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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第四部 セレスティアル編 - 第一章 空の向こうへ

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第百十三話 記憶と想いを結ぶ風

 夕方に差し掛かる前の穏やかな時間。

 口のなかに広がるミルクと果実の混じり合った甘い味。


 研究室の一角には、優雅とは呼べない景色があった。


「お嬢さん、紅茶よりも君が欲しい」


「もぅ! やめてください。あぁ……くすぐった……」


 ふわっとした栗色の短い髪を乱しながら、白い肌を薄い桃色に染める少女に、桜色の頬を摺り寄せる少女が迫っている。


 ベリーが可愛いのが分かるけれど、むしろ私も混ぜて欲しいというか。

 姉が取られたようで、少し複雑な気持ち。


 それでも、美少女がじゃれ合っている姿からは目が離せない。


「おい、そう言いながら、お前もそいつに付き合うなよ」


「私、そのぉ……、イヤじゃないです……」


 ニアの言葉に、控えめに反応したベリーが可愛いのなんのって。


 その時だった。部屋に『バチッ』と懐かしい音が響いた。


「あた、いたた……」


 何かが弾けた音と共に、ニアの表情が歪んだ。


「悪い奴の気配がしての」


 白衣姿の幼女が冷徹な眼差しをニアに向け、何かの記録を取っていた。


「おい、ストロー。またやりやがったな。今回のはちょっと……全身痛かったぞ」


「あらぁ、ニアちゃん。肌が黒焦げ。何をしたらそうなるのかしら?」


 さっきまでベリーを可愛がっていた? お姉ちゃんは、そう言いながら、今度は博士に近付いて、ぎゅ~っと抱きしめた。


「おぃ、こら。メルトよ、止さんか。やめぇ~」


「やっぱり……、ちっちゃい子はカワイイ!!!」


 博士たちとの久し振りの再会に、暴走気味のお姉ちゃん。


 底知れぬ冷たさを抱く博士も、お姉ちゃんの前では変な声まで出している。


 姉の二人への大好きは、誰にも止められないのかもしれない。


 目の前で無邪気にじゃれ合う二人。

 その犠牲となった博士とベリーを尻目に、ニアがお姉ちゃんに言葉を返す。


「ぐぬぬ……。肌が黒いのは元からだ。そんなことよりもメルト、暴れすぎだろ」


「えぇ~。せっかく楽しんでたのにぃ……」


 普段は静かな科学研究都市の中枢。

 高度な最先端理論が日々進化を遂げていく未来を紡ぐ部屋。

 ここにも、色んな顔がある。


 この賑やかなひと時も、大切な一瞬だと改めて思った。


「ところで、ストロー。さっきから一体何を記録してるんだ?」


 電気を体に通されたニア。

 彼女は、先ほど博士が取っていた記録にふれた。


「おお。ニアよ、たまには良いところにふれるではないか」


「『たまには』は余計だ」


 ニアは、少しだけ不服そうにそっぽを向いた。


「お主の精霊核を流れる魔力の性質や、他の魔力の干渉を受けたときの反応を調べていた」


「それをして、なんになるんだ?」


 確かに気になる。


 少しだけ優しい顔になった博士を、そっと解き放つお姉ちゃん。


 博士はふぅっと息を吐き出して、ニアの方を向いた。


「ようは、リエージュに旅立つ前の穢れの状態や、お主の魔力の状態に変化がないのかを調べるための記録だ」


「ニアが悪い奴だから、記録を取られるのは仕方ない」


「それは否定しない。今回もついでに悪いところを治しといたぞ。少しは感謝して欲しいものだ」


 博士の言葉にニアは体のあちこちを動かす。

 それから、返事をした。


「そう言われてみたら……。悪いな。ありがとう」


「ラクラスよ、記録には少し時間がかかる。だから、大樹の都での話を聞く前にさせてもらった」


「大丈夫。必要なことをして欲しい」


「お主はどこぞの誰かと違ってできた子だ。どちらにしても一区切りしたし、片付けや次の準備をするから、しばらくくつろいどくといい」


 博士の言葉に、その場にいた全員がちらっとニアへ視線を送る。


「お、お前らな……」


 そんなニアの声を受け流し、私は博士に返事をする。


「わかった」


 私が頷くなり、その姿を見た博士はベリーに紅茶の淹れ直しとお菓子の追加を依頼して、部屋の奥へと足を向けた。



 それからしばらく、私たちは大樹の都で起きたことを博士に話した。


 紅茶を口に運び、ときどきお菓子をつまみながら、一つずつ慎重に、正確に伝えていく。


 すべてを話し終える頃には、テーブルの上の紅茶もすっかり少なくなっていた。


「……そうか」


 博士は、短くそう呟いた。

 それだけだった。


 けれど、その声には何かを確かめるような響きがあった。

 博士は手元の記録へ視線を落とし、しばらく何も言わない。


 やがて、一枚の紙を指先で軽く叩いた。


「浄化の魔石が……現れたのか」

「うん」


「そして、ニアの穢れは残ったまま、と」

「そうだ」


 ニアが答える。


「そうか。ふむ、なるほどな……」


 ニアの返事に、博士は頷いた。


 その表情からは、驚いているのか、何かを予想していたのか、私には分からなかった。


「……博士?」


 私の呼びかけに、彼女は顔を上げる。


「なんだ?」


「どうして……そんなに落ち着いてるの?」


「落ち着いている?」


「浄化の魔石は……、とても凄いものだった。なのに……」


「そうだな……」


 博士は微笑んだ。

 けれど、その微笑みはどこか遠かった。


「強いて言えば、次に何を調べるべきかを常に考えているからかもしれぬな」


「次に……?」


「そう。今回なら、お主らが持ち帰ったものをどう扱うかというところだ」


 そう言って、博士は私たちを順番に見た。


 その瞳の奥に何があるのか、やっぱり私には分からない。

 だけど、その瞳はまるで、『ソウルレコード』の話を知った日と同じだった。


 あの日、博士が言っていた『想いは力になるが、穢れもまた形を持つ』という言葉が示していた未来。


 そして、ニアが口にした、『……博士、変だよな。なんか、全部分かっているみたいな言い方だし』という言葉。


 私たちが話したことの先にある何かまで見えているようで――。


「……まあ、よい」


 博士は椅子から立ち上がる。


「話はよく分かった。まずはニアの状態をもう一度確認するとしよう」


「また……電気か?」


 ニアの表情が一瞬引きつったかのように見えた。

 でも、体が楽になるなら、快感?


 想像すると怖い。

 考えるのは止めておこう。


「嫌なら別の方法にするが?」


「……いや、やってくれ」


「素直でよろしい」


 博士が小さく笑う。

 その笑顔は、いつもの幼女の表情に戻っていた。


 なのに私は、さっきの一瞬だけ見えた瞳をなぜか忘れられなかった。

 その瞳が――、あの日と同じ、私たちの行く未来を映しているようだったから。


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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

作品に興味を持っていただけましたら、「ブックマーク」や「ご感想」にて応援いただけますと幸いです。

― 新着の感想 ―
読みました〜! ベリーとメルトのやり取りが可愛すぎです♡ 「ちっちゃい子はカワイイ!!」のメルト、完全に暴走してて好きです笑 最後の「私たちの行く未来を映しているようだった」というところも印象に残り…
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