9.ランツ・クネヒト・ループレヒト
人生で初めての気絶を体験した。
安心して気が抜けたわけでも、ゴブに負わされたダメージが深刻だったわけでもない。
ぶん殴られたのだ。ドカンと手痛く。『自称最強』に。
ランツ・クネヒト・ループレヒトに。
「初めましてのご挨拶は、ぶちのめすって決めてんだ」
衝撃で視界は暗転し、目が覚めたらアオさんの膝枕。
外なのだろう、お空は快晴。
「おはよ。何か言いたげな顔だね」
前髪を撫でられる。
「どこにあの人を好きになれる要素が……?」
マジのやべえやつだったじゃん。
「かっこよかっただろ?」
「……とびきりに。でもそれ以上に怖いですよ」
真っ赤な髪をなびかせた、長身の麗人。
日本人ではないのだろう、くきりとした目鼻立ちが、小さなお顔に奇跡的なバランスで配置されている。
澄まし顔でいてくれたなら、万人を虜にできるだろう美しさ。なのに全部を台無しにするギラついた笑みと、男顔負けの荒々しさが際立つ。
窮地に駆けつけ、助けてくれた瞬間は正直ときめきましたとも。
とはいえ『挨拶』はあまりにも常識の外側だ。
かっこよさよりも恐怖心が勝る。
「今もめっちゃ見つめてきて怖いです……」
アオさんの体調や、なぜか治っている僕の指など、気になることは盛りだくさん。
そんなことより、こちらをガン見してくるランツさんが恐ろしくて仕方がないのです。
八重歯を剥き出しに、まるで獲物を見定めた猛獣じゃないか。
「アタシの高祖父は、満州をルーツとする中国人と、日本人の間に生まれた混血児だ」
「は、はい?」
急に語り出すものだから、あわてて体を起こし正対する。
「高祖母は英国の令嬢で、曽祖母にあたる一人娘はケニアのマサイ族と駆け落ちした。祖母はドイツの諜報員に誑かされ、母はアイスランドの漁師と今もタラを捕っている」
んー?? 頭ん中パニック!
「つまりアタシはアタシであり、それ以外の何者でもないってことだ。『社長』だなんて呼んでくれるなよ。アタシこそがランツ・クネヒト・ループレヒトだ!」
どんと胸を叩いて、誇らしげに。
「社長ということは……」
「うん、ランツが我が社の代表。そしてようこそひなた君。『チリメン・モンスターズ』へ」
ランツさんに胸ぐらを掴み挙げられ、足が地面から離れた。
「うお!?」
「そしてようこそ! 異界前線『神戸』へ!」
おそらくここはビルの屋上。
柵の向こう、驚天動地の風景に目をみはる。
六甲山から瀬戸内海に伸びる色とりどりの港町。
ビルに観覧車、真っ赤なタワーに遊覧船。
人類が失って久しい、思い出の街。懐かしき景色がパノラマに広がる。
一目でここが神戸とわかるのに、『理外』が空を飛んでいた。
──ドラゴンだ。
なんと神戸の上空にドラゴンだ。
「ひゃーーー」
太陽が三つある。月に関しては七つある。
うちの一個は、月面が怒れる人の顔に見えた。
この世界では地球平面説が有力だ。
海が瀑布となって絶壁からこぼれ落ち、その先には宇宙のような闇色が果てまで広がっている。
雲よりも背丈の高い巨人が、山上であぐらをかき。
空には明らか魔王の居城っぽい建造物が浮かんでいた。
海岸では鎧武者の侍たちが、オーク軍と合戦を繰り広げ。
一方でガンダムちっくな巨大ロボットが、ゴジラな怪獣とバトってもいた。
カオスだ。
幼子の夢の方がまだ整合性がとれている。
馬鹿げた妄想空想を、たった一枚のカンバスにぶちまけたみたく蛮行だ。
眼前を表現する語句を僕は持ち合わせていない。
ひゃーーーである。
「新入社員、お前に我が社の経営理念を伝える」
ランツさんは僕を手放し、大きくグッと伸びをした。それはまるで、戦うための準備体操に思えて──。
「あいつら全員ぶちのめし、異界からの闖入者を神戸に押しとどめる」
ゴブリンを。オーガを。ドラゴンを。全てのモンスターを神戸にとどめ、現実世界へ渡らせない。
「つまーり! 世界を守るっちゅうこった」
跳躍。
否だ、彼女の躍動はもはや発射だ。
衝撃と轟音を残し、姿がボヤけた。
後方噴煙が立ち込めると同刻、ドラゴンの首が捩じ切れ、血飛沫を上げながら墜落していった。
「え……?」
「見届けるがいい。あれがボクたちの、世界の誇る最強の姿だ」
巨人の半身が爆散した。魔王の根城が墜落した。合戦が瓦解し、大怪獣バトルが大破した。
人面月が雄叫びを上げながら、目からビーム。
目からビーム!?
天穿つ熱戦を全て空身で受け止め、アスファルトが溶解した果てのクレーター。その中央でランツさんは嗤っていた。
自称が剥がれ、最強を見た。
ちょっと好きになった。




