16.二匹の醜い魚
三日ぶりに家族と会えた。
連絡もせずいなくなって、急に帰ったものだからひどく驚かれたし、泣いて喜んでくれた。
どうやら捜索願いも出していたようで、休まらない日々を過ごしていたらしい。
真摯に謝った。説明できる範囲の説明は全部した。
もう家には帰ってこれないことも。たまにしか会いに来れないことも。学校にも行けなくなるし、普通の人生は二度と送れないことも。
もちろん反対された。質問攻めにされた。父は怒ったし、母は過呼吸になっていた。
殴られなかったのは奇跡だ。
挨拶にもこない社長と先輩には怒り心頭だった。
でも、最後にはわかってもらえた。
『ようやく息が吸える場所を見つけたのです。色んな人の役に立てるんだ。頑張りたいんだ』
あたりまえでない僕を、あたりまえに愛してくれた両親。
大好きな僕の家族は。
最後には納得してくれた。
『普通』という概念に苦しむ僕のことを、家族はちゃんと見ていてくれた。
いっぱい泣いて、たくさん笑った。
普通でなかった息子のせいで、普通でない決断をさせてしまった。心底申し訳なく思う。
それ以上に。
この家に産まれてきたことを、僕は誇りに思うのだ。
ありがとね。
というわけで仲間探しです。
候補者の姿や名前は知っている。アオさんと一緒に作った『お仕事ノート』を開くと、写真がはっつけてあるからだ。
名を『生石 刹那』。
鋭い目つきと赤く染められた坊主頭が特徴的な、見た目の怖いお兄さんである。
昔見たバスケットボール映画の主人公みたいな印象を受ける。
問題はどこにいるのかだが、これに関しては『神戸跡周辺』としかわかっていない。
アオさんは『どーせ時間かかるし、たんと地元を堪能してきな』と言ってくれたので、ひとまずは初給料の使い道から模索しようか。
いざゆかん駄菓子屋へ!
こんな大金、持った試しがない。使い道がよくわからない。僕の中での豪遊は、晩飯前に食べる菓子なのだ、間抜けな話である。
棒付きアイスキャンディーをガリガリとかじる。
「お、アタリじゃん」
運がいい。
でも、どうしてだろう。あまり嬉しくない。
いつもなら喜び飛び跳ねはしゃぐのに。
説明のむつかしい、胸にすんと落ちる妙な納得感がある。
まるで、『アタることを知っていた』かのような……。
思い返せば最近の僕、やけにできすぎな気がする。運命力がいやに高いのだ。
偶然ゴブリンに遭遇したところからはじまる、驚天動地な物語。
アオさんとの出会い、二重進化、チリモンへの入社、狩人の適正。
目まぐるしいイベントの連続。
「まるで全てが仕組まれているみたい。いかにもそう思っとるツラやな」
さらに探索しょ一発目にして、アタりを引き当てる運の良さときた。
なんと近所のバス停にヤンキーだ。
一目で分かった。この人こそ生石刹那である。
ぶったまげた!
「本気で運がいいだけ、そう思とるんか?」
生石刹那。眉間にしわ寄せ鋭い目つき。
開け広げられたボロの学ランに、ダボダボズボンのニッカポッカ。丸められた頭は怒髪天をつく真っ赤っか。
ステレオタイプなヤンキー像のお出ましである。
「食え。アタリと交換したる」
生石刹那はなぜか、僕が食べていたのと同一のアイスを差し出してきた。
「ほんで座れ、木洩日ひなた」
なぜ僕の名前を知っている?
相手のペースだ。不可思議に呑まれそうになる。
こういうのはナメられたらおしまいだから、ドンと無言で座り、アイスをいただく。
ぺろぺろと舐める、おいしい!
「説明してよ」
「その前に一つ忠告しといたる。お前、このままやと戦争に巻き込まれんで? ええんか? 今ならまだ間に合うで」
いいね、話が早くて助かる。
「説明して」
覚悟ならとうにできているもん。
「っち。このイカれが。ちゃんと狩人やないか」
生石刹那は、雑に頭を撫でてきた。
どうやら僕はこの動作に弱い。
すでにちょっとだけ信頼してしまっている自分がいる。犬かよ僕は。
引き締めねば。
「おれは理知的な説明が得意やない。むずいやろうけどまぁ聞いてけや」
アイスだけでなく、生石は飲み物まで差し出してきた。やけに準備がいい奴だな。気がきくぜ。
「ゴブリンだけやない。オークやコボルト、スライムみたいな雑魚モンスターが、この辺でよーさん頻出しとる」
アオさんは異常だと語っていた。
「裏で誰かが絵を描いとるんはほぼ確定や。お前が青二才に引き抜かれたんも、そいつらの思惑なんとちゃうかって、おれは睨んどるわけやが」
んん? 話が早すぎてついていけない。この人は何を言っているのだ?
「お前の見てくれ、性格があまりにも青二才の好みど真ん中すぎるんや。なにせおれは、『アオのタイプ』を独自に調べた結果、お前に行き着いたんやからな。とするなら、同じルートを辿って敵もお前を見つけていたとしても、なんら不思議やない」
「ちょ、ちょっと待って。もっと順序立てて……」
「お前はすでに、戦火の渦中にあるっちゅうこった」
生石刹那にメモ書きを渡される。
そこにはびっしりと、彼の推測が書き殴られていた。
『青二才の好み』
・狩人として、最低限の資質をもつ。
・純粋無垢で染まりやすく、精神力がある。
・優柔不断な者は論外。行動は即断即決が基本。
・主には善良だが、仕事は冷徹に遂行できる。
・命令には絶対服従。
・強者に対しても立ち向かえる無謀な勇気。
仕事内容に関する事項以外にも。
・男であれば子犬のように従順な年下ならよし。
・不快にならない程度には可愛らしく。
・忠誠心に厚く、飼い主の危機には命をかけて馳せ参じる。
・情に熱く、人の気持ちを慮れる。
・日向の匂いを醸し出しておけばなおよし。
・撫でたくなる頭。
「条件を全て満たす人間は少ない。住む地域を限定すれば、お前が必然的に浮かび上がる。やから敵は、『本来群れで行動するはず』のゴブリン単騎を、お前へ差し向かわせたんやろ」
たまたまゴブリンに遭遇したわけじゃない。
誰かの思惑により、僕はあの日、アオさんに引き合わされていた? でもなんのために?
「お前の役割は起爆剤や。停滞した戦況を加速させるためのな。アオが仲間を集めるちゅうことは、『異界戦線』への攻撃が始まるちゅうこと。アオとアイが戦うことで、都合が良くなる誰かがいるんやろう。あるいは『異界戦線』当人か」
生石刹那は次のページをめくれと促してくる。
そこにはアオさんと、双子の姉に当たる『アイ』という人物についてのプロファイリングが綴られていた。
反骨、血濡れ、鬼ヤンマからなる最強パーティ『異界戦線』。
狩人たちがもっとも危険視している、異世界勢の主要。
「うぅ、わけがわからない。情報量多すぎ。そもそもあなたはなんで僕のことを調べていたの?」
「敵の尻尾を掴むためや。お前から青二歳へ。青二歳からアイへ。アイから異界戦線。そして『血塗れ』へ」
僕への態度からほのかに感じる、憐れみの正体はそれか。
彼の本懐は僕にない。
僕は何か大きな因果の、ほんの一端に過ぎず。
それでも彼は、木洩日ひなたを見つけ出した。
執着心を燃料に、細部まで戦況を読み、予測を立てて、敵の思考を推測し、アタリをつけて──。
「現にお前は現れた。おれはこの時をずっと待っていた。敵が動くぞ」
「さっきから敵敵いっているけど、僕よくわかっていないよ」
「アイが所属する異界戦線筆頭、『血濡れのキナ』はおれの師であり。神戸市民百万人を虐殺した張本人や」
つまり、神戸市へ侵攻し、現実世界に風穴を開けた人こそ、『血濡れのキナ』。
「およそ許されることやない。おれの目的はただ一つ。なにがなんでも、『キナ』を殺すことや」
狩人、生石刹那の本懐は──、キナの討伐。
へぇー。そうなんだ。
はっきりいう。一発だ。
一発で僕はこの人のことを好きになってしまった。
とたんのことで自分でも驚く。
ドキドキが止まらない。
同性でなかったら恋だと錯覚していたほどに高鳴っていた。
彼の説明だけでは、情報不足すぎて今ひとつ理解できていない。
でも、明確なトキメキが実在だ。
殺意に関して、僕は一家言ある。
たとえ自分に矢印が向いていなかったとしても、その丈を推し量ることくらい容易だ。
なのに、なのにこの人。
生石刹那の『殺す』という言葉には、一切の殺意が込められていないのだ。
むしろ逆。
とても深い、悲哀に満ちた絶望だけが、穏やかに広がっていた。
彼にとって、『キナ』がいかほどの人物なのか僕は知らない。とても大切な人なんだろう。
その人のことが大好きなのに。
己の正義に従い、殺さなければいけない。
使命、天命とも言えるほどの目的意識。
そんなの、絶対に無理なのに。
断言できる、彼にキナは殺せない。
いくらイカつい見た目で取り繕ったとしても、善良な身のうちがスケスケだ。
アオさんが仲間にしたいわけである。
こいつは見た目に反して、健気で優しい。
一方僕は、ドラマチックな彼の物語性に惚れたんじゃない。
「間抜けなやつ」
生石刹那は何一つ、自身の気持ちについて理解できていない。本気で殺せると信じている。
その間抜けっぷりに共鳴した。
どんなに大切な人でも、殺意を向けられれば殺してしまうであろう僕。
どんなに重大な天命があろうと、大切な人を殺すことなどできない生石。
深い深い海の底、息苦しい生のドン底で。
二匹のラブカは出会ってしまった。




