第一話 残された温もり
「リシア、何をみていたの?」
「絵。不思議……」
大書庫、アーカ・ルミナ。
アルマとリシア。
二人の少女が肩を並べて歩いていた。
リシアの瞳が向かう先――。
閲覧室の一角の壁に飾られた風景画。
霧が晴れた日の薄明の街の遠景は、いつか見たあの日の色に似ていて――控えめな色のはずなのに、ほのかに温かい。
何度見ても、同じ場所にあるはずなのに、見るたびに少し違って見える。
そこに描かれているものが変わったわけではない。
きっと、見ているリシアの方が変わっているから。
「ほんとに不思議! ここを通る度、あの絵に目が留まっちゃうんだよね」
「アルマは分かってる。この絵、ニアと同じ。温かい」
淡々とした口調のいつものリシア。
それでも、アルマにはリシアの想いが伝わっていた。
「ラクラスちゃんたち、行っちゃったね」
「少し寂しい……」
リシアはそう言って、口を噤んだまま目線を落とした。
「『大丈夫さ。あたしならたくさん生きていられる。だから、あたしがいるうちは一緒にいてやるさ。あたしら、友達なんだからな』なんて口説かれたら、それは心も奪われちゃうよね」
リシアにとって、この街以外で初めてできた友人。
そのニアの言葉に込められた想いにリシアの心が重なった。
もうここにはいないニアの声。
なのに、リシアには、なぜか今も、すぐ隣からその声が聞こえる気がした。
大樹の都で、ただ静かに役目を果たしていた少女の中に生まれた小さな想い。
その小さな変化は、リシアの親しい友人、アルマの心にもそっと響いていた――。
――飴乃国。
リエージュを離れた私たちは、帰路の途中でシフォン国へ戻っていた。
飴乃国へ向かう経路が一番早かったこと。
それに、お姉ちゃんの実家がある場所だったことも理由のひとつ。
立ち寄ったついでに休養を兼ねて、しばらくお世話になることになった。
ニアは、たまには故郷に戻りたいと、飴乃国に着くと早々に星砂糖の森の奥にある闇精霊が守る聖域の一角、『月明りの里』へと向かっていった。
だからしばらくは、お姉ちゃんとふたりきりの時間を過ごすことになっている……!?
この街で少しだけ羽を伸ばしたら、シャルロットのコルベットを訪ねよう。
そして、これまでの一連のことを報告。
その後は、久しぶりの月停でエリオンから労いという名のご褒美を貰い、ルシリアやリニスとも募る話をするのもいいかもしれない。
今の私には、大切なものがたくさんある。
何にも縛られずあれこれ考える自由もある。
なんて幸せな時間だろう。
以前なら、こんな時間がいつまでも続くなんて考えもしなかった。
きっと、大丈夫……。
そんな小さな不安を抱えながらも、今はこの時間を大切にしたい。
そう思った。
「ララちゃん、お待たせ~」
喫茶『メルティ』から街へ出るついでに頼まれていた届け物はこれで終わり。
やることを終えてご機嫌なお姉ちゃんが、小躍りするように軽やかな足取りで、私の方に駆け寄る。
「!?」
私に近付くや否や、お姉ちゃんは私の手を取り走り始めた。
「ねぇねぇ、こっちこっち!」
お店のお手伝いを終えた私たち。
二人で過ごす時間が、きっと大切なものになる。
そんな予感だけが私の心を満たしていた。
楽しいひとときが始まった。
私のしたいこと、お姉ちゃんのやりたいこと。
それぞれが想い描く時間を共にして、互いの心を重ねていく。
半月という時間は、長いようで短かった。
気付けば、リエージュで過ごした日々は、遠い記憶ではなく、今の私の中にある大切な時間になっていた。
そんなとき。
お姉ちゃんからのお誘いで、お姉ちゃんの昔からの友人と会うこととなった。
『会うまでは内緒!』といって、どんな人なのかは一切教えてもらえない。
新しい出会いは新鮮で、ちょっとだけドキドキする。
それなのに、楽しみで仕方ない。
約束の時間より少し早く家を出る。
飴乃国の昼下がり。
街路に落ちる陽だまりがやわらかい。
通りに並ぶ硝子細工は光を受けて色を変え、風鈴のような飾りが揺れるたび、小さな煌めきが街を彩っていた。
「ふふーん。今日は楽しみだなぁ~」
隣を歩くお姉ちゃんはご機嫌そのもの。
鼻歌まで聞こえてきそうな足取りで、時折くるりと振り返っては私の顔を覗き込んでくる。
「そんなに仲のいい人なの?」
「もちろん!」
即答だった。
「私の大切なお友達の一人!」
その言葉に、お姉ちゃんらしいなと思う。
光に誘われるように、お姉ちゃんの周りには人が集まる。
そして、お姉ちゃん自身もまた、人を大切に想っている。
だからきっと――。
お姉ちゃんの周りには、優しい人が集まるんだ。
「ララちゃんにもきっと気に入ってもらえると思うよ~」
「ちょっと緊張するかも……」
「大丈夫、大丈夫!」
そう言って、お姉ちゃんが私の肩をぽんぽんと叩く。
「私が保証する!」
なぜだろう。
その言葉だけで、本当に大丈夫な気がしてしまう。
そんな時だった。
「おーい。」
妙に聞き慣れた声。
初めて出会うには懐かしい響き……。
振り返ると通りの向こうで黒い髪が揺れていた。




