徹底的な節約生活と、もやし炒めの味。額に汗して働く駄女神は、労働の尊さに涙しました。
徹底的な節約生活と、もやし炒めの味。額に汗して働く駄女神は、労働の尊さに涙しました。
「そこの奥さん! 今日の夕飯のメイン、もうお決まりですか!? 決まってないなら、当店特製の『ハーブ漬け若鶏の唐揚げ』はいかがでしょう! 外はカリッと、中は肉汁ジュワ〜ッで、お子さんも大喜び間違いなしですよ!」
デパート・コトネの1階、食品フロア。
夕方の最も混み合う時間帯に、フロア中に響き渡るよく通る声があった。
エンジ色の芋ジャージにエプロン姿の駄女神――ルチアナ様だ。
「あ、それじゃあ二パックいただくわ」
「毎度あり! 今ならタイムセールで、こちらの特製ポテトサラダもお安くしておきますよ! 一緒にどうですか!?」
「あら、気が利くわね。それもお願いするわ」
「ありがとうございます! またお越しくださいませぇっ!」
ルチアナ様は、満面の営業スマイルで商品を袋に詰め、お客様を送り出した。
もはや、試食販売初日のような「死んだ魚の目」はどこにもない。彼女のオーラは完全に『デパ地下の凄腕パートリーダー』のそれに染まっていた。
「ルチアナ先輩、すごいです! さっき用意した唐揚げのロット、もう全部売り切れちゃいましたよ!」
「ふふんっ、当然よ! 世界神である私のカリスマ性とトークスキルにかかれば、お惣菜の完売なんて造作もないわ!」
後輩のリリスちゃんに尊敬の眼差しを向けられ、ルチアナ様がドヤ顔で胸を張る。
その顔には、労働による心地よい疲労と、確かな達成感が滲んでいた。
「……うん。見違えるほど立派になったわね」
私はバックヤードからその様子を眺め、深く頷いた。
丸めた新聞紙でのポカポカ説教から数週間。ルチアナ様は一度もサボることなく、毎日真面目にデパートでのアルバイトを続けていた。
「うひょひょひょ。ええ客寄せパンダ……いや、優秀な労働力に育ちよったな」
私の横で、ニャングルが算盤を弾きながら悪どい笑みを浮かべていた。
「コトネはん、今日の売上も絶好調や。それに加えて、ルチアナはんの『資産売却』も順調に進んどるで」
「資産売却って、天界の宝具の質入れですか?」
「せや。昨日も、彼女の私物やった『星屑のティアラ』と『女神の聖なるガウン』をドンガン地下帝国の闇市に流してきたわ。これで金貨五百枚や。ルチアナはんの借金も、これで残り一割まで減ったで」
ニャングルの言葉に、私は安堵の息を吐いた。
一国の国家予算レベルだった推し活の借金(百万)が、リボ払いの地獄に呑まれる前に、見事な勢いで完済のゴールを見据え始めたのだ。
* * *
「はぁ〜っ……今日も働いたぁ〜っ」
閉店後。
バックヤードのスタッフルームで、エプロンを外したルチアナ様が、パイプ椅子にドカッと腰を下ろして大きく伸びをした。
「お疲れ様です、ルチアナ様。本日の賄い(まかない)ができましたよ」
「あっ、コトネちゃん! 今日のご飯は何!? ステーキ!? それともお寿司!?」
目をキラキラさせるルチアナ様の前に、私はドンッ!と大盛りのお皿を置いた。
「本日は、『もやしと豚バラの特製スタミナ炒め』です。それと、炊きたてのサンライス(ご飯)と、お豆腐のお味噌汁になります」
「……えっ。も、もやし……?」
ルチアナ様が、皿の上を見てポカンと口を開けた。
高級食材ばかり食べてきた彼女にとって、一袋十円単位で買える『もやし』は、あまりに庶民的な食材に映ったのだろう。
「借金返済のラストスパートです。食費も徹底的に節約(切り詰め)しなきゃダメですよ」
「うぅ……ステーキ食べたかったよぉ……」
ルチアナ様は少し不満そうに口を尖らせながらも、割り箸を割って、もやし炒めを口へ運んだ。
「――――っ!?」
一口食べた瞬間、ルチアナ様の目がカッ!と見開かれた。
シャキシャキとしたもやしの小気味良い食感。そこに、豚バラ肉から溶け出した甘い脂と、特製の『ニンニク生姜醤油』の強烈なパンチが絶妙に絡み合っている。
安い食材だからこそ、味付けと火加減が命。強火で一気に炒め上げたことで、水っぽさは一切なく、香ばしい焦がし醤油の香りが食欲を爆発させるのだ。
「な、なにこれ……! シャキシャキしてて、お肉の旨味がもやしに全部染み込んでて……すっごく、ご飯が進む味だよぉっ!」
「ふふっ。労働の後の塩分とニンニクは、体に染みるでしょう?」
ルチアナ様は「うんっ! うんっ!」と激しく頷きながら、もやし炒めをワンバウンドさせた白米を、猛然と掻き込み始めた。
ハフッ、モグモグ、ゴクン。
世界神としての威厳も何もなく、ただ今日一日を懸命に生き抜いた一人の労働者として、彼女は目の前の食事に全力で向き合っていた。
「おい、社長」
そこへ、ジークがスタッフルームに入ってきた。手にはサケスキーのグラスを持っている。
「そのスタミナ炒め、すげぇ良い匂いだな。俺の分もあるか?」
「はい、もちろんです。お疲れ様です、ジークさん」
「おう。……なんだ、神様。ずいぶん美味そうに食うじゃねぇか」
ジークが隣の席に座り、もやし炒めをつついていると、ルチアナ様の手がふと止まった。
「……あのさ、コトネちゃん、ジーク君」
「はい?」
「私ね……今まで、天界で何不自由なく暮らしてて。欲しいものは魔法か、信者のお布施でなんでも手に入ったの」
ルチアナ様は、お箸を置き、じっと自分の手のひらを見つめた。
その手には、慣れないトングを握り続けたことによる、小さなマメができている。
「でも、借金作って、こうして毎日アルバイトして……最初は『なんで私がこんなこと』って、すごく嫌だった。惨めで、恥ずかしくて、逃げ出したかった」
「…………」
「だけどね。今日、おばあちゃんのお客さんが、『あなたのオススメしてくれたお惣菜、家族が美味しいって食べてくれたわ。ありがとうね』って、笑ってくれたの。……それが、なんだか、すごく嬉しくて」
ルチアナ様の瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。
「私、今、自分の足で立って、自分の力でお金を稼いで、借金を返してるんだ……。誰に頼るわけでもなく、私の力で……」
「ルチアナ様……」
「コトネちゃんが作ってくれた、この何十円のもやし炒め……私が今まで天界で食べてた、金貨百枚の神酒や高級フレンチよりも……ずっと、ずっと、美味しくて、あったかいよぉ……っ」
ポロポロと。
ルチアナ様の大きな瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、机の上にポタポタと染みを作った。
それは、ガチャ爆死した時の絶望の涙でも、私に新聞紙で叩かれた時の痛みの涙でもない。
額に汗して働き、労働の尊さと達成感を知った、人間らしい(神様だけど)清らかな成長の涙だった。
「……お前、いい顔するようになったじゃねぇか」
ジークが、グラスを傾けながら、フッと優しく微笑んだ。
「最初はただのワガママな駄女神だと思ってたが、お前も立派な、うちのデパートの『店員』だ。……よく頑張ったな」
「うぅ……ジークくぅん……コトネちゃぁん……っ! 私、もう二度と無駄遣いしない! 推しのグッズも、ちゃんと計画的に、自分のお給料の範囲で買う! 借金なんて、もう絶対にしないからぁぁっ!」
ルチアナ様は、声を上げて子供のように泣きじゃくった。
私はハンカチを取り出し、彼女の涙を優しく拭ってあげた。
「ええ。貴女はもう、立派な大人の女神様です。明日も一緒に、元気に働きましょうね」
「うんっ! 私、一生懸命働くよぉっ!」
スタッフルームは、なんとも言えない温かい感動の空気に包まれていた。
あんなに救いようのなかったオタクの駄女神が、ここまで心を入れ替え、労働の喜びを知り、成長してくれた。
前世の店長時代でも、ここまで見事に更生したアルバイトは見たことがない。私は自分の教育(新聞紙ポカポカ)が間違っていなかったことに、深い満足感を覚えていた。
――そう、完全に油断していたのだ。
オタクの『業』というものが。
ガチャの『誘惑』というものが。
人間の、いや神の理性をどれほど容易く吹き飛ばす、恐ろしい悪魔のシステムであるかということを。
感動の涙に包まれたこの数日後。
私たちのデパートは、かつてないほどの『無慈悲な結末』を迎えることになるのである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第7話、駄女神ルチアナ様の『感動の節約生活(更生)編』でした!
スーパーのパートリーダーのように覚醒したルチアナ様。
ニャングルの容赦ない質入れと自身の労働により、借金はみるみる減っていきます。
そして夜の賄い、『もやしと豚バラの特製スタミナ炒め』。安い食材でも、汗水流して働いた後のご飯は最高に美味しい。
「私、自分の力でお金を返してるんだ……」と、労働の尊さに気づき、涙を流すルチアナ様。
ジークも「よく頑張ったな」と認め、コトネもその成長を喜びます。
読者の皆様も、「おっ、ルチアナもついに更生したか」「良い話だなぁ」と、完全に油断していただけたでしょうか?(笑)
次回、第8話
ついに借金完済! クレジットカードの限度額が復活し、感動の卒業式……
しかし、その夜、彼女のスマホに『朝倉月人・超限定SSR実装! 出現率0.1%!』という悪魔の通知が届きます。
オタクの業とガチャの闇。コトネの完全なる『真顔』。そして、カスハラ部からの刺客。
爆笑必至の落差をお楽しみに!
【読者の皆様へのお願い】
「もやし炒め美味そう!」「ルチアナ成長したなぁ(フラグ)」「オタクはガチャに勝てないよ……」と思っていただけましたら、
ぜひ画面下部の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にタップして、更生した(はずの)ルチアナ様にエールをお願いいたします!
皆様の評価ポイントが、次回のガチャの排出率(作者のモチベーション)に直結します!
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