罠にかかったのは鳥ではなく。月収2億の下級天使(ゴッドチューバー)を捕獲しました。
罠にかかったのは鳥ではなく。月収2億の下級天使を捕獲しました。
緑豊かなポポロ山。
木漏れ日が差し込む静かな獣道に、サクサクと落ち葉を踏む音が響いていた。
「ジークさん! 足元、気をつけてくださいね! この辺りは木の根が張り出してますから!」
「おう」
「喉は渇いてませんか!? 私、水筒に特製のハーブティーを淹れてきましたっ! もちろん、コップじゃなくて私と間接キスになる直飲みスタイルですよっ♡」
「いらねぇ。俺はさっきデパートで麦茶飲んできた」
「はぅぅんっ♡ 冷たくあしらわれるのも、たまらなく尊いですぅっ♡」
相変わらず愛が重すぎるヤンデレ村長・キャルルさんが、尻尾を振りながらジークの周りを衛星のようにグルグルと飛び回っている。
彼女の目的はあくまで「ジークさんとのアウトドアデート(狩り)」であり、トライバード(三徳鳥)を狩ること自体は二の次になっているようだ。
「キャルルさん、狩りに来たんだから静かにしないと獲物が逃げちゃいますよ。ほら、前世の軍隊でも『斥候は足音を立てるな』って言うでしょう?」
「は、はいっ! 申し訳ありません、コトネ店長! 村長として、そしてジークさんの未来の伴侶として、ふさわしい立ち振る舞いを心がけますっ!」
私の注意に、キャルルさんはビシッと敬礼して口を噤んだ。しかし、そのウサギ耳はピンと立ったままで、ジークの一挙手一投足に全神経を集中させているのが丸わかりだった。
「……よし。この辺でいいだろ」
少し開けた獣道の交差点で、ジークが立ち止まった。
彼はリュックから、太いロープと網を取り出し、手際よく周囲の立ち木を利用して『吊り上げ式の罠』を仕掛け始めた。
「これがジークさんの罠ですね! なんだかすごく本格的です!」
「まぁな。俺は昔、傭兵やってた頃にこういうサバイバル術は嫌ってほど叩き込まれたからな。……で、これが肝心の『餌』だ」
ジークが取り出したのは、ジップロックに入った茶色い塊だった。
うちの厨房で余っていたニンニクと醤油草、ハニーかぼちゃの端くれ……それに加えて、デパ地下で販売している『高級食パン』の切れ端を丸めて練り込んだ、特製ダレの団子である。
「うわぁ……すごいジャンクな匂いですね。ガーリックの香ばしさと、かぼちゃの甘い匂いが混ざって……」
「トライバードは雑食だが、特に甘辛い匂いに弱い。これならイチコロだ」
ジークは罠の中心に餌の団子を置き、カモフラージュ用の落ち葉を被せた。
これで準備は完了だ。私たちは風下にある茂みの裏に隠れ、息を潜めて獲物がかかるのを待った。
大自然の静寂。
時折、風が木々を揺らす音だけが聞こえる。
(ジークさんと……こんなに密着して、茂みに隠れているなんて……っ♡)
キャルルさんが、ジークの腕に自分の腕を絡ませようとジリジリと距離を詰めていく。
(ダメですキャルルさん、離れなさい)
私は無言でキャルルさんの首根っこを掴み、ジークから引き剥がした。
そんな静かな攻防を繰り広げていた、その時だった。
――ガサガサッ。
罠を仕掛けた茂みの奥から、何かが動く音がした。
「……来たぞ」
ジークが、無気力な三白眼をわずかに鋭くさせた。
ガサガサガサッ……。
足音が近づいてくる。トライバードにしては、少し足音が重い。何か別の、大型の魔獣だろうか?
「くんくん……。わぁ、なんだかすごく美味しそうな匂いがする〜♡ こんな山の中に、なんでガーリックシュリンプみたいな匂いがするのかな〜?」
……ん?
茂みから聞こえてきたのは、魔獣の鳴き声ではなく、やけに可愛らしくてあざとい、若い人間の女の子の声だった。
「ジークさん、あれ……鳥じゃないですよ? というか、人間の女の子の声……」
「知るか。罠にかかれば同じ獲物だ」
「同じじゃないです! 止めないと!」
私が茂みから飛び出そうとした、まさにその瞬間だった。
「あーっ! お団子みーっけ! もぐもぐ……んふ〜♡ これ、すごく美味しいかも〜♡」
バチンッ!!
罠のトリガーが作動する鋭い音が響いた。
「ぎゃっ!?」
バサァァァッ!と網が跳ね上がり、ロープが木の上へと勢いよく引き上げられる。
見事に吊るし上げられた網の中には、トライバードではなく、もがく人影が一つ。
「かかった! 大物だぜ!」
ジークが嬉々として立ち上がり、網を固定しているロープをしっかりと握りしめた。
「ふぇぇぇぇ〜んっ!! 助けてぇぇぇっ! 私は美味しくないよぉぉぉっ!! お肉硬いし、脂肪分も少ないから、食べても絶対にお腹こわすよぉぉっ!」
宙吊りにされた網の中から、涙ながらの悲鳴が響き渡る。
私たちが罠の下に駆け寄ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
網の中でジタバタと暴れていたのは――。
白銀の美しいツインテールに、パステルカラーのフリフリなアイドル衣装。背中には、小ぶりで可愛らしい純白の『天使の翼』が生えている。
「て、天使……!?」
キャルルさんが、驚きのあまりウサギ耳をパタパタと震わせた。
ルチアナ様やヴァルキュリア様のような、高位の神々しさは感じない。おそらく天界の『下級天使』だろう。
しかし、なぜそんな天使が、ポポロ山の獣道で罠にかかっているのか。
「お前、鳥じゃねぇのか。チッ、紛らわしい。肉にもならねぇし、ハズレだな」
ジークが、心底つまらなそうに舌打ちをする。
「えっ? あ、あなた達は……? 私を食べる魔獣じゃないの?」
網の中の天使が、涙目で私たちを見下ろした。
私が「ええ、ただの通りすがりの……」と答えようとした瞬間。
彼女の表情が、劇的に変化した。
先ほどまでの「ふぇぇ〜ん」という悲劇のヒロインの顔は一瞬にして消え失せ、完璧に計算し尽くされた『あざといアイドルスマイル』が顔に貼り付いたのだ。
「なんだぁ〜、人間さんだったんだ! もぉ〜、キュララびっくりしちゃったゾ♡」
そして彼女は、どこから取り出したのか、先端に魔導通信石のついた自撮り棒をシュバッ!と構え、宙吊りのままカメラ目線でウィンクをキメた。
「はいっ! みんな〜、こんにちは〜! 天界から舞い降りたピュアピュア・エンジェル、キュララだよ♡ 今日はポポロ山で大自然をお散歩してたら、なんとイケメンのお兄さんと可愛いお姉さんたちの罠にかかっちゃいました〜! やだぁ、キュララ、ドジっ子すぎ〜♡」
ペロリと舌を出し、カメラに向かってピースサインを作る天使・キュララ。
その信じられないほどの切り替えの早さと図太さに、私は完全に言葉を失っていた。
「……え? あなた、誰? 何やってるの?」
私が真顔で尋ねると、キュララは自撮り棒をクルリと回して私にカメラを向けた。
「え〜っ、お姉さん、キュララのこと知らないの!? キュララはね、天界と人間界を繋ぐ大人気配信サイト『ゴッドチューブ』で、トップクラスの登録者数を誇る超人気ゴッドチューバーなの! 月収は軽く2億円(金貨2万枚)を超えちゃうんだからっ♡」
「に、におく……えん……っ!?」
私は、その莫大な金額に思わず眩暈を覚えた。ルチアナ様の借金が可愛く思えるほどの超高給取りである。
「今日はね、ダンジョン討伐の『撮れ高』を求めてポポロ山を回してたんだけどぉ……なんだかすごく美味しそうなパンとガーリックの匂いがしたから、つい引き寄せられちゃったの♡ キュララ、食いしん坊だから困っちゃう〜♡」
……要するに、ただの『食い意地の張ったアホ』である。
「ジークさん、この子、どうしますか?」
キャルルさんが、網を見上げながら困惑気味に尋ねた。
「知るか。食えねぇなら捨てていくぞ。おい、さっさとそのカメラをしまえ。俺はそういう面倒なのは嫌いなんだ」
ジークは容赦なく網のロープを揺らし、キュララを宙でグルグルと回転させた。
「あわわわっ!? 回るぅ! 目が回るぅぅっ! ちょっとお兄さん、乱暴なのは嫌いじゃないけど、カメラの枠から外れちゃうでしょぉっ!?」
網の中でもがくキュララを見下ろしながら、私は深いため息をついた。
月収2億の超人気インフルエンサー。
そんなものが、なぜこの辺境のポポロ村の山奥で、私たちの仕掛けたジャンクな餌の罠にかかっているのか。
「……まーた、変なのが増えたわね」
私の呟きは、ポポロ山の風にかき消されていった。
極貧アイドル(リーザ)が太客を失って絶望している最中、奇しくもその元凶とも言える『トップ配信者』を、私たちは物理的に捕獲してしまったのである。
これが、私たちデパート・コトネと、女たちのドロドロの因縁の幕開けになるとは、この時はまだ誰も予想していなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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