駄女神のスパルタ労働。プライドを完全に捨てた世界神、試食販売員として覚醒する。
駄女神のスパルタ労働。プライドを完全に捨てた世界神、試食販売員として覚醒する。
「……なんで。なんで、世界神であるこの私が、こんな下々の労働を……ブツブツ……」
デパート・コトネの1階、食品フロア。
夕方のタイムセールでごった返す客層の中、ひときわ異彩を放つコーナーがあった。
『特製あらびきソーセージ・試食コーナー』。
そこでホットプレートの前に立っているのは、エンジ色の芋ジャージにピンクのフリル付きエプロン、さらには頭に三角巾を被らされた駄女神――ルチアナ様だった。
本来なら、神々しいオーラで信者たちをひれ伏させる圧倒的な美貌の持ち主である。
しかし現在の彼女は、ホットプレートの上でジューッと音を立てるソーセージを、死んだ魚のような虚ろな目でトングで転がしているだけだった。
「だいたい、時給八百同粒(八百円)って安すぎない!? 私の神格公務員としてのプライドはどこへ行ったのよ……これじゃ推しのライブのチケット代稼ぐのに何時間ウインナー焼けばいいのよぉ……」
ペシッ!
「痛ぁっ!?」
虚空を見つめてブツブツと文句を垂れていたルチアナ様の頭に、鋭い一撃が振り下ろされた。
振り返ると、そこには丸めた『ルナミス新聞』を握りしめ、前世のブラック企業で培った完璧な『お局スマイル』を浮かべる私が立っていた。
「ル・チ・ア・ナ・様♡」
「ヒッ……コトネちゃん……」
「文句を言っている暇があったら、手を動かしてください。それから、声が全然出ていませんよ。試食販売の基本は、お客様の食欲を刺激する元気な掛け声と笑顔です。貴女、さっきからソーセージのお通夜みたいな顔してますよ」
私は新聞紙でポン、ポンと手のひらを叩きながら、容赦ないダメ出しを浴びせた。
「だ、だってぇ……恥ずかしいんだもん……。私、一応このアナステシア世界を作った創造神だよ? そんな私が『ウインナーいかがですか〜』なんて……信者に見られたら威厳が……」
「今更威厳も何もありませんよ。推し活のガチャで借金まみれになって、クレジットカードを止められた神様なんて、信者もドン引きです」
「うぐっ……正論のナイフが胸に刺さるぅっ……!」
ルチアナ様が胸を押さえて大仰に苦しむが、私は一切の同情を切り捨てた。
すると、横から「チャリーン♪」と軽快な音が響いた。
「ルチアナはん、甘えるのもええ加減にしぃや」
腕組みをしたニャングルが、猫耳をピクリと動かしながら冷たい視線を送ってきた。
「アンタの借金、金利(リボ払い)のせいで毎日少しずつ膨れ上がっとるんやで? 時給八百同粒でも、働かんことには永遠に漁船(タコ部屋)行きや。嫌なら今すぐシーラン国のマグローザ漁船の手配するけど、どないする?」
「ヒィィィッ! やだ、やだぁっ! 海の上は嫌ぁぁぁっ!」
「なら、腹括ってウインナー焼かんかい!」
ニャングルの恫喝に、ルチアナ様は半泣きでホットプレートに向き直った。
だが、それでもまだ「いらっしゃいませぇ……」という声は蚊の鳴くように小さく、全く覇気がない。
その時だった。
「ルチアナ先輩! 声が小さいですよっ!」
元気いっぱいの声とともに、隣のコーナーからピンクのエプロンを揺らしてやってきたのは、見習い女神のリリスちゃんだった。
彼女が持っている『特製コロッケ』の陳列トレイは、見事に空っぽになっている。
「あっ、リリス……」
「試食販売は、笑顔と活気が命です! コトネお姉ちゃんが一生懸命用意してくれたお肉なんだから、もっと美味しそうにお客様にアピールしないとダメですよ!」
「ぐっ……見習いの分際で、世界神の私に説教を……!」
ルチアナ様がギリッと歯を食いしばる。
リリスちゃんは悪気ゼロの純粋な笑顔で、さらに無自覚な追い討ち(煽り)をかけた。
「ちなみに私、今日のコロッケのノルマ、全部完売しちゃいました! えへへ〜! ルチアナ先輩は……あちゃー、まだこんなにソーセージ残ってるんですね。これじゃあ時給、上がらないですよ?」
ブチィッ。
ルチアナ様の中で、何かが切れる音がした。
(わ、私が……この私が、いつもお菓子ばっかり食べてるポンコツ後輩に見下されている……!?)
ルチアナ様の瞳に、ギラリと危険な光が宿った。
腐っても彼女は世界神である。そのプライドの高さと負けず嫌いは、天界でも一、二を争うほどなのだ。
「……上等じゃないの」
「えっ?」
「見習い女神のあんたに完売できて、世界神の私に完売できないわけがないでしょうがぁぁぁっ!!」
ルチアナ様は、トングをまるで聖剣のように高く掲げた。
その瞬間、彼女の頭上の光の輪がピカァァァァッ!と眩い光を放ち、周囲に隠しきれない『神のオーラ』が爆発的に広がった。
「そこの奥さん!! 今日の夕飯のおかず、決まりましたぁ!?」
ルチアナ様が、突然信じられないほど通る声でフロア中に呼びかけた。
その神々しい美貌と、無駄に荘厳なオーラに当てられ、買い物客の主婦たちや兵士たちが一斉に足を止める。
「神の恵み(※ただのデパ地下ソーセージです)が詰まったこの特製あらびきソーセージ! 一口噛めば、肉汁がナイアガラの滝のように溢れ出ますよ!!」
ジュゥゥゥゥゥッ!!
ルチアナ様は絶妙な手首のスナップでトングを操り、ホットプレートの上のソーセージを一斉にひっくり返した。
完璧な焼き色。香ばしい脂の匂いがフロアに拡散する。
「そこの筋肉ムキムキの獣人兵のお兄さん! 最近、訓練でタンパク質、足りてないんじゃない!? このソーセージでバッチリ補給して、明日の戦場(ポポロ村警備)で大活躍しちゃいなさいよ!!」
「お、おうっ! 姉ちゃん、俺に三パックくれ!」
「そちらの可愛らしいエルフの奥様! 育ち盛りのお子さんのお弁当に、このソーセージを入れたら絶対大喜び間違いなしですよ! 今ならタイムセールで二パック買ったら一パックおまけしちゃう!(※コトネの許可済み)」
「まぁ、本当? じゃあ五パックいただくわ!」
なんということだろうか。
先ほどまで「恥ずかしい」と泣き言を言っていた駄女神が、神の美貌とカリスマ性を全力で『スーパーのパートのおばちゃん』の接客に全振りしたのである。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 試食だけでも食べてって!! 美味しいと思ったら買っていってねぇぇぇっ!!」
その圧倒的な熱量と、神々しいオーラ(とジャージ姿のギャップ)に惹きつけられ、ルチアナ様の試食コーナーにはあっという間に長蛇の列が形成された。
「……す、すごい」
リリスちゃんが、ポカンと口を開けてその光景を見つめている。
「神の無駄遣いにもほどがあるけど……接客の才能は意外とあるみたいね」
私も、驚きを通り越して感心してしまっていた。ニャングルも「ほぉ……あれはええ客寄せパンダ(神)になるで」と算盤を弾きながらホクホク顔である。
結局、その日の特売ソーセージは、ルチアナ様の怒涛のセールストークにより、予定の三倍の早さで見事完売となったのである。
* * *
「ぜぇ……ぜぇ……っ、終わったぁ……っ」
閉店後のバックヤード。
ルチアナ様は、丸椅子にへたり込み、完全に燃え尽きた明日のジョーのように項垂れていた。
神のオーラは完全に消え失せ、残っているのはただの『労働でクタクタになったジャージの女性』である。
「ルチアナ様。お疲れ様でした」
私は、お盆に乗せた温かい紅茶と、白いお皿を彼女の前に置いた。
お皿に乗っているのは、デパートの厨房で私が特別に作った、苺がたっぷりと乗った『特製ショートケーキ』だった。
「これ……?」
「本日のノルマ達成の、ご褒美(賄い)です。よく頑張りましたね。貴女の接客のおかげで、今日の食品フロアの売上は過去最高でしたよ」
私がにっこりと微笑むと、ルチアナ様は信じられないものを見るように目を見開いた。
「わ、私が……褒められた……?」
「ええ。リリスちゃんに負けまいと奮闘する姿、とても立派でした。時給の計算はニャングルさんに任せてありますから、借金も確実に減っていますよ」
ルチアナ様は、震える手でフォークを握り、ショートケーキを一口すくって口へ運んだ。
「――――っ」
甘く、滑らかな純生クリーム。
フワフワのスポンジと、甘酸っぱい苺の絶妙なハーモニー。
それは、ただ美味しいだけではない。
「……あま、い……」
ボロボロと。
ルチアナ様の大きな瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「美味しい……っ。今まで天界で食べてたどんな高級なお菓子より、ずっと、ずっと美味しいよぉ……っ」
労働で極限まで疲労した体に染み渡る、至高の甘さ。
自分の足で立ち、汗水流して働き、お客様を笑顔にした対価として得るご飯。
それは、ガチャや推し活で浪費していた虚無感とは違う、確かな『充足感』だった。
「私……自分の力で、お金を稼いだんだ……っ」
「ええ。その通りです。それが、労働の尊さですよ」
私は、泣きながらケーキを頬張るルチアナ様の頭を、今度は新聞紙ではなく、素手で優しく撫でてあげた。
いつもはポンコツでワガママな駄女神だけれど、こうして素直に感動している姿を見ると、少しだけ可愛く思えてくる。
(ふふっ。この調子なら、借金完済も夢じゃないかもしれないわね)
私は、立派に更生の第一歩を踏み出したルチアナ様を見守りながら、温かい紅茶を一口飲んだ。
……そう。
この時の私は、まだ信じていたのだ。
彼女がこのまま心を入れ替え、立派な大人の女神として成長してくれることを。
だが、オタクの『業』というものがどれほど恐ろしく、根深いものなのか、私は数日後に思い知らされることになるのである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
第5話、ルチアナ様の『スパルタ試食販売アルバイト』編でした!
最初は「世界神の私がなぜ」と文句を言っていたルチアナ様ですが、後輩のリリスちゃんに煽られ、特大の負けず嫌いが発動!
神のオーラと美貌を完全に『スーパーのパートのおばちゃん』の接客に全振りし、見事ソーセージを完売させました(笑)。
そして労働の後の、コトネ店長からのご褒美のショートケーキ。
自分の力で稼いだ充足感と、ケーキの甘さに涙するルチアナ様。
感動的な更生への第一歩……のようにも見えますが、果たしてオタクの業(ガチャ依存)はそう簡単に治るのでしょうか……?
次回、第6話!(プロット補完回その3)
ポポロ村に『はぐれ飛竜』の群れが襲来!
新村長キャルルが自警団を率いて出撃し、雷神の如き回し蹴り(流星脚)で無双します!
しかし、撃ち漏らした一匹がデパートに迫り……そこに立ち塞がるのは、フランスパンを齧る最強の護衛・ジーク!
ラブコメ&バトルアクションの第6話をお楽しみに!
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