第百十九話 少女と白い狼
「同族?」
ニアが、少女に問う。
「あなたは……。ほかのふたりとは違う。でも一緒」
少女は、とても落ち着いている。
興奮気味のニアとは対照的だった。
(間違いない……)
(ララちゃん、私もそう思う)
(おい! 何がだよ?)
(ややこしくなるから、ニアは黙ってて)
(ああ……、ララすまん……)
「どういうこと?」
私は率直に、少女に尋ねてみる。
「魔力のかたち……」
そう言って少女は、優しい白い魔力を宙に浮かべた。
(魔力の気配がないのになぜ……?)
「何でだと思う?」
「「「!?」」」
最初から、すべて筒抜けだった?
魔人に念話を聞かれていた時と同じだ。
やはり、同化の魔法では測れない何かがある。
「念話は、止めるね。きっと貴方には無駄だから。私はラクラス。貴方は?」
「わたしはユノア。この子は白狼のイリス。あとのふたりは?」
「ああ……ニアだ。そっちのがメルト」
言葉は、通じる。
意思の疎通もできる。
私たちがふれてきた世界と、何も変わらない……。
違うのは容姿だけ。
背に広がる純白の眩い小さな羽。
そして、種族の象徴。
「さっきの答え。ニアだけ、私と同じ理を持っている」
私とお姉ちゃんの推測は、当たっていた。
『精霊核』。
おそらくそれを、理と識別している。
「ユノア。貴方はどうして、ここにいるの? 隣にいる仔は、魔物だよ……ね?」
ユノアは静かに首を縦に振る。
「そう……なるね。わたしはここで、迷い人が来ないかを見守っているだけ……」
迷い人……。
人の魔力に敏感な魔物。
支配の一族が持つ核。
異なる種族が繋がっている?
それはさておき、ここは聖域――光精霊の住む場所に近いのだと思う。
星砂糖の森でも同じ現象が起きていた。
ニアの故郷で暮らすエルフのミザリア。
彼女も転移に巻き込まれた一人。
次元の断層が起こりやすい場所で迷い込む。
繋がりがありそうだ。
「ユノちゃんが感じたのって、これ……だよね?」
お姉ちゃんが、ユノアにペンダントを見せる。
「うん。えっと、ちょっと待ってね」
「「「えっ!?」」」
突然、新しい気配を感じた。
どうやって現れたんだろう?
「この空間にいないと、魔力に直接ふれられないの……。あぁ、なんて懐かしい。そして、なんて温かいんだろう――」
「分かるの?」
「うん……。ラクラスのは髪飾りにあるね。ニアのは指輪に」
私は、髪飾りにそっと指を添わせた。
心にほのかな安らぎを感じる。
私は確信を込めて、ユノアに質問する。
「ユノア、貴方は光精霊……だよね?」
ユノアが綺麗な瞳で私を捕まえる。
それから少しだけ私を見つめて、ゆっくりと言葉を編んでいく。
「そう……。わたしは、空に舞う白い羽を持つ一族の娘。そして、ここはもう――光の聖域。ラクラス、貴方はまた聖域を越えてきた」
「越えてきた?」
柔らかな風がそっと吹き抜けた。
「正確には、私がここに導いた。私がそうしなくても、ラクラスはきっと、ここにきた。同族の気配がしたから、ふれてみたかったの。だから、私が呼んだ」
興味本位だけ?
「ユノアは……、本当は何をしたかったの?」
「分からない。ただ……わたしにも、月の力があるから。それは、ラクラスと同じだけど違う」
「言葉にならない感覚。ただそれを確かめたかっただけなんだね」
ユノアは静かに頷いた。
その傍らで、イリスがゆっくりと顔を上げた。
私たちを見たあと、ユノアの隣へ戻る。
白い狼は何事もなかったようにその場に伏せ、ユノアへ静かに寄り添っている。
「でも、どうやってここに現れたの? 目の前に見えるのに、まるでここにいなかったみたい」
「それはね……、私たち一族が、空の理を支配しているから。だから、同じ場所にいて、空間を置き換えただけ」
「空の理か……。なるほどな」
「ニア、空の理について、なにか知ってたの?」
ニアの理解したような言葉に、思わずお姉ちゃんが反応する。
無理もない。
ニアが確信めいたことを言う。
それは、意外という他に説明がつかないのだから。
「まぁな。ララだって、想像したらその答えに辿り着いたんじゃないか?」
「どういうこと?」
「そうかも! ほら、博士の本。転送魔法」
ニアが誇らしげに頷いている。
その傍らで、ユノアが反応する。
「……博士?」
ユノアは、その言葉を小さく繰り返した。
それから、何も言わなかった。
ユノアが言葉を継がないことを確認して、私はニアに声をかける。
「ニア、凄い。よく気付いたね!」
「ま、まぁな。それにな、ララがオルドシークから習った文字置換の魔法。あれも、ほら……、なんていうか、闇精霊が支配する理っていうか……」
ますます誇らしげなニア。
けれど――。
「それ、知ってたなら言って欲しかったな」
思わず本音を零してしまった。
「え……? おい、それってそんなに重要なことだったんか?」
少し呆れたけれど、ニアはやっぱりニアだった。
「ニアよ、ララちゃんに……。いや、言うまい」
やれやれと、両腕を大きく広げるお姉ちゃん。
それを見たニアは、不思議そうな顔。
悪びれる様子もない。
なのに、なぜか無意識に胸をなでおろしているニア。
そんな二人のやり取りが、ほんの少しだけ可笑しかった。
言葉と行動のちぐはぐなニアを眺めながら、私は今の気付きに目を向ける。
――理とは何か。
最初、精霊核のことかと思った。
実際は、もっと深いものだと感じる。
転送魔法について書かれた本。
記された技術と文字。
それに触れたから気付けた。
物事の本質に近いもの。
空間には空間の理が、文字には文字の理がある。
あのとき、オルドシークが私に託したもの。
それは、文字置換の魔法だけではなかったのかもしれない。
ここには、闇精霊の一族の大切な家族もいるのだから。
そして、今目の前で見たもの。
ユノアとニアが口にした『理』という言葉――。
それから、空と空間の理。
その言葉の違いは……。
「転送魔法……」
不意に、ユノアが静かに呟いた。
その言葉に、私はふと我に返った。
「それが、どうしたの?」
ユノアに聞き返す。
でも、すぐには答えが返ってこなかった。
イリスが、足元で静かに身じろぎする。
ユノアは、その白い狼に一度だけ目を向けた。
「わたしたちの里に案内するね。その方が早いと思うから」
私は、陽だまり色の輝きを宿した瞳を覗きながら小さく頷く。
その整った顔を見ていたら、先ほど『博士』と小さく呟いて口を噤んだユノアの姿がふと頭に浮かんできた。
それからしばらくして、ユノアが口にした言葉。
――転送魔法。
あの言葉に、ユノアは何を思ったのだろう。
そして、何を知っているのだろう。
その答えを求めて、私たちはユノアの背中を追った。
森の奥で、ひとすじの風が光を揺らしていた。
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