悪知恵の働いた笑顔を浮かべた。
……そう。彼女が企んでいるのは、テレビやネット配信の裏側でよくある『最悪のやらせ(残飯処理の押し付け)』である。
私たちはこの時、まだ知らなかったのだ。
その『やらせ大食い配信』の裏で、怒りに燃える極貧人魚が、恐ろしいブラックホール胃袋を武器に、どんな裏工作を仕掛けようとしているのかを。
波乱のシェアハウス生活。
デパートを巻き込んだインフルエンサーたちの狂宴は、さらにアクセルを踏み込んでいくのだった。
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