12.息がしやすい
「アタシがいる限り、ことごとくを打破し最強を証明すると誓おう」
一人世界大戦を終えたランツさんはしたり顔。
あの戦いを目撃した後だからかな、僕は彼女から目が離せないでいた。
シャワーでも浴びてきたのだろう、水滴がキラキラと可憐を引き立てていて。挑発的な八重歯を剥き出しに、太陽みたくギラついた笑みで。
真っ赤な髪をかきあげる様の、格好良さに目眩目眩!
『人類代表選手』
仮に、世界の存亡をかけた一戦が執り行われるとして。
一人だけを選出しなければならないのなら、僕は迷わずランツさんを推すのだ。
「ただ、アタシだって人間だ。食わなきゃ死ぬし、寝なきゃ死ぬ。多分、おそらく。つーわけでアタシが羽を休ませている間は、お前たちが務めを果せ」
「夜は狩人の時間だよ」
アオさんの一言はいやに緊張感があった。
「安心しろ。昼間のような怪物達はそう出ねえよ。異界と神戸の境界が緩むのは日中だけだ。夜の敵なんてのはな、弱すぎてアタシでも気配に気づかねぇくらいの雑魚だ。あとはまぁ——。とりあえず突っ立ってねぇで座れや」
入社してしばらく、ようやく社長とお話しできる機会が設けられた。
「でだ。お前、なんで狩人になったんだ?」
唐突だなー。
いきなり核心をつく物言いにたじろぐ。
ランツさんは返答を待ってくれなかった。
「ここで一つ、アタシ達の認識を擦り合わせておこう。今、神戸がどのような状態なのか。アオ、説明」
テーブルに3人分のお茶を並べてくれたアオさん。
彼はなぜかメイド服を着ていた。
似合っている。少しむかつく、似合っていることを自覚している態度に。
「ふふ」
ドキッとしちゃった僕を見逃さないめざとさに。
「神戸の状況を一言で説明するなら、『侵略戦争の最前線』。異世界勢との戦いに敗北したとき、ボクたちは神戸だけでなく、地球全土を奪われてしまうことになるよ。現代兵器だけじゃ魔物たちは止まらない」
へ、へぇー。
「知ってた?」
ランツさんから。
「知りませんでした」
初耳だ、首を横に振る。
「敗北条件はただ一つ、『神戸市民の絶滅』。これは開戦当時、観光客含む神戸市内にいた人間全てを勘定に入れた数で、およそ150万人。死者は現時点で100万人を超えている」
100万人。想像つかないな….。僕の通っていた学校が、全生徒200人。それの何倍だ? 考えただけでゾッとする。
当然内訳の186人が、誰のせいなのかも忘れてはならない。
「この条件を皆んなどうしてか知っている。なぜなんだろうね。産まれて間もない赤子が、誰に教えられたわけでもなく泣き方を理解しているような。およそ本能に近い予感がボクたちにはあるんだよ」
まるでゲームだ、ルールが明確に定められた。
異世界VS現実世界。
「異世界と神戸市の境界は明瞭だよ。日中になるとゲートが開き、夜になると必ず閉じる。どの位置で開くのかは不規則だけれど、おおよそは特定できる。人口密度が関係しているんだろう、中央区に集中している」
だからチリモン(会社の略名)の本社ビルは、中心部から程近いここに建てられているわけだ。
「逆に神戸と現実世界の境界は曖昧で複雑。目の細かいふるいをイメージして。ドラゴンやオーガのような強者は目を通り抜けられないけれど、存在の小さな雑魚は隙間からこぼれ落ちてしまう。これが君の遭遇したゴブリン等のカラクリ。ふるいの目を意識して穿てるような直感力があれば、自由に神戸と現実世界を行き来できるらしいよ。ちな、そんな芸当できるの、神戸ではランツぐらいだけれど」
つまり神戸は現実と異界の狭間に設けられた、緩衝地帯のような場所なんだね。
ルールは簡潔。神戸を獲ったほうが世界を制する。
「世界中の失われた他都市もたぶん、神戸と同じような状態なんだろう。正味神戸以外はよく分かんない。それぞれの世界で、それぞれの最強格がいるんでしょう。ま、一等賞は絶対ランツだけれど」
「褒めたって見逃さねえよ。アオ、お前新人になんの説明もしてねぇじゃん。よくそんな状態で勧誘したな、よくそんな状態で入社したな! やっぱりイカれてるわお前ら」
「人聞き悪いよ。神戸の状況は誰にも知られちゃいけないんでしょ? 異世界とはつまり資源の宝庫だぜ。もし現実世界の奴らが欲を掻いて異世界人と協力しようモンなら、目も当てられないじゃん」
なるほど、そう言った理由があるから情報は秘匿にされているのか。
「詭弁だな。こいつはもう我が社の社員だ。つまりお前には説明責任がある。果たしていないのは誰だ? お前、面倒くさくなったんだろ」
「ぎく」
そうそう。この人初めて出会ったときも、ゴブリンを夢オチで片付けようとした人だもん。流石に無理あるだろう。
「デコピン確定」
「ボク、この歳で泣きたくないんだけれど……」
この歳で泣くくらい痛いんだ。
「まったく。狩人はどいつもこいつも七面倒な野郎らばかりだ。お前も、えらい奴の部下になっちまったな」
「別にいいですよ。僕、アオさん大好き」
「ふふ」
「目の前で惚気んな気持ち悪い」
ランツさんはお口直しとばかりに茶を啜って。そして残りを──。
僕にぶっかけた。
ひゃー。
まさに冷や水だ。
展開がカオスで早い!
「おい新人、気ぃ張れや。アオから説明はうけただろ? ここはもう死地なんだぜ」
「ひなた君。狩人はね、軍人と同義なの。世界をかけた防衛戦争の、最前線にしてここが最終防衛ラインなの。ボクたちが負けたらね、世界は終わるんだよ。わかってる? 自覚ある?」
「は、はぁ」
腑抜けた返事。
「ふふ、なぁーんにもわかっていない。いつもの可愛い、間抜けな顔だ」
生半可な覚悟でなっていいものじゃあない。
分かっているよ、教えてくれたもん。
死ぬ気で働け。死ぬまで動け。でしょ?
「再度問おう。お前、なんで狩人になったんだ?」
その重要性を前にしてなお、僕に大義はない。
どれだけ懇切丁寧に説明受けても、戦争とか、世界とか、全然実感なんて湧かないし。正直まだ夢を見ているような心地だ。
当然だよね。僕まだ小学生だし。
目の前の二人が、あまりにも覚悟決まっているもんだから、言い訳にしかならないけれど。
大義はない。
けれどよほど大きな個人的私情はあるんです。
「嬉しかったんだ。アオさんがね、僕の『間抜け』を受け入れてくれたこと。初めてだった。ドキドキした」
僕の欠点を。
世界も見捨てるような欠陥を。欠落を。
才能だと、武器だと言ってくれた。
「息がしやすい」
ずっと息苦しかった。ずっと間違っていると後ろ指を刺されて生きてきた。
しんどかった。苦しかった。本当に。
でもこの世界は、間違いこそが正道なのです。
「好きに生きるって、気持ちがいいね」
アオさんが定めた、あの一線を超えた時からずっと。
僕はね、心底気持ちが良い。
「ハッ! 好きだから! そんな間抜けな理由があってたまるかよ」
呵呵大笑と笑うランツさんが、頭を雑に撫でてくれた。
「合格だ、新入社員。狩人はな、イカれているほど強いんだ」
アオさんに手を引き寄せられ、頬が触れ合える距離で彼がうそぶく。
「言ったでしょう、夜は狩人の時間だ」
日が沈み、夜の帳が下りるとき。
「気持ちがいいこと、一緒にするよ」
戦争が始まる。




