ガチャは悪い文明。更生不可の駄女神は、大宇宙管理局に即通報して漁船へ出荷(ドナドナ)します。
ガチャは悪い文明。更生不可の駄女神は、大宇宙管理局に即通報して漁船へ出荷します。
小鳥のさえずりが聞こえる、爽やかで清々しいポポロ村の朝。
『デパート・コトネ』の厨房で、私はいつになく上機嫌で朝食の仕込みをしていた。
昨夜のルチアナ様の、涙ながらの更生宣言。
一国の国家予算レベルの借金を、汗水流す労働で完済し、「もう二度とガチャは回さない」と固く誓った彼女の姿は、私の胸に深い感動を刻み込んでいた。
「ふふっ。本当に、立派な大人の女神様になったわね」
私は、ルチアナ様の好物である特製オムレツを作りながら、一人ごちた。
手のかかるアルバイトほど、成長した時の喜びは大きい。前世のブラック企業でボロボロになっていた私にとって、こうして人を育て、導くことができる今の環境は、本当に恵まれていると思う。
「さてと。そろそろみんなを起こして、朝礼を始めないと」
私はエプロンのシワを伸ばし、清々しい笑顔でバックヤードの扉を開けた。
そこで私が見たものは――。
「…………え?」
部屋の隅。
パイプ椅子の上で、両膝を抱え、まるで魂を抜かれた抜け殻のように虚空を見つめている、ジャージ姿の女神の姿だった。
「ル、ルチアナ様……? どうしたんですか、顔色が……というか、全身が真っ白(灰に)になってますけど……」
私が声をかけると、ルチアナ様はギギギ……と錆びついた機械のように首を向けた。
その両目は、見事なまでに焦点が合っておらず、白目を剥きかけている。
そして、彼女の震える手には、天界の通信機器『エンジェルすまーとふぉん』が握られていた。
画面には、見慣れた、しかし絶対に見てはいけない赤い警告文字が点滅している。
『エラー:ご利用限度額(1,000,000円)を超過しています』
「…………は?」
私の脳が、一瞬理解を拒絶した。
昨日の夜、確かに残高はゼロになっていたはずだ。限度額が復活して、みんなで乾杯したはずだ。
それが、なぜ。たった一夜明けただけで、再び百万の天井に張り付いているのか。
「コ、コトネ、ちゃぁん……っ」
ルチアナ様が、掠れた、地を這うような声で呻いた。
「ち、違うの……っ。私、回すつもりなんて、全然なかったの……っ! でも、深夜に通知が来て……『限定SSR・濡れ髪の月人君』が、私に向かって『引いて』って微笑みかけてて……っ!」
「…………」
「い、1回だけ! 最初の10連だけって決めてたの! でも、青い光ばっかりで……気がついたら、ムキになっちゃって……指が、勝手に『魔法石を購入する』のボタンを、連打、してて……っ!」
ルチアナ様は、床に崩れ落ち、頭を抱えて絶叫した。
「ああああぁぁぁぁっ!! 出なかったぁぁぁっ!! 天井(確定枠)まで回したのに、すり抜けで全然違うおじさんキャラが出たよぉぉぉっ!! 月人君、どこぉぉぉっ!!」
……あぁ。
オタクの業とは、なんと深く、恐ろしく、救いようのないものなのだろうか。
「な、なんや朝から騒がしい……って、ヒィィィッ!?」
「先輩!? どうしたんですか、その世の終わりみたいな顔!」
騒ぎを聞きつけてやってきたニャングルとリリスちゃんが、明細画面を見て悲鳴を上げた。
たった一晩。わずか数時間の間に、百万という大金をデータ上の電子の海へと溶かした狂気の沙汰。
昨日までの感動の涙、労働の尊さ、更生への誓い。
その全てが、たった一枚の『水着の推しのイラスト』によって無に帰したのだ。
「うぅぅっ……ごめんなさい、コトネちゃん……っ! 私、また今日からウインナー焼くから! 心を入れ替えて、時給八百円で百年間働くから、見捨てないでぇぇっ!」
ルチアナ様が、私の足元にすがりつき、鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔をこすりつけてきた。
昨日と同じように、私に丸めた新聞紙でポカポカと叩かれ、お説教されるのを待っている顔だ。
叱ってくれる。見捨てずに、また導いてくれる。そう信じきっている、甘え切った顔。
だが。
私は、手元にあったルナミス新聞を、静かにゴミ箱へ捨てた。
「……コトネ、ちゃん?」
ルチアナ様が、不思議そうに見上げてくる。
私は、一切の感情を排した、完全なる『絶対零度の真顔』で彼女を見下ろした。
新聞紙で叩くのは、まだ「見込み」があるからだ。
怒るのは、まだ「更生する」と信じているからだ。
今の私は、怒りすら湧いてこなかった。
前世のブラック企業で、何度チャンスを与えてもレジの金を盗んでギャンブルにつぎ込んだクズ・アルバイトを、無言で警察に突き出した時と全く同じ、冷徹な『事務処理モード』に移行していた。
「ニャングルさん。リリスちゃん」
「お、おう……?」
「は、はいっ」
「私、今から休憩に入りますので。後の処理、よろしくお願いしますね」
私はそれだけ言うと、デパートの連絡用備品である『魔導通信石』を手に取った。
「えっ……? ちょっ、コトネちゃん? 通信石なんて持って、誰に電話するの……?」
ルチアナ様が、嫌な予感を感じ取ったように顔を引き攣らせる。
私は、一切の躊躇なく、天界の『ある部署』の直通ダイヤルをプッシュした。
「――あ、もしもし。大宇宙管理局の『カスタマーハラスメント部』でいらっしゃいますか?」
「ヒィィィィィィィッ!?」
その部署名を聞いた瞬間、ルチアナ様とリリスちゃんが同時に悲鳴を上げた。
「ええ、お世話になっております。ポポロ村のデパート・コトネです。……はい、おたくの駄女神、ルチアナ様の件ですが」
「ま、待って! 待ってコトネちゃん! カスハラ部だけは! あそこだけはダメぇぇっ!」
「……ええ。はい。無理です。更生の余地なしです。一晩でまた百万円溶かしました」
「いやぁぁぁぁっ! 見捨てないで! 私、神様だよ!? チートスキルあげた恩人だよ!?」
ルチアナ様が私の足に必死にしがみつくが、私は冷酷な目でそれを一瞥し、通信石に向かって完璧な営業スマイル(声のみ)を作った。
「はい。もう当店では対処しきれませんので、至急引き取りをお願いします。ええ、物理で構いません。……はい、お待ちしております♡」
ガチャ。
私が通信を一方的に切った、その数秒後だった。
――ズバァァァァァァァァァァッ!!!
バックヤードの空間が、まるでガラスが割れるように無惨に引き裂かれた。
次元の裂け目から現れたのは、尋常ではない威圧感を放つ、三人の男たち。
全身を漆黒のタイトスーツに包み、目元には真っ黒なミラーサングラス。背中には黒い翼を生やし、スーツの上からでもわかるほどの筋骨隆々としたレスラー体型の『天使』たちだった。
「ひっ……! カ、カスハラ部の……黒服執行部隊……っ!」
ルチアナ様が、絶望に顔を歪めて後ずさる。
大宇宙管理局、カスタマーハラスメント部・執行部隊。
神々の規約違反や、悪質なカード代金踏み倒しを取り締まる、天界の超武闘派治安維持組織である。
「お、お待ちください! 私、世界神ですよ!? ちょっと魔が差しただけで、来月のボーナスで全額……!」
ルチアナ様の言い訳など、彼らには一ミリも届かない。
黒服天使Aが、無言のままルチアナ様の頭を鷲掴みにした。
「ギャッ!?」
完璧なフォームから繰り出される、プロレス技の『アイアンクロー』。
そのまま持ち上げられたルチアナ様に対し、すかさず黒服天使Bが背後に回り込み、腰を深く落としてロックする。
「ま、待っ……やめ……っ!」
ズドォォォォォォォォォンッ!!!
強烈無比な『パワーボム』が炸裂し、バックヤードの床がクレーターのように陥没した。
世界神ルチアナ、一撃で完全KO(白目)。
抵抗力を完全に奪われた彼女に対し、黒服天使Cが、どこからともなく取り出した『人間がすっぽり入るサイズの特大スーツケース』を開いた。
彼らは無言のまま、白目を剥いて気絶しているルチアナ様を、非常に手際よく(かつ強引に)折りたたみ、スーツケースの中にギューギューに詰め込んでジッパーを閉めた。
そして、スーツケースの側面に、ベチッ!と一枚の送り状シールを貼り付けたのだ。
『宛先:シーラン国・マグローザ漁船(強制労働/タコ部屋行き)』
『品名:借金まみれの駄女神(ワレモノ注意)』
「……」
三人の黒服天使たちは、私に向かって「ご協力感謝します」と言わんばかりに深々と一礼すると、スーツケースを担ぎ上げ、次元の裂け目の中へと無言で帰っていった。
空間の裂け目が閉じ、バックヤードには再び平和な朝の静寂が戻ってきた。
「「「…………」」」
私、ニャングル、リリスちゃんの三人は、その一連の流れるような出荷作業を、ただ無言で見送っていた。
「……まぁ、自業自得やな」
ニャングルが、ポツリと呟いた。
「はい。ガチャは悪い文明です」
私は、一切の未練なく頷いた。
* * *
それから数十分後。
デパート・コトネの3階、開放的なテラス席。
「はぁ。いいお天気ね」
「あぁ。空気が澄んでて気持ちがいいな」
私は、優雅にアールグレイの紅茶をすすりながら、澄み渡る青空を見上げていた。
向かいの席では、ジークがサクサクのクロワッサンを片手に、無気力な三白眼でポポロ村の平和な風景を眺めている。
「ジークさん、おかわりはいかがですかっ!?」
「おう。コーヒー頼むわ」
「はいっ♡ ただいま淹れさせていただきますっ!」
新村長のキャルルさんが、エプロン姿で甲斐甲斐しくジークの世話を焼いている。完全にこのデパートに入り浸っているが、村長の仕事は大丈夫なのだろうか(まぁ、彼女が幸せそうならいいか)。
少し離れた席では、リリスちゃんが震える手で苺パフェを抱きしめていた。
「わ、私……絶対にガチャには手を出さないもん……。コツコツ貯金して、お菓子買うんだもん……」
先輩の無惨な末路を目の当たりにした見習い女神は、オタクの業の恐ろしさを骨の髄まで叩き込まれたようだ。これで彼女の教育も安泰である。
「うひょひょ。ルチアナはんの人件費が浮いた分、新しい商品の仕入れに回せるで。コトネはん、来月はさらに利益が跳ね上がるわい」
ニャングルは、既にルチアナ様の名前を帳簿から物理的に黒塗りで抹消し、次なるビジネスの計算に没頭していた。
優雅なティータイム。
頼もしい護衛と、有能な財務担当、可愛い看板娘と、押しかけ村長。
私のデパートは、今日も最高に平和で、ホワイトな環境に満ち溢れている。
ふと、遠くの空から、潮風に乗って悲しげなメロディ(ドナドナ)が聞こえてきたような気がした。
今頃、波の荒いシーラン国の海の上で、マグローザという凶暴な魚と死闘を繰り広げるジャージ姿の女神がいるのかもしれない。
「……ふふっ。頑張れ、ルチアナ様。借金が返し終わったら、またお弁当くらいはご馳走してあげますからね」
私は、誰にともなく小さく呟き、最後の一口の紅茶を美味しく飲み干したのだった。




