20.ラーメンの汁は最後まで飲み干す
決戦は明日の深夜。
つまり猶予はなく、今すぐ神戸へ戻りことの顛末を伝えなければならない。
さりとてお腹は空くものですから。
「とうぶん日本には帰ってこれん。腹一杯食っとけ、ひな坊」
「おうさ」
ズルズルズル、ラーメンをズル。
甘口の醤油スープが格別だ。さっぱりしていて子供の舌でも楽しめる。やはり地元の播州ラーメンが一等賞である。
「うま! ええ店知っとるやんけ」
「でしょー」
生石とは比較的打ち解ることができた。
まかりなりにも僕は生石の命を救ったのだ、感謝もあるのだろう。
──本質は脅しだ。
『僕の仲間になってよ』
『断る。青二才やクネヒトとは主義が合わん』
『じゃは僕が生石の仲間になるよ』
『何の違いがあんねん』
生石はアオさん含む、チリモンの方針を認めていない。『子供が戦うことを是としている』からだ。
見た目ヤンキーなくせに、狩人としては貴重な倫理観をお持ちで。僕が戦うことを快く思っていないのだ。
けれど僕たちは狩人だ、まともなままじゃいられない。
『仲間になってくれなきゃ、弱いから僕死んじゃうよ。いいの? 見捨てるの?』
『がはっ──』
彼の優しさを利用させてもらいました。
アオさんにもやったことだ、僕自身を人質に、交渉を強行する。ほぼ脅しな勧誘である。
生石刹那はとびきり優しいから──。
「真面目な話、お前には感謝しとる。俺は男や、受けた恩義には必ず報いる。一助になると誓うで。そして俺は男、子供を見捨てるわけにはイカンのや」
なぜそこまで子供に固執しているのだろう、気になる、後で聞いてみるか。
「それでも仲間にはなれん」
「なんでさ!」
「意固地になっとるわけやない。やむにやまれぬ事情ちゅうやつや。ええか、今から話すことは絶対に他言するな」
ぐっと顔を寄せられ、声のトーンを落とす。真剣な眼差しだ、ごくりと固唾を飲む。
「『最強理論』には、明確な弱点がある。『複数戦』にめっぽう弱いんや。やからおれの戦闘スタイルは基本タイマン。ソロのプレイヤーちゅうこと」
彼の異能は、対象と戦闘能力を同一にする力とさきほど教えてもらえた。
であれば、対象が複数名いた場合──。
「『その場にいる一番弱い者』を対象にしてしまうんや。もし対オーガ戦で、ゴブリンでもいようもんなら、おれの戦力はゴブリン級になっとった。詰みはせえへんが、より厳しい戦いになっとったやろう」
「たしかにそれは、バレちゃまずいね……」
「異能の対象範囲は、『敵味方を問わない』」
「あー、あぁ……」
なるほど、だからか。
仮に僕たちが仲間になってしまった場合、最強理論は一番弱いもの。
『木洩日ひなた』を標的にしてしまう。
最強理論は身体能力のみの同化。異能や特性、つまり『反射』は効果対象外であり。ただただ戦闘力が『小学六年生レベル』になってしまう。
「仲間になれないじゃん」
「そういうことや。まぁ気にすんな。別にひな坊が弱いから悪いって訳やない。おれがそういう異能にしてもたってだけの話や」
ちぇ、なんだよそれ。
初めからそう言ってくれればよかったのに。
生石なりに気を遣っていたのだと気づけぬほど、僕は子供じゃないけれど。少し拗ねちゃう程度には、まだ子供だから。
駄々をこねてみる。
「弱いから悪いんだ、ムカつく言い方するなよ。そういう異能にしたってなにさ、自分で決めれるっての?」
「──」
おっと、流れが変わったぞ。
「今ギクっとした! ギクっとした!! 図星なんでしょ! ちゃんと説明しなよ」
「待て待て待て、すまん、誤解を生む発言やった、訂正する」
生石は腕を組んで、しばらく逡巡する。
観念したかのようにお手上げのポーズ。
「はぁ。もう手遅れやな、何いうても嘘になる。失言やった。そしておれは男や、ウソはつかん。ちゃんと説明するわ」
「はじめからそうしろっつーの」
以後語られる、『最強理論』の真実。
「世界観の話や。おれの扱う自分ルール、現地では『呪いの力』と呼ばれとった」
自分ルールとは、あまたの異能が集結する神戸において、各世界の力を統合するために付けられた呼称である。
「おれの世界において、異能は好きに決めることができとった。ただ、文字通り呪いの力や。強い力にすればするほど、自身に強い呪いが返ってしまう。呪いの対象を自分だけにとどめるためには、さまざまな条件付けが必要やった」
タイマンでなければ真価を発揮しない。
弱い相手でも無視できない。
相手を認識しなければ発動しない。
異能や武術は模倣できない。
たくさんの弱点は、返ってくる呪いを最小限にとどめるための施策だった。
制約と誓約的な話かな?
ハンターハンターを読んでいるから、何となくイメージできた。
それでも冠する名は『最強理論』。
力の最奥だ。返ってくる呪いとはいかほどのものか。
「自分ルールが発動したのち、勝負に敗北すれば。肉体的損傷の如何に関わらず、必ず命を落とす。それがおれの『呪い』や」
「じゃあつまり──」
つまり生石は、絶対に負けることができない。負けた瞬間、死が確定するからだ。
彼は文字通り、全ての勝負に『命懸け』なのだ。
『子供を救いたい』
ただ一つの願いのために。
「なら、今まで一度も、負けたことがない?」
「自分ルールを使っての戦闘なら、そうなるな」
「かっこよ!!!!」
かっこいい。
この人、全てにおいて格好が良すぎる。
女だったら惚れてたぞ! 別に男でも惚れていいのかな!?
生石のやつ、微妙に照れてやがるぜ。
でも残念だ、話した相手が悪かった。
僕はたぶん強情な方に思う。もし少しでも可能性があるのなら、懸けたくなってしまうじゃないか。
「仲間にも『呪い』が返ってくるようにすれば、自分ルールを書き換えられる?」
「──」
「ギクッとした! またギクっとした!!」
「お前ほんま、そういう性格悪いとこ、誰に似たんや」
頭ん中でアオさんがニヒルに笑っている。
「可能や。自己の範囲を仲間にまで拡大することで、ひな坊は『最強理論』の対象から外れる。でも、それしたらお前も死ぬで?」
「上等」
生石ノート項目木洩日ひなた。
・行動は即断即決が基本。
生石はバカだな。そんな呪い、リスクですらない。
「一度も負けなければいい。生石はだから、最強になったんでしょ?」
「アカンで。いうたやろ、おれは子供を巻き込まん。御託並べても、主義は変えられん」
並べるよ。ゴタゴタぬかすよ。
だって僕は間抜けもの、抜け抜けと人の心を踏み荒らすから。
「この身はアオさんに捧げています。アオさんが死ねば、僕も後を追う。あの人はそんなに強くないから、異界戦線に敵うはずない。きっと死んじゃう。それでもいいの? アオさんも子供だよ?」
「……」
「どうせ負ければ死ぬんだ。なら、死ぬ気で僕たちを守ってよ。救ってよ」
「……」
多分あとひと押し。あと少し、決定的な何かがあれば、彼は堕ちる。
なんだろう、考えてみよう。
生石は頑なに強さを求めている。自身の命を危険に晒してまで。なぜ?
子供を守りたいから。
もはや執着、強迫観念ともいえる灼熱の信念だ。
救世主へのこだわり。
あぁ、なるほど──。
「僕、ヒーローは生石がいい。救われるなら、あなたがいい」
彼はヒーローになりたいのだ。
真っ赤に染められた髪。
炎のように赤色の意志。
赤はヒーローの色だ──。
「ねぇ生石、僕のヒーローになってよ」
あぁ、何て嬉しそうに歯噛みする。
真っ赤に熱って、乙女みたいに。
生石は始めて年相応の顔を見せた。
ラーメンを飲み干す。
完堕ちだ──。




