「追放されてよかった」……そう心から思える、私だけの最高の居場所。
「追放されてよかった」……そう心から思える、私だけの最高の居場所。
猛吹雪の停電から始まり、雪男の襲撃、大間産・冷凍本マグロでの爆破、そして極上バーベキューという、文字通り『怒涛』だった慰安旅行を終え。
私たち『デパート・コトネ』の一行は、無事にポポロ村の日常へと帰還した。
「いらっしゃいませーっ! 本日の日替わり弁当は『特製カツサンド』と『具沢山ミネストローネ』のセットだよーっ!」
1階の食品フロアで、見習い女神のリリスちゃんが元気な声を響かせている。
無銭飲食の借金返済から始まった住み込みバイトだったが、彼女のその屈託のない笑顔と「美味しそうに食べる姿」は、各国のゴツい兵士たちや村のおじいちゃんたちの心を完全に鷲掴みにしていた。今や立派なデパートの『看板娘』である。
「うひょひょひょ! コトネはん、スアイはんのスキー場からの追加発注や! 『熱々おでんセット』が飛ぶように売れとるらしいで! それから、ドンガン地下帝国に流したキング雪男の牙も、とんでもない額で売れたわ!」
ニャングルが、目にお札のマークを浮かべながら算盤を弾きまくっている。
彼が経理(と裏の交渉)を完璧にこなしてくれるおかげで、私は純粋にお客様への『おもてなし』と新商品の開発に集中することができているのだ。
「……ふわぁ。平和だな」
そして、3階のテラス席で陽薬茶を飲みながら大きく欠伸をしているのは、うちの最強護衛・ジーク。
雪山であれほど規格外の無双(物理ギャグ)を見せつけた男とは到底思えないほどの、気の抜けた姿である。
だが、彼がそこにいてくれるだけで、このデパートにはどんな無法者も手出しできないという『絶対的な安全』が保証されているのだ。
「よしっ、午後も頑張りましょう!」
私は気合を入れ直し、厨房へと向かった。
慰安旅行でしっかりとリフレッシュできたおかげで、仕事へのモチベーションも最高潮だった。
* * *
その日の夜。
営業が終了し、リリスちゃんたち従業員もそれぞれの部屋へ引き上げた後の、静かな3階のカウンター。
私は一人、ランプの優しい光の下で、今日の売上計算と明日の仕入れの確認作業をしていた。
カリカリとペンを走らせながら、ふと、窓の外に広がる星空を見上げる。
前世の社畜時代。パティシエとして、そして雇われ店長として、夜更けまで残業をするのは日常茶飯事だった。
でも、あの頃の残業は、ただ心をすり減らし、体を疲労させるだけの『苦痛』でしかなかった。いくら頑張っても上司からは理不尽に怒鳴られ、お客様の顔も見えない閉鎖空間で、ただ機械のようにケーキを焼き続ける日々。
そしてこの世界に転生してからも、クソみたいな第一王子(元婚約者)から「地味で無能」と罵られ、私の努力はすべて否定されてきた。
(……でも、今は違う)
疲労感はある。だが、それは心地よい充実感に包まれた『前向きな疲れ』だ。
自分が作ったもので、目の前のお客様が笑顔になってくれる。
私の頑張りを、正面から認めてくれる仲間がいる。
ここは、誰かに押し付けられた場所ではなく、私が自分の足で立って、自分の力で作り上げた『私だけの城』なのだ。
「……何、一人で黄昏てんだ?」
ふと、背後から低い声がかけられた。
振り返ると、そこには私服の長袖シャツを羽織ったジークが立っていた。
彼の手には、湯気を立てる二つのマグカップが握られている。
「ジークさん。起きてたんですか?」
「目が覚めただけだ。ほらよ」
コトッ、と。
私の目の前に、マグカップが置かれた。
中に入っていたのは、甘い香りを漂わせるホットココアだった。
「これ……ジークさんが淹れてくれたんですか?」
「お前が作ったやつほど美味くはねぇよ。タローソン(コンビニ)で売ってた、お湯で溶かすだけのやつだ。……お前、飯の匂い嗅ぎ続けてると、甘いものが飲みたくなるって言ってたからな」
私は、ポカンとジークの顔を見つめてしまった。
そんな何気ない一言を、彼はちゃんと覚えていてくれたのだ。
いつもは面倒くさがりで、デリカシーがないように見えて、こういう時の気遣いが本当にずるい。
「……ありがとうございます。いただきますね」
両手でマグカップを包み込むように持ち、ゆっくりと一口飲む。
インスタントのココアのはずなのに、全身の疲れがじんわりと溶けていくような、極上の甘さと温かさだった。
「美味しいです。すごく、ホッとします」
「そりゃ良かった」
ジークは私の隣の丸椅子にドカッと腰を下ろすと、自分もマグカップを傾けた。
静かな店内。遠くで虫の音がかすかに聞こえるだけの、二人きりの空間。
「なぁ、社長」
「はい」
「あんまり、根詰めすぎるなよ」
ジークが、マグカップから視線を外さずに、ぽつりと言った。
「お前は、いっつも他人の世話ばっかり焼いてる。リリスのことも、ニャングルのことも、俺のこともな。……慰安旅行の時だって、停電になったら真っ先に俺たちをもてなそうとして動いてただろ」
「それは……私が店長ですし、みんなに笑顔でいてほしいからです」
「わかってる。それがお前の良いところだ。だけどな」
ジークが、ゆっくりと私の方を向いた。
その三白眼には、雪山の夜に見た時と同じ、真っ直ぐで不器用な優しさが宿っていた。
「無理すんな。お前が倒れたら、俺の美味い飯が食えなくなるからな」
少しだけぶっきらぼうな、照れ隠しのようなその言葉。
でも、それがジークなりの最大の『気遣い』だということが、私には痛いほどよくわかった。
私の代わりなんていくらでもいると言われた前世。
私など不要だと言い放たれた今世。
でも、目の前にいるこの圧倒的な強者は、「お前がいなきゃダメだ」と、はっきりと言葉にしてくれているのだ。
「……ふふっ。そうですね」
私は、こぼれそうになる涙をグッと堪えて、とびきりの笑顔を彼に向けた。
「ジークさんのためにも、絶対に倒れるわけにはいきませんね。明日も、最高に美味しいご飯を作りますから」
「ああ、期待してる」
ジークの大きな手が、また私の頭にポンッと軽く置かれた。
雪山の時よりも、少しだけ長く、優しく撫でてくれる。
その温もりが、私の心の一番奥にある、固く冷たくなっていた部分を完全に溶かしてくれた。
あぁ、本当に。
クソみたいな王子に婚約破棄されて。
こんな何もない辺境の村に追放されて。
――本当に、よかった。
そう心から思える。
今、私は最高に幸せだ。
誰にも縛られない自由と、自分の足で立つ強さと。
そして何より、どんな時でも私を守って、肯定してくれる、こんなにも温かい『居場所』があるのだから。
「さぁ、そろそろ寝るぞ。明日の朝飯は、和食がいいな」
「もう、さっきお夜食のココア飲んだばっかりじゃないですか。でも……わかりました。とびきり美味しい鮭の塩焼き、用意しておきますね」
「最高だ」
私たちは微笑み合いながら、カウンターの明かりを落とした。
明日もきっと、ドタバタで、少しシュールで、最高に美味しい一日が待っている。
私と、私の大切な仲間たちが紡ぐ『デパート・コトネ』の営業は、これからもずっとずっと続いていく。
ここは、私が見つけた、私だけの最高の居場所なのだから。
(第2章 完)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて第2章、堂々の完結です!
慰安旅行から日常への帰還。
夜の静かなデパートで、一人残業するコトネの元へ、ジークが不器用に淹れたインスタントのココアを持ってきてくれました。
「無理すんな。お前が倒れたら、俺の美味い飯が食えなくなるからな」
この甘すぎないけれど、絶対的な「安心感」と「お前が必要だ」という肯定の言葉。
過去のブラックな環境や追放劇があったからこそ、コトネが心から「追放されてよかった」と思える、最高の居場所(ホワイト企業)の温かさを描きました。
現実でストレスを抱える皆様にも、コトネの強さと、ジークのこの不器用な優しさ(と頭ポンポン!)が、明日を頑張るための小さな活力になれば、作者としてこれほど嬉しいことはありません。
【読者の皆様へのお願い】
「ココア淹れてくれるジーク最高!」「こんな居場所(職場)が欲しい!」「第2章もめちゃくちゃ面白かった!」と思っていただけましたら、
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皆様の星と【ブックマーク】が、第3章の執筆へ向けての最大の原動力となります!
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
引き続き、『デパート・コトネ』の大繁盛にご期待ください!




