25.決闘
開戦の鏑矢は一発の銃撃から。
やつは先刻の表明通り、深夜に単独で攻めてきた。
『相手を認識しなければ発動しない』
遠方からの狙撃、暗闇にマズルフラッシュが咲く。こちらの弱点を詰める定石通りの一手だ。
こんなのは挨拶みたいなもの、もちろん対策済みである。
「自分ルール武防具。ボクの下敷きは『とても硬い』」
アオさんの周囲をくるくると、数枚の下敷きが飛翔する。続く射撃すら、全て弾き返してみせた。
「ボクの分度器は『敵位置を表示する』。ひなた君、ゴー!」
示された先に奴がいる。
不躾な男だ。少しは隠せよ、ビンビン感じてんだ、しどけない殺気をよ。
「せい!」
一発、竹尺で叩き切る。
「や!!」
二発、三発と続けざま。
「アオさん、今!」
弾切れを合図に反撃開始だ。
アオさんは分度器をスコープに見立て、弓に矢をつがえていた。
弦は輪ゴム、『よく弾く』
矢はシャー芯、『大きくなって、ブッ刺さる』
「ズバッと!」
放たれた黒針が一メートルほどに巨大化し、鬼ヤンマを追う。
「ぬるい!!」
よく刺さるからこそ、狙う位置は致命部位。
こめかみ目掛けて飛翔したシャー芯を、奴は掴み取ってみせた。
着弾地点の予測、まさに鬼才──。
「下敷きで遊んだな。頭擦って、静電気起こしてさ」
アオさんの下敷きは『摩擦係数が高い』
くるくると互いに干渉しあい、静かにエネルギーを蓄えていた。
「シャー芯で遊んだな。コンセントに突き刺して、ビリビリって」
黒鉛は電気をよく通す、芯は道標だ。
「ドカンと!!」
自分ルールにより高められた電力は、もはや稲妻の域。黒鉛という指向性へむけ雷撃した。
「あまい!!」
すかさずヤンマはシャー芯を地面に突き刺した。芯を『アース』に見立てたのだ。
全てではないが、電気の大部分が地面へ拡散。ダメージを手のひらの火傷に留めた。
ヤンマは夜空に照明弾を打ち上げた。視界が開ける、敵と目が合う。お互い、出し惜しむつもりはないらしい。
「わざとぬるくしてんだよ!」
アオさんは、鬼ヤンマが戦闘の天才であることを前提に作戦を組んでいる。
「こっちが本命だから!」
彼の輪ゴムは、人間だってぶっ飛ばす。
「自分ルール、『最強理論』」
ドンピシャだ。ぶっ飛び生石の強襲が、どて腹にクリーンヒット。続け様右ストレートを顔面へ贈る。
「及第点あげちゃう」
だが手首を払うことで跳ね上げられた。
ヤンマは銃剣で反撃。
「ほな満点目指します」
生石は切先をかわし、左手でヤンマの袖口を掴んだ。さらに右手で奥襟を取る。
柔道などでよく見る方襟片袖の構えだ。
「おらっ!!」
敵の左側方へ、しゃがみ込むようにずれる。よってヤンマは前のめりに体勢を崩した。
「ほう?」
奥襟を離し足首を取る。
立ち上がりざまに一息で引き上げると──。
「おお!?」
地面の生石と位置を入れ替える形で、今度はヤンマが倒れた。
生石が得意とする戦法、柔術の基本的な立ち技『カラードラッグ』だ。
「青二才!」
「言われなくとも!!」
生石が時間を稼ぐうちに、アオさんも距離を詰めていた。
彼の画鋲は、『よく留まる』
地に伏せたヤンマにピンを打つ。これでもう逃げられない。捕縛成功!
「おらぁ!」
無防備なヤンマの顔面を、生石殴る、殴る、殴りつける。
「喜んじゃった?」
「ちっ!」
だが効かない。生石の目が見開かられる。彼は何を見た?
瞬間、ヤンマから底知れぬ悪意を検知する。
「ひな坊、やめろ!」
僕の反射が無意識に働き、竹尺でヤンマの胸を刺突した。
「え?」
感触が不気味だった。
僕は人の身でなく、うごめく何かを刺したのだ。
「あーあ、殺しちまった」
結論、鬼ヤンマは懐に魔物を巻き付けていた。
メガネウラと呼ばれる、巨大トンボだ。
「しまった。釣られた!」
ヤンマの虎の子。目的は──。
「進化じゃ」
異界戦線はなぜか故意に進化を引き起こすことができる。
メガネウラはデカいといえどただの虫だ。
しかしその百倍の強さとなると、十二分に悪さする。
蛹から成虫へ羽化するように、巨大な進化形態へ移行。空を旋回し、鋭い牙で僕たちを襲った。
反射で避けることも、アオさんの下敷きで妨害することも難しくない。
だが対ヤンマ戦のノイズにしては大きすぎるのだ。
回避の隙にヤンマは捕縛から逃れてしまった。
「チッ──」
生石は攻めあぐねていた。理由はひとえにあの虫ケラである。
「ひひっ、見えたぞ生石。貴様の自分ルール、その場にいる『最弱』に呼応するのじゃな」
つまり生石の腕力は今、メガネウラ程度に落ち込んでいる。
「ならば正解はこうじゃ」
ヤンマはいやしくも空へ指を刺し、メガネウラを空中でホバリングさせた。
「たぬきジジイが……」
奴はもうメガネウラを前線へ加えない。生石へのデバフ装置として生かし続ける算段だ。
「堕とせばいいのでは?」
その文房具は異質だった。
分離した鉛筆の芯パーツを、ところてん式に押し出して交換する。
『ロケット鉛筆』
削るという工程を省いた、昭和レトロなアイデア商品である。アオさんのロケット鉛筆は、『発射』する。
「躱わせ」
「追え!」
さらにロケット鉛筆は、『追随』する。
「小癪な」
アオさんが晒す多種の異能、高い応用力を遺憾無く見せつける。さりとて相手は歴戦の生き残り、過酷を打破する発想力は随一だ。
投げられる手榴弾。アオさんはすかさず下敷きで防御。しかしヤンマ、同時に攻める。
爆発に巻き込まれることも厭わない捨て身?
ちがう──。
「ひひっ」
「ブラフか!?」
ヤンマは手榴弾のピンを抜かずに投げることで、アオさんの防御行動を煽った。とたんに詰めて一人時間差──。
「僕は置き物じゃないよ」
アオさんの異能、多種の利点あれど最も特筆すべき点は『担い手を選ばない』こと。
文房具は誰にだって平等に力を発揮するから。
「ドカンと一発」
中指に消しゴムを装填、デコピンの要領で弾く。休み時間の代名詞、『消しゴム落とし』は僕の十八番だ。
アオさんの消しゴムは『よくぶっ飛ぶ』
「お見事」
しかしヤンマ、これすら手のひらで受け止めた。さすがだ、でも大丈夫、アオさんから目を逸らさせることができたから。
「さんきゅ」
アオさんの『よくやった』が心に届く。嬉しいな、楽しいな。
「ひょいと」
彼はすぐさま手榴弾を拾い上げ、ピンを抜いて上空に投げた。
「ひひっ。天に唾はけばと云う奴じゃな」
まもなく空中で榴弾が炸裂する。
僕たちは下敷きがあるから対処可能だが、ヤンマは身を白日に晒している、被害は避けられない。
最も堅い対処法は、メガネウラで手榴弾の軌道を逸らすか、安全空域まで運ばせること。
つまり──。
「ドッカーーン!」
メガネウラが爆散する。よって瞬く赤い正拳。
「第二ラウンドじゃ」
生石渾身の一打、だがヤンマこれを避けない。
奴目線、生石の腕力は『木洩日ひなた』クラスだからだ。それにカウンターを合わせてきた。
「いったれ!!」
僕の叫び。
「ラァァァ!!」
生石の咆哮。
拳がめり込む。ヤンマの鼻っ柱をへし折り、歯をブチ折る。
清々しく豪快な打音、小学生の腕力ではありえない威力。
生石の自分ルールは呪いの力。『負ければ死ぬ』と云う制約を他者にまで拡大することで、仲間を自己の範疇へ押し込むことができる。
ゆえに──。
「ボクもだもーん」
僕とアオさんが血盟を誓った場合、最強理論は仲間以外の強者、つまりは鬼ヤンマへ向かう。境界戦線はとうに一蓮托生。
「ボクがひなた君を一人で死なせるわけないじゃん」
「アオさん大好き!」
生石の一撃は鬼ヤンマと同等だ。
認識の外からモロに入った。
つまり僕たちの勝ちである。
奴が従来の人間であればだが──。
「ひひっ。ひひひっ。満点じゃ、花丸じゃ。決闘はお終い。ここからは──」
鬼ヤンマは平然と起き上がる。
なぜなら傷が『全快』していたから。
楽しそうに、心底嬉しそうに。
大好きなオモチャを買ってもらえた少年みたく、生え揃った歯を剥き出しにして。
「戦争じゃ」
鬼ヤンマは『自己回復』という自分ルールを有していた。
「ヨロズさんの嘘つき!!」




