第三章 『新村長は恋する月兎! そして駄女神ルチアナ、ガチャ爆死からのマグローザ漁船(強制労働)行き。』
新村長はロールスロイスでやってきた。うちの護衛に一目惚れした兎は、祖父を蹴り飛ばして星に変えました。
季節は巡り、ポポロ山に積もっていた雪もすっかり解けた頃。
三カ国の緩衝地帯であり、今や世界一安全で美味しいと噂される『ポポロ村』は、今日ものどかな空気に包まれていた。
私が店長を務める地上三階建ての近代要塞――もとい、『デパート・コトネ』のテラス席で、私は春の新作スイーツの試作に取り掛かっていた。
――ブロロロロロロォォォォンッ!
突如、のどかな村の広場に、重低音のエンジン音が響き渡った。
土煙を上げてやってきたのは、黒光りする超高級魔導車。フロントグリルには燦然と輝く精霊のエンブレム。
どう見てもこの辺境の村には不釣り合いな、地球で言うところの『ロールスロイス』級の超高級車である。
「な、なんや!? またどこぞの国のVIPがうちのデパートに視察に来たんか?」
算盤の手入れをしていたニャングルが、ピンと猫耳を立てて立ち上がる。
やがて、広場の中央で魔導車が静かに停車した。
運転席から黒服の運転手が降りてきて、恭しく後部座席のドアを開ける。
そこから姿を現したのは――。
「え……?」
「あ、あいつは……!」
テラス席から広場を見ていた農民たちが、手に持っていた鍬やジョウロを取り落とした。
車から降りてきたのは、派手なアロハシャツを着た、立派な兎の耳を持つ初老の男。
ポポロ村の前村長、ロップ(七十歳)だった。
「ちょっ、あの村長! 村の資金を持ち逃げして、魔族の貴婦人と高飛びしたんじゃなかったの!?」
「何しに帰って来やがったんだ!」
農民たちが怒りの声を上げ、広場は一気に不穏な空気に包まれる。
ロップ前村長といえば、隣町のゲートボール大会で知り合った魔族の熟女と恋に落ち、村の公金をごっそり横領して駆け落ち(バックレラビリンス)を強行したという、村の歴史に残るクズ村長である。
しかし、ロップ前村長は農民たちの怒号を浴びても、全く悪びれる様子がなかった。
「高飛び? 知らんよ〜知らん。ワシはちょっと、豪遊……じゃなくて、視察を兼ねた温泉旅行に行ってきたんじゃ」
明後日の方向を見ながら、ピィ〜ヒョロロ〜と下手くそな口笛を吹いてごまかしている。
「あー、あれは完全に『女に騙された顔』やな」
テラス席から、ニャングルが呆れたようにキセルをふかした。
「資金だけ持ち逃げされて、ポイ捨てされたんやろ。魔族の結婚詐欺師の手口としてはよくある事やで。で、手元に残ったのはその見栄張ってリースした高級魔導車だけってオチや」
「だ、だまれっ! 薄汚い猫耳の商人が、知ったふうな口を叩きおって!」
図星を突かれたのか、ロップ前村長は顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。
「と、と言うわけじゃ! ワシはもう高齢ゆえ、村長は引退する! これからは、ポポロ村はワシの愛する孫娘が新村長を務める事になった! お前ら、ワシの年金と老後の贅沢の為に、たんまり働いて税金を納めるようにな!」
「どこまでも最悪なジジイですね……」
私はドン引きしながら呟いた。横領した挙句に孫に責任を押し付け、さらに年金までたかろうというのか。
ロップ前村長が魔導車の中に向かって「さぁ、出ておいで」と声をかけると。
後部座席から、一人の若い女性が降りてきた。
「は、初めまして。今日からこの村の村長を務めさせていただきます、キャルル・ムーンハートと言います。不束者ですが、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いいたします!」
深くお辞儀をしたのは、ロップ前村長と同じ兎耳を持つ、二十歳くらいの可愛らしい女の子だった。
長く美しい金色の髪に、ピンと立った白い兎耳。動きやすいラフな現代風のパーカーとショートパンツ姿だが、足元だけはなぜかタローマン(ホームセンター)で売られている『鋼鉄先芯入りの特注安全靴』をカッチリと履き込んでいる。
「初めまして。デパートの店長をしているコトネです」
私はテラス席から声をかけた。
キャルルさんはパッと顔を輝かせ、丁寧にお辞儀を返してくれた。
(……よかった。おじいちゃんがアレだから心配したけど、すごく素直でまともそうな子だわ)
私は心の中でホッと安堵の息を吐いた。ポポロ村の住人は変人(怪人教師やメンヘラ騎士など)が多いので、こういう常識のありそうな若い女の子がトップに立ってくれるなら大歓迎だ。
そう。この時の私は、完全に油断していたのだ。
兎耳族の最上位種である『月兎族』の彼女が、実は元・レオンハート獣人王国の姫であり、近衛騎士隊長候補というゴリゴリの武闘派であることなど、知る由もなかった。
「……ふわぁ。なんだ、朝っぱらから広場が騒がしいな」
その時。デパートの入り口から、大きく欠伸をしながら一人の男が現れた。
うちのデパートが誇る(?)最強のB型護衛、ジークである。
彼は寝癖のついた頭をボリボリと掻きながら、片手には今朝焼き上がったばかりの『カッチカチのフランスパン』を持っていた。
「ん? 誰だお前。新入りか? よろしくな。俺はジークって言うんだ」
ジークはキャルルさんを一瞥すると、挨拶もそこそこに、手に持ったフランスパンを無造作に口へ運んだ。
バキィッ!
常人なら歯が折れそうな硬さのフランスパンを、彼は顎の力だけで強引に噛み砕き、ムシャムシャと咀嚼し始めた。しかも、無意識のうちに漏れ出している『黄金の闘気』がパンをコーティングしているため、その咀嚼音はもはや岩石を粉砕しているかのような重低音を響かせている。
「硬ぇなこれ。だが、噛みごたえがあって美味い」
三白眼をわずかに細め、パンを咀嚼し続ける最強の男。
その光景を見た瞬間だった。
新村長のキャルルさんの動きが、ピタリと止まった。
「はうっ……!」
キャルルさんの兎耳が、ピンッ!と限界まで天を突き刺す。
(な、なんという……なんという圧倒的で、それでいて静かな闘気……! それに、あんな鈍器にもなりそうなカッチカチのフランスパンを、素の顎の力だけで噛み砕く、あのワイルドさ……!)
キャルルさんの瞳孔が開き、その視線は完全にジークの咀嚼する顎のラインと、厚い胸板に釘付けになっていた。
(この村……こんな素敵な殿方がいるなんて……! あぁん、もうダメ、かっこよすぎる……っ♡)
ボフゥッ!!
キャルルさんの顔が一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まり、頭頂部からプシューッと蒸気が噴き出した。完全に一目惚れ(しかもかなり重度の)の瞬間である。
「おーい、キャルル? 何を顔を赤くしてボーッとしとるんじゃ」
空気を読まないロップ前村長が、横から口を挟んだ。
「お前は村長として、ワシの年金のためにこの村のデパートからしっかり税金を搾り取るんじゃぞ! さぁ、まずは手始めにあの生意気な店長に、村の施設利用料を――」
「おじいちゃんは、黙ってて!(満面の笑み)」
――ヒュゴォォォォォォォンッ!!
次の瞬間、広場の大気が爆発的に鳴動した。
キャルルさんが、にっこりと微笑んだまま、タローマン特注の安全靴を履いた右足を、目にも留まらぬ速度で振り抜いたのだ。
兎耳族特有の異常なバネと、一切の淀みがない完璧な回し蹴り。月影流・鐘打ち。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
「ピィ〜ヒョロロロロロォォォォォ…………!!」
特注安全靴の先端が見事に顎を捉えられたロップ前村長は、口笛のような間抜けな悲鳴を上げながら、文字通り『ロケット』のように空高く打ち上げられた。
彼はそのままポポロ山の遥か上空へと飛んでいき――キラーンッ☆と、昼間の空に一筋の輝く星となって消えていった。
「…………え?」
「おわっ。すげぇ飛び蹴りだな。良い脚してんじゃねぇか」
「あぁんっ♡ ジークさんに脚を褒められちゃいましたぁっ♡」
祖父を物理的に星に変えたキャルルさんは、ジークの言葉に顔を覆ってモジモジと身悶えしている。
私は、手に持っていた新作スイーツの試作品をポトリと落とし、遥か空の彼方を見上げた。
「……前言撤回」
私は、乾いた笑いを浮かべながら、遠い目で呟いた。
「やっぱり、この子も全然まともじゃなかったわ」
こうして、村の資金を持ち逃げしたクズ前村長は文字通り村から『追放』され、ジークに重度の一目惚れ(ヤンデレ気質)をした最強の月兎族が、ポポロ村の新村長として就任したのである。
平和を取り戻したはずの『デパート・コトネ』の日常は、またしてもドタバタの嵐に巻き込まれようとしていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
いよいよ第3章のスタートです!
第1話、新村長のキャルル(20歳の月兎族)がロールスロイスで登場!
常識人かと思いきや、闘気を纏ってフランスパンを齧るジークのワイルドさに一瞬で一目惚れ♡
空気の読めないクズ祖父(ロップ前村長)を、笑顔のまま流星脚(回し蹴り)で星に変えてしまいました!
コトネの「前言撤回、やっぱりまともじゃなかった」というツッコミが冴え渡る、ドタバタの新章開幕です!
次回、さらに平和な日常をぶち壊す『天界からの厄介な来訪者』がデパートに降臨!
「チートスキルあげたよね? 金貸してええ!」
借金地獄に陥った駄女神ルチアナに対し、コトネが取った容赦ない行動とは!?
第2話をお楽しみに!
【読者の皆様へのお願い】
「おじいちゃん星になったww」「ジークのパンの食い方ワイルドすぎ!」「キャルル可愛いけどヤバい子だ!」と思っていただけましたら、
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