3.異世界転移神戸
ゴブリンを殺したあとだ。何を気にすることがあろうか。
僕は現在、えも言えぬ罪悪感に揺れていた。
爆走である。原チャリで。美少女と二人乗りで。
法定速度ぶっちぎり。フルマックス時速60キロ!
警察に捕まり、学校にバレてしまったらどうしよう。いやはやもはや、学校にはもう行けないのだった。
『これよりキミの生得権はボクのもの』
くそぅ、どうしてあの線を超えてしまったのか、この大バカ者。後悔が頭上であぐらをかいて離れない。
絶対に絶対に、あんな簡単に軽はずみに!
決めていい選択でないのに。頭ではわかっているのに!!
……ん?
なんだか、深緑のいい香りが前からなびいてきました。アオさんの髪の匂いだ。
「訂正。最高だわ」
これほどの美少女だ。僕の生涯なんていくらでも差し出すに値する。
そう思い込むことで無念を飲み干す。
僕は基本ハッピー野郎なのだ。
原チャリを運転しているということは、アオさんは最低でも16歳以上ということになる。(法律をしっかりと守っていればの話だが。とても守っているようには思えない!)
機種はベスパというもので、機能性よりも見た目に重きをおいたような、洒落たデザインの車体だった。
「ここがボクの寝床。降りぃ」
案内されたそこは、何の変哲もない一軒家だった。
オンボロの平屋で、表札なども無いためぱっと見は空き家にしか見えない。玄関を潜るとこれまた家財や家具家電など見当たらず、本当に寝床にしているだけなのかも知れない。
(ふ、不法侵入の可能性……)
和室へ通され、畳の上に机と茶が出された。もちろん例の四次元巾着ぶくろからだ。
興味深く眺めていると、ようやくアオさんが口を開いた。
「気になる? これはゴブリンと同じく異界由来のもの、『アイテムポーチ』だよ。無機物有機物問わず、生きた生物でないのなら、何でも貯蔵することができる魔法の便利アイテムさ」
ダメだ、僕の処理能力がキャパオーバーしてしまった。この人は何を言っているのだ?
「異界??」
「君、日常が死んだとボクに言ってくれたよね? 抜かすよね〜。そんなこと、全人類、とうの昔に思い知らされているはずなのに。たとえば五年前のことは覚えているかな?」
五年前。西暦2,040年。
それは日本人にとっても、世界にとっても忘れ得ぬ災害のメモリアルだ。
今から話すのは、一切の比喩暗喩が含まれぬ、歴然の事実である。
何の前触れも。何の予兆もなく。世界中の人々が、突如としてフッと姿を隠した。
人間だけでは無い。土地ごとまるっと一飲みに。
バルセロナが消え、北京が消え、ロサンゼルスが消え。世界中の大都市が軒並み消えるなか、日本も例外ではなかった。
神戸市が消えた。
数億の人間を伴って、地球から抜け落ちてしまったのだ。
跡地には海水が流れ込み、今では巨大な湾岸となっている。
そりゃ世界中はパニックさ。
陰謀論者は某国の攻撃だとうそぶくが、人的災害ではないと有識者たちは結論づけた。
しかし、その原因は一切判明していないのが実情だ。
なぜ未曾有の大災害が発生したのか、人類は史上最大の謎の前で飼い殺しにされている。
災害の余波はいまなお広がり続けている。
国力の低下、反乱、戦争、貧困、飢饉、なんでもござれだ。常人が思いつく最悪は全て起こっていると考えてもらっていい。
とはいえ五年だ。日本だけに目を向けるのならば、ほぼ立ち直ることができたと言える。
中核である東京は堕ちていない、一極集中型都市であることのメリットが思わぬ形でいきた。
(って、こないだのドキュメンタリーでやっていた)
傷口こそ癒えぬが、ようやく人々が前を向けられるようになったその刹那、間隙をぬい、再び災害が舞い降りた。
「奴ら怪物は、異界に取り込まれた神戸市からやって来ているんだよ」
異界。言い換えるのなら──。
「異世界」
神戸市は、異世界転移した。




