第二話 重なる時間
見慣れた小柄な姿。
ニアが帰ってきた。
「戻ってきたぞ!」
ニアがいつものように肩を竦める。
「で? どちら様?」
相変わらずのお姉ちゃん。
構いたくて仕方がなかったかのような第一声。
「そちらの『ララちゃん』の連れだ」
少し表情を引きつらせながらも、お姉ちゃんの冗談に付き合うニア。
その様子も見慣れた景色だった。
「故郷はどうだった?」
私がニアに聞く。
「いつも通りだった。ノエルがラクラスにまた会いたいって。メルトにも会ってみたいって言ってた」
「それはノエルの頬が緩んだまま戻らなくなっちゃうね! 私も会いたいな」
「私もいつか会ってみたい。紹介してね!」
私たちの会話に頷くニア。
その後はしばらく口を噤んだままだった。
短い沈黙のあと、ニアがそっと空を見上げた。
「少し静かすぎるくらいだった」
その横顔が、少しだけ優しく見えた。
ニアが私とお姉ちゃんを見る。
「それで? 二人して着飾って、どこに行くんだ?」
「ふっふっふ~。聞いて驚け!」
お姉ちゃんが得意げに胸を張った。
変わらず平らなままの……。
私まで落ち込むからこれ以上は言わない。
「今日はララちゃんに私の大切なお友達を紹介する日なのです!」
「へぇ。」
ニアの視線が私に向く。
「よかったじゃないか。」
「うん。」
自然と頬が緩む。
新しい出会い。
少し前の私なら、不安の方が大きかったかもしれない。
でも今は違う。
世界は広くて。
まだ知らない優しい人が、きっと沢山いる。
想いはちゃんと、誰かへ届いていく。
世界の片隅で見てきた景色が、今も胸の奥に残っている。
「それじゃあ、ニアちゃんも一緒に来なさい!」
「は? メルトお前な。『ちゃん』って」
固まるニア。
「ダメだめ。拒否権はありませんので!」
「いや、あたしは――。おい! 聞こえてんのか?」
お姉ちゃんがニヤリと笑う。
「そこの黒い子」
一瞬、ニアの動きが止まった。
「……なんだ?」
「実は困りごとがありまして」
「帰るぞ」
「待って待って待って!」
私が思わず吹き出す。
「お姉ちゃん、それ私たちの最初の――」
「そう!」
お姉ちゃんが嬉しそうに指を立てた。
「記念すべき運命の出会いの再現です!」
「いや、あたし聞いてないぞ」
「ちなみにニアちゃんは年上なので、お姉ちゃん呼びが可能です!」
「いるかよ!」
「即答!?」
やり取りが可笑しくて。
気付けば私は声を出して笑っていた。
お姉ちゃんも笑っている。
ニアは呆れた顔をしている。
それなのに、少しだけ口元が緩んでいた。
こんな時間が続けばいい。
ふと、そんなことを思う。
失われたものは戻らない。
けれど――。
手の中に残った温もりは、こうして少しずつ増えていく。
「着いたよー!」
お姉ちゃんが立ち止まった。
そこは中心街から少し離れた静かな通り。
硝子細工のお店や額縁屋、小さな工房が並ぶ一角だった。
「ここ?」
「うん!」
お姉ちゃんが嬉しそうに頷く。
「アミサー! 来たよー!」
軽やかな声が扉の向こうへ溶けていく。
――しばらくして。
からん、と小さな音。
ゆっくりと扉が開いた。
「はい。」
現れた少女は、ふわりとした空気をまとっていた。
柔らかな栗色の髪。
優しく細められた、若葉を思わせる明るい緑の瞳。
暖かな陽だまりのような笑顔。
「うあぁ、メルト……」
「久しぶりー!」
お姉ちゃんが勢いよく抱き付く。
「わっ」
それでも少女は慌てない。
困ったように微笑んでいる。
「相変わらずですね」
「えへへ」
長い付き合いなんだろうな。
それだけで分かる距離感。
「紹介するね!」
お姉ちゃんが私を引き寄せる。
「ララちゃん! 私の自慢の妹!」
「自慢だったんだ……」
「もちろん!」
「初めまして」
少女が小さく頭を下げる。
そして、言葉を続ける。
「アミサ・スフィアです。メルトとは昔から仲良くさせてもらっています」
柔らかい声だった。
言葉を急がない人。
相手が話すための余白を自然に残してくれるような人。
「私はラクラス」
「ニアだ」
「はい。お二人のお話はメルトから聞いています」
「ララちゃんは可愛いし!」
「そこは大事!」
「ニアちゃんは格好いいし!」
「それはいらない」
「おぃ! メルト。てめぇ」
アミサがくすりと笑う。
「ふふっ」
その笑い方まで優しかった。
初対面のはずなのに、不思議と緊張しない。
アミサの周りだけ、時間の流れが少しだけ穏やかな気がする。
「まぁまぁ立ち話もなんですし、どうぞ中へ」
そう言って、彼女が扉を開ける。
中へ足を踏み入れた瞬間、甘い香りがふわりと鼻をくすぐった。




