第四章 『ゴッドチューバーは蜜の味? 泥沼の太客争奪戦と、変身バンクが間に合わない防衛戦』
愛が重い村長の狩りのお誘い。一方、極貧アイドルは太客を失い絶望の淵へ。
新緑の香りが風に乗り、ポポロ村に心地よい季節がやってきた。
三カ国の緩衝地帯でありながら、今や世界一平和で美味しいと噂される私たちの『デパート・コトネ』も、穏やかな休日の朝を迎えていた。
「よし。今日の仕込みはこんなものね」
私は厨房で、お弁当用の『肉椎茸と米麦草の醤油草炊き込みご飯』の準備を終え、エプロンを外して小さく伸びをした。
天気は快晴。絶好の行楽日和である。
「コトネ店長、おはようございますっ!」
デパートの自動ドアが開き、小気味良い足音とともに元気な声が響いた。
現れたのは、ラフなパーカーにショートパンツ、そして足元にはタローマン(ホームセンター)特注の『鋼鉄先芯入り安全靴』をカッチリと履き込んだ金髪の美少女。
ポポロ村の新村長にして、月兎族の最高戦力であるキャルルさんだ。
「おはよう、キャルルさん。今日は村長のお仕事はお休み?」
「はいっ! 書類仕事は昨日徹夜で終わらせてきました! 今日はプライベートの用事で……あ、あのっ、ジークさんはどちらに……っ!?」
キャルルさんは、ピンと立った白い兎耳をピコピコとレーダーのように動かしながら、頬をほんのりと赤く染めて周囲を見渡した。
彼女は村長としては非常に優秀で真面目なのだが、うちの最強護衛であるジークのことになると、ヤンデレ一歩手前の激重感情を暴走させる恋する乙女なのである。
「……ふわぁ。朝っぱらから騒がしいな。なんだ村長、また鼻血出しに来たのか」
バックヤードの扉が開き、首をゴキボキと鳴らしながらジークが姿を現した。
寝癖のついた髪を無造作に掻きながら、右手には今朝焼き上がったばかりの『カッチカチのフランスパン』を持ち、ガリッ、バキィッ!と岩石を砕くような咀嚼音を響かせている。
「ジ、ジークさんっ……! おはようございますっ♡」
キャルルさんの瞳孔が一瞬でハート型に開き、兎耳が垂直にピンッ!と張り詰めた。
(あぁんっ……! 寝起きの気だるげな三白眼も、カッチカチのフランスパンを素の顎の力だけで粉砕するワイルドさも、全てが尊い……っ! 今すぐそのフランスパンになって、ジークさんの口内に咀嚼されたい……っ♡)
キャルルさんは両手で顔を覆い、モジモジと身をよじらせている。
声に出してはいないが、顔面に「好き」とマジックで書かれているようなダダ漏れの反応だ。
「ジークさん! 今日、お休みですよね? もしよかったら、一緒にポポロ山に『狩り』に行きませんか!?」
「狩り?」
ジークが、三白眼をわずかに細めた。
「はいっ! 実はこの間、ジークさんが適当に作ってくださった『特製ダレ』を練り込んだ餌、すごく野生のトライバード(三徳鳥)が掛かりやすくて! ジークさんと一緒なら、きっと大漁間違いなしです!」
「ジークさん、餌なんて作ってたの?」
私が尋ねると、ジークはフランスパンを齧りながら気怠げに答えた。
「あぁ、こないだ厨房で余ってたニンニクと醤油草、それにハニーかぼちゃの端くれを適当に混ぜて団子にしただけだ。トライバードは甘辛い匂いに敏感だからな。……まぁ、いいぜ。暇だしな。夕飯の肉の足しにもなる」
「やったぁぁっ!!」
キャルルさんが、その場でピョンッ!と3メートルほど飛び上がり、ガッツポーズを決めた。
月兎族の異常なバネに天井を突き破らないかヒヤヒヤするが、本人は完全にお花畑モードに突入している。
(やりました! コトネ店長はいるかもしれませんが、実質ジークさんとのお出かけデート……! 大自然のポポロ山で、私の凛々しい狩りの腕前をアピールする絶好のチャンスですっ♡)
「そういや」
ジークはふと、思い出したように言った。
「あの『貧乏人魚』も行くか? 狩りに行けば、タダで美味い肉が食えるぞ」
貧乏人魚。
それは、キャルルさんのシェアハウス時代の同居人であり、シーラン国の正統なる人魚姫にして、現在はポポロ村で『極貧地下アイドル』としてどん底生活を送っているリーザ先輩のことである。
「リーザちゃんですか? そういえば、今朝からシェアハウスのリビングの隅っこで、ずっとブツブツ言ってて……。なんだか様子がおかしかったんですよね」
キャルルさんの言葉に、私たちは揃ってデパートの休憩スペースへと向かった。
最近、リーザさんはデパートのマッサージチェアを勝手に「仮眠室」として利用していることが多いからだ。
果たして、休憩スペースの薄暗い角。
エンジ色の芋ジャージを着て、健康サンダルを履いた美しい美少女が、膝を抱えて体育座りをしたまま、虚空を見つめて呪詛のような言葉を吐いていた。
「おかしい……おかしいわ……。なんで……どうして……」
「リーザさん? どうしたんですか、そんな部屋の隅でキノコでも生やしそうな顔をして」
私が声をかけると、リーザさんはギギギ……と錆びついた機械のように首を向けた。
そのエメラルドグリーンの瞳は、見事なまでにハイライト(生気)が消え失せ、深い絶望の淵に沈んでいる。
「コトネ、さん……。太客の、石油王さんからのスパチャが、ないんですの……」
「は?」
「ここ数日、私の配信(みかん箱ライブ)に……一番の大口スポンサーだった『石油王』さんからの投げ銭が、パッタリと途絶えてしまったんですの……!」
リーザさんは、震える手で自身の『エンジェルすまーとふぉん』の画面を私たちに見せた。
そこには、彼女の持ち歌である『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』を歌っているアーカイブ映像と、見事なまでに過疎化したチャット欄が映し出されていた。
「い、いつもなら、私が『五円が積もれば山となる!』って歌えば、石油王さんが金貨のスパチャをドカンと投げてくれていたのに……っ! この数日、コメントの一つすらないんですわ!」
「まぁ、ファンにも色々と都合がありますから。お仕事が忙しいとか」
「そんなの言い訳ですわ! アイドルへの推し活(お布施)は生命維持活動の最優先事項でしょう!?」
リーザさんは、頭を抱えて床に崩れ落ちた。
「ああああぁぁっ! このままじゃ、スーパーの半額もやしすら買えない! タローソンのゴミ捨て場で廃棄弁当を巡って野良犬と死闘を繰り広げるか、公園のオオバコとタンポポにドレッシングすら掛けない『雑草サラダ生活』に逆戻りですわぁぁっ!」
「……ええと。あの、リーザさん。これからポポロ山に狩りに行くんだけど、一緒に行く? お肉、たくさん食べられるわよ」
私が哀れみを感じて誘ってみるが、リーザさんは首を横に振った。
「いいえ! 私はアイドル! 太客の愛で生きる女ですわ! 野生の肉に屈するくらいなら、石油王さんが戻ってくるまで、ここで念を送り続けますわぁぁぁっ! ……あ、でもコトネさんのお弁当の余りがあるならタッパーに詰めてもらえませんか?」
「ダメです。雑草サラダでも食べてなさい」
私は、丸めたルナミス新聞でリーザさんの頭を軽くポカッと叩いた。
極貧生活が板につきすぎて、悲しきサバイバル根性が染み付いている。それにしても、太客がいなくなっただけでここまで落ち込むとは、アイドルの世界もシビアなものである。
「……なんか、すっごく闇が深そうね。関わると面倒くさそうだし、私たちだけで行きましょうか」
「そうだな。腹減ったら勝手にその辺の草でも食うだろ」
私とジークは、完全にこの極貧人魚を放置することに決定した。
「(やったぁぁぁっ! これで邪魔者は消えました! ジークさんとの夢のアウトドアデート、スタートですっ♡)」
キャルルさんが、後ろで無音のガッツポーズをキメている。
こうして、私たちは太客を失って絶望するリーザさんをデパートに残し、快晴のポポロ山へと足を踏み入れたのである。
――しかし。
この時の私たちはまだ知らなかった。
リーザさんの大事な太客(石油王)を奪い去ったのが、天界から無断降臨してきた『月収2億円の超人気ゴッドチューバー』であること。
そして、私たちが向かった狩場(ポポロ山)に、その規格外のトラブルメーカーが潜んでいることなど、夢にも思っていなかったのである。
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