14.ツバつけとけば治るでしょう
みぞおちを踏み抜かれた。
呼吸器が痙攣し息ができない。陸で溺れる感覚だ。
頭を蹴り飛ばされる。口内がズタズタに裂け、濃い血の味が広がる。
痛い。あまりにも痛くて耐え難い。
これは人が味わっていい苦痛でない。地獄だ。
涙が溢れて止まらない、死をそばに感じる。
剣は振り上げられた。
「君ってほんと、弱点が明確だよね」
自分ルール発動。
「武防具」
アオさんが助けてくれなければ、間違いなく殺されていた。彼女の定規が死んだ咬犬の首を刎ねとばす。
「言ったでしょ。狩人は油断しないの。進化だけじゃないんだ。こいつのいた世界観が、『死後アンデット化する』設定であることに留意しなきゃ」
咬犬は死んだ。僕はその死体にボコボコにされた。
アンデット、いわゆるゾンビというやつだ。
「死体は悪意など抱かない」
どういう原理でゾンビが僕を襲うのか知らない。
でも、その行動に害意はない。
だから反射が発動しなかった。
「敵意のない攻撃。意識外からの攻撃。善意での悪行。君はそういう例外にほんと弱い」
「ありがとうございます、助かりました」
アオさんが咬犬の首を蹴り飛ばした。ドボンと海に沈んでいく。
「弱点が明確になった。次に考えないといけないのは対処法」
へばる僕のあばらを、そっとなぞってくる。
多分折れているし、彼は分かっていて触ってきている。お仕置きだろう。
ドSめ。
「めちゃんこ痛いです」
「どうすれば、弱点を克服できると思う?」
「僕自身が強くなればいいのでは」
身にしみて分からされた。僕は弱い。ゾンビはノロマだった、手も足も出なかった。
「はは。君に単純な強さは期待していないよ。ひょろひょろだし、子供じゃん。そもそも地球人、自分ルールも使えないような子が真っ向から挑んでも、魔物には勝てないっしょ」
地球に異能力は存在しない。当たり前の事実。
僕、自分ルール使えないんだ……。
「対処法はシンプルだ。君以外の力に期待しよう。短所を補える仲間を見つけよう。ランツを先に体験したからおかしくなっちゃったけれど。狩人は基本複数名のパーティを組んで行動するもんなんだぜ」
僕の長所は、相手の敵意に反応する速攻のカウンター。逆に短所は、反射が発動しなければただの間抜け者。
「たとえばボクの強みは手数だ。切れ味の高い定規、相手の異能を打ち消す消しゴム。記した文字を現実にする筆。その他多種の武具を、無尽蔵に用意できる」
すご! アオさん、やはり底知れない。
「でも、道具を使う以上どうしても用意するのに時間がかかるし、応用力はあっても突破力に欠けるんだよね。だから木洩日君の速度が欲しかった。でも、まだ足りない」
手数と応用力のアオさん。時間を省略する僕の速度。でも、それだけじゃあオーガに勝てない。二人の間隙を埋める、第三の刃が必要になる。
「ボクたちの穴を補う、『奇策強行策まるごと打破する、純粋なフィジカルモンスター』」
3人が揃っとき、パーティは完成する。
「仲間探し、いってみよーぅ」
「その前に、僕の傷を治してください……」
「たしかに」
場面転換、チリモンビル内にて。僕は傷の治療を受けていた。
不思議なものだ、みるみるうちに裂傷が修復されていく。およそ現代医療においては不可能な速度での治癒。まさしく異世界チートである。
「うちのヒーラーは優秀だよ。自分ルール、『ツバつけとけば治るでしょう』。コイツが分泌する体液は、強力な回復能力を有している。破廉恥な力だぜまったく」
「にしてもー、きみきみー、連日治療室にきすぎだよー。すこしは自分のこと大切にしなよー」
ずばりヨロズさんである。ヨロズ商店の店主。
彼女は打撲痕を『舐める』という形で、治療を施してくれていた。彼女の正体は何でも屋さんの店主にして、チリモンの雇われヒーラーなわけだ。
「いったでしょー。何度も私のお世話になるってー」
人に舐められるだなんて初めての経験です。
しっとりとした生暖かい感触が肌に触れ、そのたびにびくりと反応してしまう。
舐められた箇所はポカポカと熱を帯びて、次第に痛みが引いていく。
唾液に回復効果があるのだから、患部を舐めるのはいたく当然なのだが。うん、エッチすぎる。
小学生には刺激的すぎる。あとばっちぃ。話をして気を紛らわさなきゃ、どうにかなっちゃいそうだ。
「じゃあ、ホブゴブリンに噛み切られた指を治してくれたのもヨロズさん?」
「そそー。部位の欠損ともなるとー、唾液だけじゃまかなえないー。だからね、もっと濃いぃ体液で、しっとりしっぽりとねー。気持ちよかったよー」
ん? ツバ以外の濃い体液ってなんだ?
バシッ。なぜかアオさん、ヨロズさんと僕の頭をどついた。
「やめろ。お前は存在がわいせつすぎる。子供の教育に良くない」
「はははー。同意~」
「なんで僕まで叩くの!」
「むかついたから」
理不尽!
「じゃあ、次で最後ね~。あらー、お口のなかズタズタじゃんー。治してあげっからー、はい、アーン」
舐めることで傷を癒やす。つまり、口内の傷を癒やすためには……。
「!?!?!?」
「させるかよ」
アオさんがヨロズさんを豪快に蹴っ飛ばした。
破天荒すぎる。女装していたとしても、男が女の人に暴力を振るうのは良くないと思います!
「いい年した女が青少年に性暴力を振るう方がよくない。保護者として見逃せない」
ごもっともすぎる。
ヨロズさんは「はえ~」と吹っ飛んでいった。
「男の子だろ、それぐらい我慢して。ヨロズ! 今回の治療費とポーション代、ランツに請求しておいて!」
「おおきに~。またご贔屓にね~」
アオさんに引きずられる形で店外へでる。治療室はヨロズ商店の裏にあるのだ。
「い、いたいです!」
今晩のアオさんはやや強引だ。腕を握る力が強い。
「っち。あの淫売め、ボクの木洩日に色目使いやがって」
「アオさん、ヨロズさんには厳しいですよね」
「……むかしいろいろあったの。深く聞いてこないで」
ふーん。僕は間抜けだが、べつに人付きあいが苦手なわけじゃない。だから、普通に空気は読めるし、それくらいの機微なら分かるつもり。
おおむね、あのエッチなお姉さんとエッチな関係にでもあったのだろう。元カノという奴だ。
「正直興味津々だよ、でも聞くなと言われたらちゃんと黙れる。僕は偉い子です」
「減らず口め。その口、痛むならポーション飲めばいいよ。アイツの唾液をまぜてあるもので、ある程度なら回復効果が見込める。でも、値段は高いし中毒性があるそうだから乱用はご法度」
アルミ缶に入れられている『ヨロヨローション』。
見た目は完全にエナジードリンクだ。体に悪そう。
直接舐めなくても効果がある。だから持ち運びに容易い缶ジュース(唾液入り)。
彼女が唾液を貯めていたのはこの商品を作るためだったのか。コンプラに反しすぎている。まさに生けるわいせつ物だ。
「値段は驚異の六千円。だとも箱買いするおじさまが後を絶たない。ヨロズ商店の看板メニューだよ」
それ、本当に治療目的の売買ですか? 子供だから何も分からない。
きったねぇなぁ。絶対においそれと飲みたくない。
「高いですね!」
「治療費込みでゴブリン三百体分だったよ。今回は仕事での怪我だから経費で落ちるけれど、プライベートでは認められないから、ちゃんと自分で払いなさい」
口の痛みは我慢することにしました。
男の子だもん。
このジュースは、誰かを助けるときのために置いておこう。
「あの女、登場するだけで場面をかき乱す……。さ、仲間捜しターン行くよ」
「はいなー」




