↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第三部 番外編 - 祈りと願いを描いた日

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

131/138

第七話 見つめる先

 朝の光が、ゆっくりと部屋へ差し込んでいた。

 薄く開いた窓から入り込む風が、カーテンを静かに揺らしている。


 聞こえてくる街の音。

 遠くで鳴る金槌の音。

 誰かが店を開く気配。


 飴乃国は、今日も変わらない一日の始まりを迎えていた。

 けれど、私が見る景色はあの日とは違っていた。


 私はベッドから起き上がり、窓の外へ目を向ける。


 以前、この街を訪れた時も同じように、この景色を見ていた。


 綺麗な街。

 珍しい工房。

 色鮮やかな装飾品。


 あの時の私は、ただその美しさに驚いていた。

 今は、その景色の中にいる誰かへ目が向いている。


 通りを歩く職人。

 店先へ商品を並べる人。

 小さな工房の扉を開ける人。


 その一つひとつに、その人が過ごしてきた時間があるように感じた。


 数日前に、ミントの絵を見たからだろうか。

 ただ綺麗だと思っていた景色の奥に、誰かが過ごした時間が静かに重なって見えた。


「……起きてたんだ」


 後ろから声が聞こえる。

 振り返ると、お姉ちゃんが眠そうに目を擦りながら立っていた。


「おはよう、お姉ちゃん」


「おはよ~。朝から窓辺で物思いにふける妹……。これは絵になるね」


 いつもの調子。

 変わらない笑顔。


 それだけで、少しだけ安心する。


「また変なこと考えてる?」


「失礼な。私はいつだって真面目に妹を観察……じゃなくて、愛でているのです」


「今、言い直したよね?」


「気のせいです」


 お姉ちゃんは楽しそうに笑った。


 このやり取りも。

 きっといつか思い出になる。


 そんなことを自然に考えてしまう。


 前なら、そんな風には思わなかった。

 時間は過ぎていくもの。

 失われていくもの。

 そう思っていた。


 でも。

 残るものもある。

 誰かが覚えている限り。

 誰かが大切に思う限り。


 その時間は、消えてしまうわけではない。


「ララちゃん?」


「……ううん。何でもない」


 お姉ちゃんが首を傾げる。


 私は小さく笑った。


 少しだけ。

 世界の見え方が変わった気がした。




 朝食を終えた頃。

 玄関へ向かうと、そこにはニアが待っていた。


「遅い」


「ごめん……」


「別に待っていない」



 そう言いながら、ニアは少しだけ視線を逸らす。


 以前と変わらない。

 でも、少しだけ違う。


 この街へ来た時のニアは、周囲を珍しそうに見ていた。


 飴色の装飾。

 職人たちの技術。

 街を彩る様々なもの。


 初めて見るものばかりだったから。


 けれど今のニアは、少し違う。

 知っている場所へ戻ってきたように、静かに街を眺めている。


「ニア、この街どう?」


 お姉ちゃんが尋ねる。


「……悪くない」


「それだけ?」


「それ以上、言葉にする必要があるのか?」


 ニアらしい答え。

 でも、その視線は柔らかかった。


「短い時間しかいなかったのに?」


 私が呟くと、ニアはこちらを見る。


「時間の長さだけで決まるものではないだろう」


 その言葉に、少し驚いた。

 ミントの言葉が、ふと蘇った。


 短い時間でも。

 そこに残ったものは、消えないのかもしれない。


「……ニアも、そう思うんだね」


「何がだ?」


「ううん。何でもない」


 ニアは不思議そうな顔をした。

 でも、追及はしなかった。


 それもいつものことだった。




 街へ出る。


 以前歩いた道。

 以前見た店。


 それなのに、目に映るものが少し違う。


 小さな工房の前。


 年老いた職人が、一つの飾りを丁寧に磨いている。

 その手には、長い年月が刻まれていた。


 完成した作品だけではない。

 そこへ辿り着くまでの時間も、きっと、この人の中に残っている。


「ララちゃん、どうしたの?」


 お姉ちゃんの声。


「……何でもないよ」


「最近、その答え多くない?」


「そうかな?」


 笑いながら歩く。


 以前と同じ街……のはず。

 なのに、私の中で、何かが少し変わっていた。


 綺麗だから見る。

 珍しいから見る。


 それだけじゃなくて、そこにいる誰かの時間まで想像するようになった。


 ミントの絵が教えてくれたこと。

 本が教えてくれたこと。

 そして、この街で過ごしてきた時間。


 全部が、今の私の中で繋がっている気がした。


 その時。


「ラクラスさん?」


 聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、そこには――。


「アミサ」


 穏やかな笑顔を浮かべた少女が立っていた。

 今、この時間をちゃんと覚えていたいと思った。


 アミサは、少し驚いたように目を瞬かせた。


「やっぱり、ラクラスさんでした」


「久しぶり」


「はい。お久しぶりです」


 柔らかな色。

 ふんわり優しい空気。


 いつもと同じ温かさ。

 けれど、どこか少しだけ嬉しそうに見えた。


「メルト……ニアちゃんも」


「久しぶり~!」


「……おぉ!」


 お姉ちゃんは勢いよく手を振り、ニアはいつものように短く返す。

 その様子を見て、アミサは小さく笑った。


「皆さん、また一緒なんですね」


「うん。今回は少し長く、この街にいる予定なんだ」


「そうだったんですね」


 アミサの視線が、街並みへ向かう。


「それなら、また色々案内できますね」


 その言葉に、お姉ちゃんが嬉しそうに頷いた。


「本当? アミサの案内なら安心だね」


「メルトも、この街のことは詳しいでしょ~」


「私は好きな場所しか詳しくないから」


「それは知っています」


「えぇ……」


 即答されて、お姉ちゃんが肩を落とす。


 そんなやり取りを見ていると、自然と笑みがこぼれた。


 変わらない時間。

 あの日ミントが話してくれたことを思い出す。


 こういう何気ない瞬間も。

 いつか誰かの大切な記憶になるのかもしれない。


「そういえば……、ミントとは、最近会ったの?」


 私が尋ねたあと、アミサは少しだけ周囲を見渡してから答える。


「はい。お会いしました」


 アミサの表情が柔らかくなる。


「ミントちゃん、元気だった?」


 お姉ちゃんが尋ねる。


「はい。相変わらずです」


「やっぱり、絵を描いているの?」


「はい。朝からずっと描いていることもあります」


 アミサは少しだけ笑う。


「でも、ミントさんらしいです」


 その言葉に、私も頷いた。

 あの人は、きっと今日もどこかの景色と向き合っている。


「昨日、少し話を聞いたんです」


「話?」


「どうして絵を描くのかって」


 そう言うと、アミサは静かに目を細めた。


「それで?」


 その表情には、驚きよりも納得があった。


「ミントさんのこと、少し分かった気がします」



「聞いてもいい?」


 アミサは歩きながら、ゆっくりと言葉を続ける。


「もちろんです。私が知る限り、ミントさんはずっとそうでした」


「ずっと?」


 街を歩く人々へ視線が移る。


「誰かが大切にしていた時間を、いつも見つめていました」


「……」


「もちろん、今も綺麗な絵を描いています。でも、以前は……自分が納得できるものを追い求めていたように見えました」


 あの時、ミント自身も話していた。

 認めてもらいたかった頃。

 上手く描きたかった頃。


「でも、ある時から変わったんです」


「何かきっかけがあったの?」


 お姉ちゃんが尋ねる。

 アミサは少し考えるように間を置いた。


「きっと……誰かの言葉だったんだと思います」


「誰かの?」


「はい」


 それ以上は語らない。

 でも、アミサの表情から伝わってきた。


 ミントにとって、その出来事は今でも大切なものなのだろう。


「ミントさんは、出会った人や場所を大切にする人です」


「だから、旅をしているんだね」


 私が言うと、アミサは頷いた。


「はい」


 少しだけ空を見上げる。


「たぶん、ミントさんは忘れたくないんだと思います」


 その言葉が、静かに胸へ届く。


「景色が変わってしまうことも、そこにいた人がいなくなってしまうことも……」


 アミサの声は穏やかだった。


「それ、分かる気がするぞ。あたしも故郷に戻ったとき、同じような気持ちになったから」


 ニアの気持ちが痛いほど伝わった。

 私も、ニアの家族、居場所にふれたから。


「でも……忘れない方法があるって、ミントさんは知っているんだと思います」


 風が街を通り抜ける。

 工房の前に並べられた作品が、小さく揺れる。


「ミントちゃんの絵は温かいよね」


 お姉ちゃんが呟く。

 アミサは嬉しそうに微笑んだ。


「うんッ」


 少し間を置いて。


「あたしも……、なんだその、嫌いじゃないぞ」


 その言葉を聞いた瞬間。

 アミサとミントの関係が、少しだけ分かった気がした。


 きっと、アミサはミントの絵だけを好きなのではない。


 その絵に込められた時間も。

 その人が歩いてきた道も。

 全部含めて、大切にしているのだと思う。


「そういえば」


 アミサがこちらを見る。


「ラクラスさんは、今日はどちらへ?」


「まだ決めてないかな」


「それなら……」


 アミサは少しだけ笑った。


「よかったら、久しぶりに一緒に歩きませんか?」


 その言葉に、お姉ちゃんがすぐ反応する。


「賛成!」


「まだ何も聞いてないけど……」


「こういう時は勢いが大事なのです」


 ニアが小さく息を吐いた。


「相変わらずだな」


「褒め言葉として受け取ります」


 四人で歩き出す。


 昨日までとは違う。

 でも、どこかで繋がっている時間。


 私はもう一度、街を見る。

 以前なら気付かなかったものが、少しずつ見えてくる。


 店先に置かれた小さな飾り。

 誰かが磨いた硝子細工。

 長い年月を重ねた建物。


 その一つひとつに誰かの過ごした時間が残っている。

 そんな気がした。


 以前なら、通り過ぎていた景色。

 でも今は、その奥にあるものを探したいと思う。


 誰かが大切にしてきた時間を。

 誰かが残した想いを。


 その奥にあるものを、見つけられるようになったこと。

 それが少しだけ嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

作品に興味を持っていただけましたら、「ブックマーク」や「ご感想」にて応援いただけますと幸いです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。