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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第四部 セレスティアル編 - 第一章 空の向こうへ

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第百十七話 空を映す瞳

「博士。この本ありがとう」


「今のお主に適した最善の選択だったと思うが」


「空への道も、研究者としての未知も……。視界がひらけた気がした。でも、どうしてそう思ったの?」


 常に先のことを考えている博士。

 私がこの本を手にした先に何を見据えていたのだろう。


「人に問う前に、まずは、自身で考えてみることだ。その思考が、発想の芽を育てるからな。で、ラクラス。どうなんだ?」


「えと……」


 頭の中ではなんとなく分かっていても、言葉にするのは難しい。すぐには言葉が出てこなかった。


 私の様子を見た博士が言葉を継いだ。


「まぁ、いい。表情を見ていたら掴めたものがあったことくらい分かる」


「うん……。博士はいつも言葉に詰まらない。積み重ねてきた途轍もない経験。研究者だから、その姿勢が大切なんだと思った」


「まぁな。ラクラスにはラクラスの個性がある。焦らずに今まで通りでいることだ」


 そう言って、ストロー博士は、優しく微笑んだ。

 今の私には、その笑みの意味は掴めない。

 それでも、未来を映す博士の瞳にはきっと……。


「ところで、空に向かうには、転送魔法なくして行けないことを理解したか?」


「うん。目を輝かせたララちゃんの話をずっと聞いてたから!」


 私が得た知識を自信満々に答えるお姉ちゃん。

 心強い……?


「さすが、メルトさんですッ!」


 ベリーまで、お姉ちゃんを甘やかしている。

 姉との距離感が近付きすぎたベリー。

 なのに、ベリーだから許せてしまう自分もいた。


 でも、やっぱり私も……。

 そこに混ざりたい!


「うぅぅ……。ララさん、くすぐったいですって」


 研究室のソファーにちょこんと座るベリー。

 お姉ちゃんと私がベリーにくっついて、彼女をギュッと挟むように座る。


「なぁ……ララ」


 そんな遣り取りを横目に、向かいで佇むニアが、唐突に口を挟む。


「ん?」


 急に、どうしたんだろう。


「空の上ってどうなってんだろうな」


 子供みたいな目をして、ニアが私を見つめていた。


「その時に目にするから、いいんじゃないかな? 博士に答えを聞いたら想像はできるかもしれない。でも、それだけではきっと、得られないものもあると思う」


「そっか。だな! なぁ、ストロー。また、天青の間までいって、空までいくのか?」


 窓辺でティラミスの街並みを見下ろす博士が答える。


「焦るでない。その話の前に、行くべき場所があるだろう」


「そうだな。ミストヘイズに行くんだったな。今回はミスティアを頼りにできねぇしな」


 以前ミストヘイズを訪れたときには分からなかったこと。

 リュミエールの心が世界に還っていったあの時の『この地方には……』という言葉。

 その意味が今なら見えるかもしれない。


「うん。それに、アリヴィアがあの転送陣を使っているということは……」


「だね! 中央が干渉していて、さらには、エンシェント・ジュエルにも配慮が必要。魔力の隠蔽や、転送魔法を使った痕跡を隠すことなんて、そうそうお願いできないし」


 空へ向かう道は、思っていた以上に遠い。


「ミストヘイズの奥地へ行って、自分たちの目でいろいろと確かめてくるといい」


 今の私たちに足りないもの。

 自らの目で、深層に秘められた真実に辿り着くこと。

 博士は、それを自ら体現してきた第一人者。


 ルナリア族であり、セレスティアル出身。

 空に続く道を、博士が知らないはずはない。

 それでも、敢えてすぐに全てを教えようとはしない。


 お姉ちゃんが席を立ち、私の隣で手を引いた。

 そして、立ち上がった私を見ながら話しかけた。


「だね! 行こうよララちゃん」


 そう――。

 きっと、知っているんだ。


 私たちにとって、今必要なことが何かということを。


 それだけじゃない。

 セレスとティアの想いも、ルシアの願いも未来に届ける。

 そのためにも、彼女たちが辿るはずだった足跡を知る必要がある。


「迷うなんてとっくに消えている。ねぇ、お姉ちゃん……?」


「どうしたの? ララちゃん」


「一緒に……、一緒に、行こうね!」


 それだけ言って、姉の胸に身を委ねた。


 ああ……、温かい。

 ――幸せだな。


「そんなの――。本当に仕方ない子だ」


 お姉ちゃんが私をそっと抱きしめ、頭を撫でてくれる。

 その隣で、ベリーも私にそっと身を寄せてくれた。


「なぁ、ララ」


 私の至福の時間を壊すようなニアの声。


「な・に?」


 思わず冷たい言葉が漏れてしまった。


「あ、あぁ……。前に行ったときとは、違う景色が見えるかな?」


「それ今、必要……な・の・か・な?」


「ミストヘイズに辿り着く前に、何か違うものが見えてきそうだ」


 ニアの言葉に現実に戻った私は、お姉ちゃんとベリーから静かに離れた。


「私には、ニアがララちゃんに怒られる未来が見える」


 すでに少しだけ怒ってはいるけれど……、ニアだから仕方ない。


「きっと、前とは違うものが見えると思う」


「だよな!」


 ニアが嬉しそうに頷いた。


「ララさん、楽しそうですね」


 ベリーが微笑みながら声をかけてくる。


「新しいことにふれるときはワクワクする。でもね、悲しいことだったら、きっと痛みを感じてしまう」


 以前訪れたときには、何も分からなかった。

 ただ、リュミエールが世界へ還っていく姿を見届けただけ。

 あのとき聞いた言葉の意味も、まだ明かされていない。


 でも――。

 私たち自身が歩いた先で、その答えを見付けたい。


「ラクラス」


 博士の声に顔を上げる。


「なに?」


「いつ、なんどき、どこで、何が待っているか分からん。だからこそ、見たものをそのまま受け取ることだ」


「そうだね。知っているつもりで、理解していないことも多い。そのことを、何度も経験してきた。だから――」


 博士が頷く。


「ああ、それでいい。分からないものをそのまま持ち帰る。それも研究者の心得だ」


 その言葉を聞いて、少しだけ笑った。


 博士らしい。

 分からないことを、無理に分かったことにしない。


 きっと、それも自分の目で確かめるということなのだと思う。


「博士は、ここに残るんだよね?」


「ああ。私は忙しい。やることが山積みだ」


 机の上には、いくつもの資料が並んでいる。


 私たちが今までに持ち帰ったもの。

 これまでの研究。

 そして、まだ答えの出ていないもの。


 ストロー博士は、それらを一つずつ見つめていた。


「何か分かったら、通話機で知らせる」


 通話機を持たない博士に、お姉ちゃんが自分の通話機を渡した。


「分かった。受け取っておく。いつでも構わんから連絡をするといい。こちらから連絡することもある」


「うん」


 離れていても、繋がっていられる。

 そう思うと、不思議と心強かった。


「今日も泊まっていくといい。ベリー、お願いできるか?」


「喜んで♪」


「ベリーが張り切ってる……」


 お姉ちゃんが、くすっと笑った。


「だって……。私、みんなが大好きですから!」


 美少女の大好き。

 いつ聞いても心が溶かされてしまう……。


 私は窓辺に立ち、広がる景色を瞳に映していた。


 ティラミスの街並み。

 人々の営み。

 その向こうに広がる空。


 時を越え、大地を越え、海を越え、世界を巡る空。

 その先に続く道には、今はまだ届いていない。


 だからこそ――。

 まずは、目の前にある道を歩こう。


 自分たちの目で見て。

 自分たちの足で進んで。


 いつか、セレスとティアの想いも、ルシアの願いも。

 その先に待つ未来へ、届けるために。


 私は、空の向こうに広がる景色を思い描いていた。


今回で、第一章は終了です。

次回より、第二章「虚構に連なる真理」が開始となります。


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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

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