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8.通りすがりの最強

『自分ルール』とかいう不思議パワー。その説明を受け、僕は狩人のノウハウを学んでいく。

 

 未来の予想図は、いとも簡単に噛みちぎられた。


 チュートリアルは終わらない。死したはずのホブゴブリンが、突如蠢き始めたのだ。

「あ、ありえない。第二進化だと!?」


 死体がのそりと立ち上がり、首の断面から手が生え伸びた。


 (さなぎ)から成虫へ孵化するように、肉を引きちぎり、ミシミシと音を立て。


 ──ソレは顕現した。


「確かに一度進化したモンスターであっても、例外なく進化する可能性はあるよ。あるけれど。初陣でソレを引くって、どんな確率だよ!」


 ソレは異形だった。ホブゴブリンなどただの小鬼にすぎないとわからされる。

 

 ──鬼、そう鬼なのだ。


 ツノや金棒といったステレオタイプな特徴はなにもない。なのに『鬼』としか形容できない怖気があった。


 隆々の筋骨、青紫の血管が威圧的に脈打ち、憎しみをたたえる相貌は邪鬼そのもの。


 数メートルを優に越す体躯と、湯気さえ立つ血の圧。


 何よりの絶望は──。


「ひなた君、ごめんね。アレはボクよりも強い」


 たった一言だけを残し、アオさんの姿がかき消えたこと。


 風圧が僕を吹き飛ばす。

 衝撃と爆音。見ると木々に打ち付けられ、ガックリと首を落とすアオさんがいた。


 動作を目で捉えることができなかった。

 鬼に殴り飛ばされたのだと、状況が結論づけているのに、現実を受け入れられない。


「はぁ?」


 何負けてんだよ。あんな格好つけておいて。

 アオさんがやられたということは必然──。

 次は僕の番ってことじゃないか。


「ガァァァ」


 瞼を閉じて、現実から必死に目を逸らす。ここで殺されるのだと、耐え難い恐怖に心がわななく。


 腰を抜かして、涙をこぼして。


 なのに死は一向にやってこない。恐る恐る目を開くと、オーガは僕を無視し、うずくまるアオさんへ近付こうと。


 なぜ僕を殺さない? なぜ悪意に反応するはずの身体は震えたまま?


 わかりきっている。オーガにとって、僕なんか殺すにも値しない羽虫で。

 優先順位は気絶してなおアオさんの方が上なのだ。


「い、今なら逃げられる?」


 暗い考えが鎌首をもたげる。


 逃げ出してしまえばいい。

 そしたらアオさんとの約束も反故にできるし、狩人なんかにならなくて済む。


 アオさんが死ねば、異世界についての知識を僕が持っているという情報は誰にも伝わらないのだから。


 今日という日を忘れ、元通りの生活に戻ってしまえばいい。崩れ去った平穏を今なら取り戻せる。


「くそ……」


 分かっているのになぁ。

 僕ってほんと、間抜けだよなぁ。


 とほほ……。なにしてんだか。


「とまれ!」


 腰は抜けている。

 立ち上がる気力も、勇気もない。

 側から見れば、ひどく無様に映る光景だろう、僕は這いつくばって鬼の足を掴んでいた。


「ガァ?」

「アオさん、逃げて!!」


 きっとこんな抵抗、鬼の数秒を奪うこともできやしない。でも、けれど、それでもなお──。


 助けてってお願いしたのは僕だ。

 愛してってお願いされたのも僕だ。


「僕はもう、あなたから目をそらせない」


 つくづく間抜けな話だ。


『自己嫌悪』に対しても、反抗したくなってしまうだなんて。


「ひなた君は狩人に向いている」

 目を覚まして開口一番に言う、『殺しに向いている』と。


「つまりは頭がおかしいってことだ。でも、頭がおかしいことと、良い奴ってことは矛盾しない。ボクは好きだよ、良い奴」


 口から血をこぼしながら、アオさんは微笑んだ。しかもこんな絶望的な状況で、勝ち誇ったように強かに──。


「格好つけたかったのになぁ。いいところ見せたかったのになぁ。残念だ。きっと君も、あの人のことを好きになってしまう」


 それは死に体のアオさんが仕掛ける、最後の抵抗──。


「ヒロインの登場だ」


 ピンチになったら、正義のヒーローが助けてくれる。アニメや戦隊モノだけのお約束。現実的でない。そう思っていたのに──。


「ランツ、助けて!」 


 アオさんが叫ぶ。

 瞬間、音が消えた。

 世界が弾けた。


 ガラスを砕いたようにバリバリと宙に亀裂が走る。まるで別世界につながるワームホールのご開通。


 そこから真っ赤な髪色をなびかせた、長身の女性が飛び出してきた。


 女性は拳を一振り。


 ぼん!


 風船が破裂するみたくたやすく、鬼は爆散した。


「はぁ!?!?」


 アオさんを一撃でのした怪物を、跡形もなく──。


「アタシの名はランツ・クネヒト・ループレヒト」


 血色の雨が降り注ぐ。臓腑がべちゃりと彼女の頬に触れた。


「通りすがりの『最強』だ」

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