7.自分ルール
「やつらは基本群れで行動する。ゴキブリみたいなもんさ。一匹いれば数十匹単位の巣が必ずあって。ほーら、言った側から──」
「げっ!?」
大きな石を裏返す、そこにはけったいな虫が幾重にも折りかさなっていて。そんな感じの嫌悪感。
多数のゴブリンたちが、野干を貪り食っていたのだ。口元を真っ赤に汚して、命を台無しにして。悪意が今──。
「おーい、こっちだよー」
「アオさん!?」
諸手を挙げて襲い掛かってきた。
「チュートリアルみたいなもんさ。がんば〜」
驚きが鳴り止まない。
だが、性質に準備や覚悟のいとまは必要ない。
バトルスタート!
鋭い爪が向けられた。払いのけて顎を打つ。
粗雑な石斧を振るわれた。両手で奪いとって頭をカチ割る。
以上ニ体、僕は無意識下による反撃で愚を示した。
「え、え!?」
いや、反撃と呼べるほど意図的なものでない。
これらはただの反射だから。
「ほう! 君の矛は向けられた悪意に応じて、その背丈を変えるのか。いよいよ怪物じみてきたね」
そして反射であるからこそ。
「えぇ!?」
自意識よりも少しだけ早い。
恐怖や喫驚を置き去りに。
間をないがしろに。
間抜け者は、ゴブリン達を圧倒していた。
しがみついてきたから目をつぶす。殴りかかってきたから石斧で腕を折る。
ゴブリンは確かに凶悪で怪物だが、背丈は低く、膂力も僕とさして変わらない。ヤンキーの方がまだ強かった。
反射に意識が介入していないからこそ、攻撃にためらいはなく。奴らよりも一手早く、向けられた悪意を打つ。
「特段戦闘に親しいわけでも、武の心得があるわけでもない。優れているのはただ一点──」
思考というおよそ全ての行動に寄与する『間』。
それを省いた──。
「最速の一撃」
押し倒して脊椎を踏み砕く。斧で死にくれにトドメをさし、続け様に別個体の胸骨を潰す。一対多にはさせてやらない。数の利など許さない。そんな猶予は残さない。サシの連続。
神経と心臓が繋がって、するとだんだん体が暖かくなって。
今ならなんでもできるなぁって気がしてくると──。
「あっは!」
一人でに笑いだす。
万能感。愉快。痛快。
ほんと、我ながら気持ちの悪いやつだと思う。
「はぁ、はぁ」
気づいた頃には血溜まりが広がっていた。
手元の斧は砕けていた。ゴブリン達も同様だ。
「にしてもグロい……」
自分でやったくせに。他人事のように。
今更になって、掌に残る嫌な感触を気持ち悪く思う。腑抜けた内心と、現実とのギャップに酔って、吐き気を催す。
「はっ! いいモン見れた! 反応速度だけ見れば、あの人に比肩しうるのかもね!」
一方アオさんはご満悦。
褒められても心は湧かない。
何せこれらは無意識下のしでかしだ。
殺戮に僕の意思決定はない。
ドーパミンで頭ん中は愉快だが、つまりは面白い映画、みれちゃった! てきな感慨だ。
まぁ、ほんのちょっぴり。
「はは……」
嬉し恥ずかし。
過去、一度たりとも僕の間抜けを受け入れてくれた人はいなかった。
両親、祖父母、友兄妹ふくめ、たいへん僕を愛してくれました。
だとも間抜けを許容することはなかった。
僕がやらかすたびに、ドン引きしたり、怒鳴りつけたり、嘲笑したり。……悲しそうな、諦めたような顔をしたり。
なのに、どうして。
家族でも、友達でもない、今朝知り合ったばかりのあなたが。あなただけが。
なぜこの間抜けを喜ぶのか。
それがどうにも不思議で。おかしくて。ようするに──。
気が抜けていた。
「ただまぁ、初心者だし。必然、こうなるよね」
「グルガァ!」
後頭部を殴打されたのだ。
背後からの鋭い一撃。
脳が揺れて、膝から崩れ落ちる。
足に力が入らない。熱を伴った痛みが遅れてきた。
痛い、痛い、ズキズキと。
「いったぁぁ!」
気取れなかった。油断していた。
間抜けは、悪意を向けられたと認識しなければ発動しない。つまり意識外からの攻撃に弱い──。
ゴブリンに頭を掴み上げられる。
他のチビに比べて、そいつの図体はやけに高く、力も恐ろしいほどに強かった。一目で異質であるとわかった。
「あーあ」
僕より上背があって、相貌は凶悪に歪んで、吐く息が臭い。
さっきまでこんな奴はいなかった。お前は誰だ?
「狩人はね、敵を倒しても油断しないの。狩人はね、誰であっても知っているから」
大きなゴブリンは、僕の指先をゴリゴリと噛み砕いた。抵抗できなかった。思考がにぶく、身動きも取れない、なのに痛みってやつは律儀に働くらしい。
「いったい!!」
痛い。熱い。痛い。熱い。痛い。
──死ぬ。
実感が波のように押し寄せてくる。
恐怖で下部が滲んだ。
いやだいやだと駄々をこねても、状況は好転しない。
完膚なきまでの敗北だ。
「異世界のモンスターは、死後ときおり進化することがある。割合は千分の一程度の低確率だけれど、進化後は元の百倍強くなる。だから狩人はみんな臆病なの。ひなた君、しょっぱな進化を引き当てるだなんて運いいね。ソレは『ホブゴブリン』だよ」
青染アオ。
なぜ悠長に解説をしている。
そんなのどうでもいい。どうだっていい。
今あんたがすべきなのは先輩面じゃない。
断じて。
「うるさい! 黙って助けろ!!」
「もちろん! 見ててね、ボクのこと」
懐から取り出されたのは一振りの──。
定規。
ものさし??
竹製の。三十センチ定規。
──なぜ?
「ボクは一度もまともな学校に通ったことがない。ずっと異世界で戦ってきた。だからかな、道具の使い方が君たち普通とは少し違う」
アオさんは。狩人は。
僕たち常人と『ルール』が違う。
「『自分ルール』発動」
発言と共に、竹尺が淡く発光したのを見た。
そこで悟る。あの定規は武器なのだと。
「『武防具』」
一閃。青の光がホブゴブリンの首筋を薙いだ。
ドサっと、死戦が転がり落ちていった。




