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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第四部 セレスティアル編 - 第一章 空の向こうへ

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第百十四話 視界に広がる境界

 赤に青が溶け、境界が薄れていく夕闇。

 世界が夜を纏い、空に静寂と微かな明かりが満ちていく。


 風が星を運び、太陽は眠りにつく。

 色が地平線へ沈む頃、黒い安らぎが街を巡り始める。


 遠く離れた台地にも、手を伸ばしても届かない空にも、深い海の底にも、天冥の理が流れている。


 祈りと願いによって編まれた想いは、ティラミスでも変わらない。



 ――浄化の魔石。

 天地冥を行き交う幾重もの想いを宿し、長い時のなかで育まれた希望の欠片。


 ニアの記録を取りながら、浄化の魔石の解析をしていく博士。

 その傍らには、いつも優しいベリーがいる。


 二人の存在が、これから行われる人智を超えた干渉の行く末へ私の意識を向けさせる。


 精霊核に浄化の魔石を重ねた先に待つ答えを知る者なんているはずもない。

 穢れと浄化が巡り、その先に何が生まれるのか――。


 それは、かつてベリーに行われていた実験とは正反対のようにも思えた。


 魂を器から抜き取り、命を持たない素体へ疑似核を押し込む。

 失われる記憶。死者の想い。誰かの願い。

 それらを残した果てに生まれた、ひとつの存在。

 『世界の残酷さ』を凝縮したような真実を抱えながら笑う女の子。


 幸福と絶望が同じ器に詰め込まれて誕生した、ベリー。

 その姿を見ていると、ふと、遠い日の光景が脳裏をよぎった。


 ――赤い色。

 故郷を襲った、あの悪魔。

 村に燃え広がっていた炎。

 流れた犠牲の色……。


 それなのに――。

 あのときは、ただ淡々としていて……。


 乱れた魔力を吐き出す魔核も、狂気に染まった姿も、私の前に刻み込まれた感情の影さえも。

 私の心を揺らすことはなかった。


 目の前で失われていく命を想像していた。

 この先に待つ結末も、分かっていた。


 それでも、大切なものを失った人間が抱くような悲しみを、私は感じることができなかった。


 自分は冷酷で、無慈悲なのだと。

 あの頃の私は、そう思っていた。


 でも今は、その記憶が以前とは少し違って見える。


 赤い魔石。

 悪魔が最後に残したもの。


 赤い魔導石。

 ベリーの胸に宿る命を映したもの。


 どちらも、過ぎ去った時間のなかで消えてしまうはずだった何かを、今へ残しているのかもしれない。

 あるいは、残されたものに別の意味を与えるものなのかもしれない。


 その二つは、私の知らないところでどこか繋がっているような気がした。


 でも、それが何を意味するのかなんて分からない。


 記憶の奥に沈んでいた赤。

 ただ……それが、今になって静かに浮かび上がってきた。


 そして、目の前にはベリーがいる。


「……ベリー?」


「はい?」


 呼びかけると、彼女は優しく微笑みながら振り返る。


 ――いつもの穏やかな表情。

 それを見ながら、私は胸の奥に浮かんだ疑問を飲み込んだ。


 残すことと、取り除くこと。

 それは、本当に正反対なんだろうか。


「博士……」


「なんだ?」


 書物から視線を上げることなく、博士が答える。


「これからニアにすることは……虚継ぎとはまるで逆のように感じる」


 博士の手が止まった。

 そして、彼女の視線が、ベリーの方へと向いた。


「目的だけ見たら、そう……だな」


「目的だけ?」


「ベリーには、失われるはずだったものが残された。ニアには、そこにあるものを取り除こうとしている」


 博士はそう言いながら、机の上に置かれた浄化の魔石へ視線を落とした。


「だが、どちらも核に触れることには変わりない」


 その言葉はとても重たかった。

 私の心を静かに抉りながら、心の深いところに沈んでいくようだった。


 生きた素体へ異なる性質の力を重ね、本来存在しないものを取り除く。

 かつてベリーを生み出した虚継ぎとは、確かに逆の干渉に思える。


 けれど、どちらも命の核へ触れるもの。


 その境界に立つのが、ストロー博士。

 記憶を研究し、生命に触れ、私たちがまだ知らない領域へ手を伸ばしている。


「あたしを救うため……なんだよな?」


 恐怖が息に潜むような雰囲気に、ニアが不安を吐き出すように声にした。

 少し間が空いて博士が答える。


「救う……か。虚継ぎが壊すための秘術なら、そうなるのかもしれんな……」


 静かで淡々とした声。

 時間が凍ったように動かなくなる錯覚を覚えた。

 小さな沈黙さえ、微かな不安を積み上げていく。


「はいっ、この話はここまで」


 沈黙をふわっと破るようなお姉ちゃんの声。

 雰囲気が一瞬で変わる。


「そうだな」


 現実へ引き戻すような、温度を帯びた短い返事。


 いつもの博士だ。

 緊張がほどけてホッとした。


 ニアを救うためなのか。

 それとも、博士にとっては研究の一端に過ぎないのか。

 その境界さえ、私には見えなかった。


 ベリーが生まれた理由も。

 虚継ぎが残したものも。

 浄化の魔石が持つ力も。

 そして、これからニアの精霊核に起こそうとしていることにも触れられない。


 だから、考えても仕方ない。

 考えるほど、その答えからは遠ざかっていくだけ……。


 生と死。

 記憶と魂。

 穢れと浄化。


 残るものと、取り除かれるもの。

 それらは別々のものだと思っていた。


 でも、核へ触れるという一点で繋がってしまう。


 その先にあるものが、何なのか。

 私にはまだ分からない。


 もし、この先にある答えが、私の知っている命というものを根底から覆すものだったら。

 もし、ニアを救うために触れる場所が、私たちがまだ触れてはいけない領域だったら。


 それ以上考えると、怖かった。


 零へ還る場所に立つ科学の境地。

 そこへ近付こうとするほど、胸の奥に冷たいものが沈んでいく。


 その領域には、まだふれてはいけない。

 そこへ踏み込めば、もう戻れないような気がする。

 そんな気がした。


 私はベリーから視線を逸らし、机の上の浄化の魔石へ目を向けた。


 白く静かな輝き。

 その奥には、幾重もの想いが巡っている。

 長い時を超えた真実が眠っている。


 ただひとつ。

 揺るがないものがあるとすれば――。


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第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

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