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19.鬼ヤンマ

『三八式歩兵銃』


 奴のメインウェポンだ。

 別名を『Arisaka Rifle』。


 大戦時に広く使われた、帝国陸軍の誇るボルトアクション式ライフルであり、手入れの行き届いた木製ストックが輝いている。


 一方腰には無骨な軍刀がぶら下げられ、威容を誇示していた。そのスタイルは日本人なら誰しもが目にしたことのある、帝国陸軍の兵装である。


 なぜ学のない僕がここまで分析できているのか。生石ノートの受け売りである。


 つまり僕は、こいつのことを知っている──。


「鬼ヤンマ!」

「本名を八尾ヤンマ。どうぞよしなに」


 口元はニヒルに上がり、けれど目が一切笑っていない。垂れたまなじりは生気を感じさせず、人間味がなく不気味だ。


 異界戦線の首魁(しゅかい)にして、世界を滅ぼさんとする地球の仇敵。


 彼が異質なのは現在の肩書きでない。

『異世界転移以前』の戦歴である。


 八尾ヤンマ。


 百年前に起こった太平洋戦争において、実際に徴兵され、比類なき戦果を残す。


 ガダルカナル島の戦い、サイパン島の戦い、ペリリュー島の戦い、硫黄島の戦い、そして沖縄。


 負け戦のすべてを最前線で戦い、これに生き延びた。


 狩人なんて生ぬるい、生粋のソルジャーであるからして──。

「わしら兵士が、少年兵を殺すのに躊躇いがあるとお思いで?」


 引き金に指がかけられる。


 こいつ、本気だ──。


 死ぬ。確実に死ぬ。

 神経系が結末を悟り、感情より先に顎がわななく。蛇に睨まれたカエルと同じだ、銃口から目が離せない。


 諦念、恐怖、愕然、絶望、喫驚。

 どれも当てはまるのに、どれでも足りない混沌が心をなぶる。


 なにかないか。

 なにかこの窮地を打開する術は──。


「あ」


 なに、簡単なことだ。

 ランツさんに助けを求めればいい。


「んー、それしかないか」


 きっと神戸市民が大勢死んでしまうだろう、でも『生石』のためっていう大義名分があるじゃない。


 アオさんは僕のために最強を使った。

 やっていることは同じ、許されてしかるべきだ。


「しかたがないか」


 ここは分岐点だ。


『大勢を犠牲にして、一人を救う』

 そのルートを選ぶ権利は、もちろん僕にないけれど。


『生石を犠牲にして、大勢を救う』権利も、同様にありはしないから。


 難しいことは考えるな。

 素直に生きたいと叫べ。

 本当に簡単なこと。


「でも──」


 簡単な救いに、価値はない。


「かっこわるいもんね」


 生石ノートには僕の特徴が記されている。


『純粋無垢で染まりやすい』

 影響を受けやすい──。


 出会ってしまった、生石刹那という価値観に。

 僕は見たんだ、真にかっこいい男の背中を。


『漢』のなんたるかを。


 ひるがえって僕はダサい。

 クソみたいな自己保身ばかり、つらつらつら。


 自己嫌悪の濁流。

 自身への悪意──。


「おー、きたきたキタ!!」


 以上自己暗示終わり!!


 瞬間、思考がカチリと切り替わる。


 煮えたぎる湯にわざと触れるみたく。

 僕は悪意への反射を、故意に叩き起こした。


 不思議な感覚だ、前頭前野が役割を放棄し、震えは自然と止んだ。一次体性感覚野が自己を主張、集中が研ぎ澄まされる。


「こい!!」

「ひひっ。だから死ぬ」


 だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。だから。


 死ぬ? だからなんだ。


 もう良いや。適当にやってみよう、どこまでやれるかな?


「ドカンじゃ!」


 自分ルール、『武防具(ぶんぼうぐ)


 得物は竹尺、与えられた力は『よく切れる』。アオさんの異能は握る相手を選ばない。


「シッ──」


 人の身で銃弾の速度に敵うはずもなく。

 けれど『撃つ意思』には追いつけるかな?


 鬼ヤンマの殺意の点へ、反射が働く。

 無意識に弾頭を両断。


 死ぬことも、助けを乞うこともなく。

 一番かっこいいのは、こいつを倒して、全員で生きて帰ること。


「ひひっ! 死闘じゃ死闘じゃ」


 ボルトアクション。

 遊底を引き、空薬莢を排出、次弾を薬室へ装填、照準、撃発──。


「──」

 両断。刈り取るのは弾丸そのものでなく、殺意の軌道。


「まだ」

 両断。ビビッと来た位置に刃を差し出せ、後から弾が飛んでくるから。


「まだまだ」

 両断。位置もタイミングも都度ズラしてやがる、構うものか。


「まだ!」

 両断。そこに悪意があるのなら、全てを叩き落とすまで。


「見事」

 弾切れを起こした銃を、ぐるりと背へ回す。巧みなスリング動作だ。


「かはっっ──」

 極度の緊張状態が解け、思考が弛緩する。

 まずったな、間抜けにも息することを忘れていた。鼓動の音が早い、視界には靄がかかっている。もう同じパフォーマンスは出せない。


 鬼ヤンマは腰の得物を抜刀した。


「生石刹那の異能には、明確な弱点がある。『対象を認識しなければ発動しない』。つまり、意識外からの狙撃が必要じゃった」


 なのでオーガを用意した。


「奇しくも木洩日ひなた、お前と同じじゃ」


 鬼ヤンマは選んだ、生石刹那の方が脅威であると。


「お前の役割は、あくまで物語を動かすための加速器。ところで認識を改めよう」


 軍刀を高く掲げる、上段の構え──。


「ここで確実に殺す」


 振り下ろされる。弾丸を切るよりは容易い、身を捻って逸らす。


「当然避けるわな」


 逃げた先に、銃剣の切先。

 ただでさえ無理な姿勢、避けられない。詰み──。


「僕の役割は、あなたに勝つことじゃない」


 ヒーローじゃなくていい。

 今は助けられる子供でいい。

 この戦場(ステージ)の主役はまだ彼だ。


 僕の役割は──。


「なにさらしとんのじゃワレ!!!!」

 

 生石刹那復活までの、時間稼ぎでいい。

 彼の強襲(右ストレート)が、鬼ヤンマの頬を射抜く。


「あは! ヒーローのセリフに思えない」

 けれどなんてかっこいい!!


「なぜ!? 確実に致命部位だったはず──」


 八尾ヤンマは見つける。地に転がる『空き缶』を。


 僕は生石が撃たれるとみるや、すかさずヨロズさんの『ヨロヨローション』をぶっかけた。


 流石に直接舐めていない分、完治までとはいかないものの、どうにか意識を呼び覚ますことに成功した。


「それは八百比丘尼(やおびくに)の体液……、ヨロズか!」


 八尾ヤンマはポーションの正体に思い至る。


「さっさとくたばりやがれクソジジイ!」

「ひひっ。現世でおのれ相手は分が悪い。老兵は死なず、ただ去るのみじゃ」


 生石の追随をひょいとかわす。


「逃すか!」

「戦場で生き抜くコツは、引き際を心得ることじゃて、若造」


 鬼ヤンマ、なんて狡い──。


「ちっ! コスい真似しやがって」


 生石は手が出せないでいた、なぜか。

 奴が手榴弾を握っていたからだ。

 安全ピンは外されており、レバーを離せばいつでも起爆させられる状態。


 のちに知った話だが、手榴弾の仕組みは悪辣極まりない。


 爆発そのものよりも、爆発によって飛散する榴弾の破片に致命性があるのだ。

 飛散距離は数百メートルにまで達し、適切な対処を行わなければ被害は甚大。


 生石だけならまだしも、僕は間違いなく死ぬ。なにせ破片に悪意はないのだから。


 無論間近のヤンマ自身も巻き込まれるが、重要なのは射程範囲に僕が。『子供』がいること。


 子供の安全に重きを置く生石は、それでもう動けない。


「くそ! タヌキジジイが!」

 まさに老獪である。


「ヨロズ……、そうか、生きておったのか。木洩日ひなた、彼女に伝えておけ」


 去り際に残した八尾ヤンマの言葉は、意外な事実だった。


「決戦は明日の丑三つ時。ひいじいが迎えに行くと」

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