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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第四部 セレスティアル編 - 第二章 虚構に連なる真理

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第百十八話 陽影の花

 ティラミスを出て数日。


 海を渡り、陸を伝い、仲間と時間を重ねて。

 目の前にある未知を求めて、歩みを進める。


 ――白陽の森。


 古い文献に記されていた、ミストヘイズを包む森の名。

 でも、今もそう呼ばれているかは分からない。


 手にした文献の頁をめくる。

 紙の端は擦れ、頁の角も丸くなっている。


「それって、博士からもらったやつ?」


「うん。かなり古い文献だけど……」


 私は、もう一度その頁に目を落とす。


 博士が歩んだ道。

 今、そこに私も足跡を重ねているのかもしれない。


 ふと、そんなことを思った。




 飴乃国が立地するノッケルン雪山。

 険しい山の方から吹き込む冷たい風が頬を掠めた。


 寒さに冴える頭。

 凛と澄む森の空気。

 青空から降り注ぐ陽の光。


 陽の当たる場所には、一輪の綺麗な花が咲いている。

 流れる雲の影と木漏れ日が、光の華を散らしていく。


 微かな温もりがここにはあった。

 そのどれもが、私がここにいることを実感させる。


 穏やかな朝。

 静かな獣道に響く足音。

 薄っすらと立ち込める霧には、わずかな瘴気が混じる。


 魔人がいたときに比べたら、禍々しい気配を感じない。

 それでも、周辺に感じる魔族の気配。

 ここが、かつての私の故郷と似ていることは、紛れもない事実。


 過去に辿った道をなぞりながら、初めてこの地を訪れたときのことを整理していく。


 あのときは、リュミエールの『同化』がすべての答えだと思っていた。

 家も、集落も、そこにいるはずだった人々も。

 そのすべてが、まやかしだった。


 ――でも。

 今になって考えると、ひとつだけ分からないことがある。


 あのとき本当に、同じ場所に私たちは立っていたのか。


 まやかしが消えたとき、そこに現れたのは元の廃墟。

 けれど、その直前には空間そのものが裂けていた。

 あの現象を、私はまだ説明できない。


 あのときも、こんな霧だった。

 魔人を倒したあと、瘴気は消えた。


 けれど――霧まで晴れたわけではなかった。


 そして、瘴気……。

 穢れのような魔力の痕跡が、霧の中にわずかに溶けている。


 今思えば、あの廃墟を見たときにも、どこかおかしなところがあったのかもしれない。


 最初にこの集落を訪れたのは、日が落ちてから。

 あのときには見えなかった景色が、今は見えている。




 足元の枝葉を踏むと乾燥した音が森の中に甲高く響く。

 風が植物を掠めるたび、カサカサと湿り気のない音が返ってくる。

 鳥か獣か分からない鳴き声が、森の奥から響いてくる。

 なのに――姿がない。


 森の奥へ進むほど、霧は濃くなっていく。

 音だけが、近付いてくる。


 それなのに、生き物の気配はどこにもない。

 だんだんと、私の感覚が遠のいていく。


 ――音は、確かに聞こえている。


「あのときと同じだ……」


「お姉ちゃん? 同化の魔法を解いてない?」


 何か理由があるはずだと思って、お姉ちゃんには常に使ってもらっている。


「解いてないよ。なんで?」


「……前と同じなのに、違う」


「同化だけじゃ、説明できないってこと?」


「うん。そういうことに……なるね」


 私は、霧の向こうへ目を凝らした。


 白く霞んだ先に、何かが見える。

 木々の間から覗いているのは、崩れた建物だった。


 見覚えがある。


「……ミストヘイズ?」


 あのとき、私たちが辿り着いた場所。


 けれど、どうしてだろう――。

 前に見たときより、何かがおかしい。


「なぁ、ララ。奥に行ってみようぜ」


「うん……。ここにはもう、何もない」


 ニアの言葉に誘われるように、瓦礫を抜けていく。


 しばらく進むと、崩れた家々の向こうに、森へ続く道が見えた。


「こんな道、あった……?」


「ララちゃん、慎重に進もう」


 この異常さに、お姉ちゃんが身構える。

 その姉の姿を見ながら、私も頷いた。


 前にここへ来たときには、一瞬で景色が変わってしまった。

 気配も、音も、匂いも、何もなく。


 だから、気が抜けない。


「霧が濃いな。何も見えない」


 ニアの言う通り、何も見えない。

 私は、先を見ようと、霧の向こうへ目を凝らした。

 けれど、白く霞んだ森には何も見えない。


「私の探知魔法にも、何も引っ掛からない」


 お姉ちゃんの方を見る。


「同化の魔法にも、何の反応もないなぁ……」


 音だけが、さっきよりも近付いている。


 私は一歩、足を進めた。

 その瞬間、少しだけ鳴き声がハッキリと聞こえた。


 慎重にまた一歩と、距離を詰める。

 音がまた近付く。


 その瞬間――。


 霧の向こうに、淡い光が滲んだ。


「えッ? 何? お姉ちゃん、ニア、無事?」

「うん」

「あ、ああ……」


 二人の方を見ると、驚いた表情をしている。

 それでもお姉ちゃんは冷静。

 ニアは、感覚に捕らわれたように固まっている。


 朝の陽射しだろうか。

 私は目を細めた。


 そのまま、ゆっくりと一歩踏み出す。


 霧が、途切れた。

 突然、青空が広がった。


 奇妙な現象に、思わず後ろを振り返った。


「あ……れ?」


「ララちゃん、どうしたの?」


 私は、後ろを指差しながら答える。


「霧がある……」


 霧のない森には、一本の道が続いていた。

 獣道ではないような、何度も歩いて踏み固められた道。


 その先に、霧とは違う何かが白く見える……。


(ララちゃん、あれって……)

(そうだね。生きたものの気配。魔力の流れから……)


(あぁ……。間違いねぇな。あたしらの里の周りにも、色違いがいるしな)


 晴れた視界に徐々に目が慣れてくる。


 木漏れ日の中に静かに立っていたそれは――。


 狼。

 白くて……大きい――。


 白い狼は、こちらを見ていた。

 狼は、私たちを警戒しているというより、ただ見ているだけのようだ。


「……やっぱり」


 少女の澄んだ声。

 それは、小さな囁きのように零された呟きだった。


(何? 全く気配を感じなかった)

(あのときと同じだね……。同化の魔法でも分からなかったよ)


(魔人……ってことはねぇだろうな??)

(今のところ敵意は感じない……)


「何が?」


 警戒をしながら、私は答える。


 ほんの短い時間、陽だまり色に輝く瞳が狼を照らす。

 それから、透き通るような声が再び零れた。


「同族の気配がする」


 突如目の前に現れた、謎の少女。

 ここには一体何があって、どんな真実が隠されているのか。


 今の私には、全く想像が付かなかった。


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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

作品に興味を持っていただけましたら、「ブックマーク」や「ご感想」にて応援いただけますと幸いです。

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