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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第四部 セレスティアル編 - 第二章 虚構に連なる真理

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第百二十話 深まる謎

 森を抜けると、手入れの行き届いた色とりどりの草花が揺れる丘が見えてきた。

 遠方にはうっすらと建物の影も見えている。


 瓦礫の集落までは、敵意のある魔物や餌を求める野生の生物の気配がしていた。

 聖域に入ってからは、まるでそれが嘘だったかのように、平穏が続いている。


 落ち着いた時間だった。

 静かで物思いにふけるにはちょうど良かった。

 なので私は、ユノアのあとを追いながら、深まる疑問を整理していた。


 私が持つ月の力とユノアが持つ月の力は同じなのに違うものだと、ユノアは言っていた。


 そもそも、光精霊は月や陽の力を持っていることが多い。

 それでいて、なぜ、月の精霊や陽の精霊ではないのか。


 そして、ユノアは空間に干渉していた。

 なのに、どうして『空の理』と言っていたのか。


 今の私では、分からない。

 でも、理の謎に近付くための手掛かりを知ることができた。

 きっと、それは大きな発見に違いない。


「ああ! ララちゃんまた怖い顔してる」


 そう言って、横に並び、私の頬をぷにぷにし出して遊び始めるお姉ちゃん。


「やへて、おねへちゃ……」


 言葉にならない声は、お姉ちゃんには届かない。


(くすぐったいよ。もう、お姉ちゃん)

(ぐへへ)


 遊んでいるお姉ちゃんの念話にも、ユノアは反応していない。

 さっきと違うのは、今はユノアの存在をちゃんと感じ取れているということ。



「なぁ、ララ。また考えごとしてたんだろ? ララは研究や、謎めいたことになると、いっつもそんな顔してるしな」


「うん……。ごめん、気を付ける」


「別に気を付けることなんてないぞ。ただ、心配しただけだ」


 そう言って、ニアは近付いてくる光の集落に視線を向けた。


 ニアは、心配性だと思う。

 でも、ああ見えて優しい。


「ありがとう、ニア」


 周囲を楽しそうに見渡すニアを穏やかに見つめるお姉ちゃん。

 お姉ちゃんは、何を想っているんだろう?


 ニアへ視線を向けたままのお姉ちゃんが、ユノアに声をかける。


「ユノア、里はもうすぐ?」


「うん。そんなには遠くない。どうして?」


 そう言って、前を歩くユノアが振り返る。


「この場所にそよぐ風が、とっても心地好いから――」


 私たちの頬をくすぐる風には、どこか懐かしい色が滲んでいた。




 小高い丘の上にある、湖畔の集落。

 集落の麓には大きな泉が清らかな水を湛えている。


「おお~! メルト、何だこの絶景は? 里? 違うだろ。この大きさ! もう街だろ!?」


 興奮したニアが、お姉ちゃんに話を振りながらユノアの手を取る。


「ニア、さっきから随分とはしゃいでるけど、どうしたの?」


 ニアの暴走を止めようと、たしなめるように私が言う。

 でも、ニアの耳にはもはや届いていない。


 それと同時に、不意を突かれたユノアの姿を視界に捉える。


 驚いたユノアの身体が、びくんと揺れる。

 次の瞬間、無意識にニアの手をギュっと柔らかく握り返すのが見えた。


 ユノアの可憐な顔が桜色に染まり、モジモジとする。

 それでもユノアは、あたふたしている。

 恥ずかしさのあまり、最後は両手で顔を覆ってしまった。


 その様子を最後まで生温かく見守った私と姉が顔を見合わせ、同志の視線を交わした。


 お姉ちゃんもきっと私と同じ考え。

 ユノアを取られる前に出し抜こう。


 私は、ニアから庇うようにユノアの手を引く。

 ユノアの身体をそっと私の方へ向ける。

 恥ずかしそうな顔を私の胸元に隠すようにして、離れないように抱き寄せた。


 それからユノアに、優しい言葉を掛ける。


「ユノア、驚かせてゴメンね。もう大丈夫。ニアが悪いんだから……」


 ユノアは無言で頷き、私の瞳を一瞬覗く。

 そのあと、両手を私の脇に通して抱き寄せ、身体を委ねながら、そのまま胸に顔を埋めた。


 結構しっかり、ぎゅ~っとされたので、私も思わずユノアをぎゅっとしてしまう。


 あぁ、可愛い……。


(あッ! ララちゃんズルい。ちょっと妬けちゃう。私がしたかったことを先回りするなんて悪い子……)


(そこは早い者勝ち。一緒に混じったら? それは大いに賛成……って!?)


 私の言葉を最後まで聞かず、ユノアを驚かせないようにそっとくっつくお姉ちゃん。


 柔らかくて……温かい。

 陽だまりのいい匂い――。



 ここには、世界の境界なんて存在していない……。



 ふと、ニアに視線を戻す。

 景色に夢中で、周りも見えていない。

 こちらの様子なんて、視界の片隅にさえ映っていない。


 ニコニコしながら、ときどき独り言を呟くニア。

 今のニアの前では、先の見えない暗闇でさえ、意味をなさないのかもしれない。


 そんなニアの傍に、白い狼が静かに寄り添っていた。


 ユノアとニア。

 二人とも精霊。


 でも、異なる容姿で、性格も違う。

 違う道を歩んできても、同じ方向を向いている。


 目で見て、足跡を刻み、時間を重ねることで同じ想いにふれられる。


 でも、感じることと、知ることと、気付くことは違う。

 理解することと、識ることも違う。


 同じなのに違う。


 物事の本質とは案外そんな単純なものなのかもしれない。




 湖面に映る高台の街並みは、とても綺麗だった。

 波が立つと歪んでいく姿は、まるで別世界につながる入口のようで、不思議だった。


 白い陽光が煌めく水辺の幻想。

 その美しさにいつしか魅入ってしまったことに気付く。


 ニアの姿と、今の自分の姿が重なっていた。


 ただ目の前のことを知る。

 たったそれだけ。


 ほんの少しふれただけ――。

 なのに、小さな違和感が波紋のように広がっていく。


 私はその理由を探している。

 今はただ……それを知りたい。




 丘の中腹の居住地区。


 背の高い緑の木々があふれる公園のような場所を歩いていると、二人の女性が木陰の下のテーブルに座り、笑顔で会話をしている姿が目に入った。


 そのうちの一人は、少し年配の光精霊の女性。

 そしてもう一人は、光精霊と同じくらいの歳に見える、女性の姿をした魔人!? だった。


「ユノア、その子たちは?」


 こちらに気付いた光精霊が、ユノアに声を掛ける。


「えと……」


 ユノアは、私たちをどう説明していいのか迷っているようにも見えた。


 ニアの突然の行動や、賑やかな私たち。

 いつもと違うことに、戸惑っているのかもしれない。


 短い時間でも、ユノアと過ごして分かったことがある。


 彼女は好奇心旺盛だけど、静か。

 そして、少し臆病。

 柔らかい雰囲気もある。


 一緒に居ると落ち着く――。


「迷い人?」


 魔人の女性が聞いてきた。

 ユノアの困っている姿を見て、代わりに言葉を添えたように感じた。


「珍しい組み合わせね」


 ふたたび光精霊の女性が続ける。

 目の前の二人の種族は、間を置かずに話のリズムを作っていく。


 息のあった掛け合いだ。


「特にこの黒いのは……」


 今度はお姉ちゃん。

 風のように会話を運ぶ。


「おい、誰が黒いのだよ!」


 ここまでの会話のリズムを壊すようなニアの言葉が響く。


 ニアに寄り添うイリスの耳がわずかに動いた。

 それでもイリスは、吠えることすらせず、大人しくその場に座ったまま。


 イリスはとても賢い仔だ。

 冷静な狼だということも分かる。


 ニアの雰囲気がユノアと似ていると感じたのか、ずっと離れない。

 見た目も可愛いし、もふもふが堪らない。


「誰もニアのことを言ってないと思う」


 私は、ニアの傍にいるイリスを撫でながらユノアの方を見た。


「?」


 ユノアは、何事だろう? というような表情をするだけ。

 やり取りを、ただ静かに眺めているように見えた。


 普段、迷い人が来ないかを見守っているだけのユノア。

 彼女にとって、今までに触れたことのないものを目にしたのだから、戸惑うのも無理はない。

 だから、どう接していいか分からなかったというのが私の推測。


 それは、意外と的を射ていたのかもしれない。

 きっと、そうだ。


 不器用さも、どことなくニアに似ている。

 もっと、ユノアが好きになっていく。


 今は、ユノアの方がずっと迷い人らしく見えた。


「きみたちは、愉快だね」


「ええ、本当に。ユノアやイリスがまったく警戒もしていない」


 ユノアは、少しだけ言葉を探すように口を開いた。


「えっとね……。うん、迷い人。わたしの心を惑わす、理に迷う人」


 言葉が見付からないときの、不器用な答え。

 くったくのない声が聞けたことが、凄く嬉しかった。


 ユノアの心にふれられたと実感したから。


「そうかい。なら、きっとここの里の者はみんな歓迎する。ゆっくりしていきなさいね」


「ありがとう。じゃあ、行くね」



 精霊と魔人の二人の女性と別れた私たちは、ユノアの案内で、さらに丘の高い場所へと向かった。


 緩やかな坂道をひたすら上っていく。

 そして、坂道も折り返しを迎えた頃、少し先を歩いていたユノアがふと立ち止まった。


「ラクラス、こっち」


 そう言って、ユノアが自然に私の手を取る。


「あっ……」


 不意のことに、思わず声が漏れた。


 ユノアも自分のしたことに気付いたのか、頬を淡く染める。

 それでも、手は離れないどころか、ほんの少しだけギュッと強く握られていた。


 ユノアの緊張が伝わってくるようで、何だか私も恥ずかしくなってきた。

 頬が熱い……私の顔も赤く染まってしまっているに違いない。


 ほのかに汗ばむ二人の手と手。

 伝わる体温。

 意識をすると、胸の鼓動も早くなる。


 迷い人以外の人との心の触れ合いには慣れていないユノア。

 可愛い子には目のない私。

 同じ緊張でも、意味が異なっている。


 可愛いもの好きの私でも、戸惑うほどにユノアが純真だったことを理解した。


 だけど、ユノアの心までは読めない。

 それでも、心の距離が縮まった……はず。


 そう思うことに、今はしておこう。

 落ち着こう――。


「なんだ、ララ。顔が赤いぞ。おまえ白いから目立つんだよな! 今日はお疲れか? 少し休むか?」


「だってよ~。ララちゃん」


 お姉ちゃんは満面の笑みだ。

 きっと分かっていて、私とユノアで遊んでいる。


「えと……。疲れてない。ニア、大丈夫だから、ね」


「おう、そうか。まぁ、無理はすんなよ」


「う、うん……。分かった」


 それから、何となく手を離せないまま、ユノアの隣を歩いた私。

 たくさん触れあって、たくさん話していくうちに、ユノアの柔らかい自然な表情が見えるようになってきた。

 そして、いつの間にか心も近付いていた。


 手と手を取る。

 それだけでも、想いは交わる。

 改めて、そう実感した。


 丘を登るほど、神秘的で大きな建物や、空へ伸びるような背の高い建物が増えていく。

 こんな森のなかに、緑に馴染む光があふれた里があったなんて思いもしなかった。


 私が思っていたような木造の住宅が集まったような集落ではなかった。

 飴乃国の街並みにどこか似ていて、閑静で整った佇まい。

 それでいて、神聖な気配と太古の気配を重ねたような懐かしい景観。


 ニアが興奮したことにも、頷ける。


 街の最奥には、大樹の都にあったものを思わせる大樹。

 そして、近くに感じる大きな魔力の流れ――。


 ここで目にするもの。

 ここで手にするもの。


 それが私たちにとって、何を意味しているのか。


 博士が私たちに、渡したもの。

 空に続く道の鍵は――。


 まだ欠けたまま。


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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

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