祝・限度額復活! ……の前に、先輩女神の胡散臭い錬金術(犯罪)は物理で粉砕します。
祝・限度額復活! ……の前に、先輩女神の胡散臭い錬金術(犯罪)は物理で粉砕します。
丸めた新聞紙によるポカポカ説教と、ニャングルの容赦ない質入れ、そして連日のスパルタ試食販売アルバイト。
ルチアナ様が涙ながらに労働の尊さを学んでから、さらに数日が経過した。
彼女の抱えていた一国の国家予算レベルの借金は、日々の地道な返済により、いよいよ完済のゴールテープが見えるところまで来ていた。
ある日の午後。
デパート・コトネのバックヤードで、休憩中だったルチアナ様が、スマホ(エンジェルすまーとふぉん)を眺めながら深いため息をついていた。
「はぁ……。借金があと少しで終わるのは嬉しいんだけど……。月人君の秋の新作アパレルコラボグッズ、発表されちゃったんだよね。パーカーとかアクスタとか、全部揃えたら金貨十枚くらいするし……。あ〜あ、労働以外で手っ取り早くお金、手に入らないかなぁ……お金欲しいわぁ……」
すっかり更生したかと思いきや、やはりオタクの業(物欲)はそう簡単に消えるものではないらしい。
私が「また新聞紙で叩かれたいんですか」と声をかけようとした、その時だった。
「あらあら。お金が欲しいの後輩?」
突然、バックヤードの空間が歪み、一人の女性が姿を現した。
ルチアナ様と同じように頭上に光の輪を浮かべた、いかにも神様らしい派手なドレスを着た巻き髪の女性だ。
しかし、その目つきはどこか胡散臭く、怪しい壺でも売りつけてきそうなオーラを放っている。
「あっ! リーザ先輩!」
ルチアナ様がパッと顔を輝かせた。どうやら、天界での彼女の先輩女神らしい。
「ふふっ。可愛い後輩が、下界のデパートで小間使いなんて可哀想に。お金、欲しいわよね?」
「お金欲しいわ!」
ルチアナ様がブンブンと首を縦に振る。
すると、リーザと名乗った先輩女神は、自分の懐からジャラリと一枚の硬貨を取り出した。
それは、このアナステシア世界に流通している銅貨の一種で、真ん中に穴の空いた『五円玉(同粒五枚硬貨)』だった。
「じゃあ、磨きなさい! この五円玉を!」
「五円玉を?」
「そうよ! 五円玉をピカピカに磨き続ければ、いつか眩いばかりの『金貨』になるわ! これぞ天界に伝わる究極の錬金術よ!」
「そうなの!? すごいっ、磨くわ! 私、死ぬ気で五円玉磨く!」
ルチアナ様が目をキラキラさせて五円玉を受け取ろうとした、まさにその瞬間だった。
――ドゴォォォォォンッ!!
「ひでぶっ!?」
私の右ストレート(顔面パンチ)が、リーザの鼻っ柱を完璧に捉えた。
凄まじい衝撃音と共に、先輩女神はバックヤードのロッカーに激突し、白目を剥いてズルズルと崩れ落ちた。
「な、何すんのよコトネちゃん!? リーザ先輩が金貨の作り方を教えてくれたのに!」
「そんな事で金貨になるかぁぁぁぁっ!!」
私は、拳からうっすらと煙を上げながら、烈火の如く怒鳴りつけた。
「五円玉をいくら磨いたって五円は五円です! メッキを剥がそうが削ろうが、材質が変わるわけないでしょうが! だいたい、そんな詐欺みたいな錬金術で大金が手に入るなら、世の中の人間は全員五円玉を磨き続けてますよ!」
「お、恐ろしい女やで……」
騒ぎを聞きつけてやってきたニャングルが、顔面を陥没させて気絶しているリーザを見てドン引きしている。
そして、事の顛末を聞いた彼は、キセルをふかして呆れたように吐き捨てた。
「アホか。硬貨を意図的に削ったり変形させたりするのは、ルナミス帝国でもアバロン魔皇国でも立派な『貨幣変造罪』や。ゴリゴリの犯罪やで、あんたら。見つかったら一発で地下牢行きやな」
「ひぃぃぃっ!? は、犯罪!? リーザ先輩、私を犯罪者にしようとしてたの!?」
「当たり前でしょう! 世の中、楽して儲かる甘い話なんてないんです! ほら、さっさとその先輩を天界に送り返して、最後のアルバイトに行ってきなさい!」
私は気絶したリーザを『エンジェルすまーとふぉん』の強制送還アプリで天界へポイッと蹴り返し、ルチアナ様のお尻を叩いて食品フロアへと送り出した。
まったく。オタクの物欲と、胡散臭い先輩の悪知恵。
油断も隙もあったものではない。
しかし、彼女のデパートでの労働(贖罪)も、いよいよ今日で最後となるはずだった。
* * *
その日の夜。
デパートの営業が終了し、私たちは3階のテラス席に集まっていた。
テーブルの上には、私が厨房で腕によりをかけて作った豪華なオードブルや、お寿司、そして特大の苺のデコレーションケーキが並べられている。
「ルチアナ様」
私は、神妙な面持ちで、一枚の書類(ニャングルが作成した明細書)をルチアナ様に差し出した。
「本日のアルバイト代と、最後の宝具(女神のティアラ)の売却益を合わせまして……」
ゴクリ。
ルチアナ様だけでなく、リリスちゃんやキャルルさん、ジークまでもが息を呑んで見守る。
「……先ほど、貴女のクレジットカードの未払い残高が『ゼロ』になったことを確認しました」
ピロリンッ♪
私の言葉と同時に、ルチアナ様の『エンジェルすまーとふぉん』から、軽快な通知音が鳴り響いた。
画面には、天界のカード会社からのメッセージが表示されている。
『お知らせ:お客様のクレジットカードのご利用制限が解除されました。現在の利用可能額は、1,000,000円です』
「あ……」
ルチアナ様の目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「やった……。やったよ、コトネちゃん……! 私、借金返し終わったよぉぉっ!」
「ルチアナ先輩! おめでとうございますっ! マグローザ漁船に行かなくて済んで、本当によかったですぅっ!」
「うひょひょ、これでワイの財務コンサルの実績がまた一つ増えたわい」
リリスちゃんが泣きながら抱きつき、ニャングルが満足げに算盤を弾く。
ジークも「チッ、うるせぇな。まぁ、よくやったんじゃねぇの」と、照れ隠しのようにグラスの酒を煽った。
「本当によく頑張りましたね、ルチアナ様。途中で泣き言を言ったり、五円玉を磨こうとしたりもしましたが……毎日汗を流して働いたその努力は、本物です」
私は、微笑みながらショートケーキの乗ったお皿を彼女の前に置いた。
「これでもう、立派な大人の女神ですね」
「う、うんっ! 私、もう二度と無駄遣いしないよ! 月人君のグッズも、お給料の範囲でちゃんと計画的に買う! ガチャだって、天井まで回すような馬鹿な真似は絶対にしない!」
涙と笑顔でぐしゃぐしゃになった顔で、ルチアナ様は固く誓った。
その姿は、憑き物が落ちたように清々しく、どこか神々しさすら取り戻しているように見えた。
「よーし! それじゃあ、ルチアナ様の借金完済と、大人の女神への更生を祝して……乾杯っ!」
「「「乾杯〜っ!!」」」
星空の下、私たちのデパートのテラス席に、楽しげなグラスの音が響き渡る。
新村長のキャルルさんも、ジークの隣をキープして甲斐甲斐しくお酒を注いでいるし、リリスちゃんはケーキを口いっぱいに頬張って幸せそうだ。
なんという、大団円だろうか。
ダメダメだった神様が、労働の尊さを知り、見事な更生を遂げた。
私の教育とホワイト企業の力が、一人の女神の人生(神生)を救ったのだ。
感動的なBGMが脳内に流れ、どこからともなく桜吹雪でも舞ってきそうな、完璧なハッピーエンドの空気。
そう。
ここで物語が終わっていれば、どれほど美しかったことだろう。
しかし、神々は――否、オタクの『ガチャの誘惑』というものは、そんな生ぬるい感動ストーリーなど、一瞬にして消し飛ばすほどの絶対的な魔力を持っているのである。
――その日の深夜。
宴会がお開きになり、全員が自室に戻ってベッドに入った頃。
暗い部屋の中で、ルチアナ様の『エンジェルすまーとふぉん』が、チカッと不吉な光を放った。
『お知らせ:【超緊急告知!】朝倉月人アプリゲームにて、水着イベント後半戦スタート! 今だけ限定SSR【濡れ髪の月人】実装! 出現率驚異の0.1%!!』
「……えっ」
ベッドの中でその通知を見たルチアナ様は、ビクンッ!と体を震わせた。
『限定SSR』。
『出現率0.1%』。
『今だけ』。
オタクの理性を根こそぎ破壊する、悪魔のキーワードの三連コンボ。
画面の中で、水着姿で濡れた髪をかき上げる推し(月人君)が、ルチアナ様に向かって妖艶に微笑みかけている。
「つ、月人君の水着……しかも、濡れ髪……っ」
ルチアナ様の手が、カタカタと小刻みに震え始めた。
頭の中では、数時間前にコトネと交わした誓い(「ガチャなんて絶対に回さない!」)が、虚しくリフレインしている。
いけない。回しちゃダメだ。せっかく借金を返し終わったのに。あんなに頑張ってウインナーを焼いたのに。
「……1回だけ」
静かな部屋に、呪いのような呟きが響いた。
「1回……10連だけなら、すぐに返せる額だし。……運が良ければ、呼符(単発)で出るかもしれないし……っ!」
ポチッ。
震える指先が、絶対に押してはいけない『10回ガチャを回す(有償石)』のボタンをタップしてしまった。
――そして翌朝。
私たちのデパート・コトネに、かつてないほどの無慈悲な結末が訪れることになるのである。
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