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夢幻の少女ラクラス  作者: 明帆
第三部 リエージュ編 - 第七章 白の彩架

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第百八話 白い彩花の約束

 長い年月が流れたはずなのに――。

 二人の時間だけは、あの日のまま止まっているように見えた。


 三人で過ごした愛おしい日々。

 優しいひとときが、目の前に浮かんでくる。

 だから私も、ルシアという名前を忘れたくないと思った。


 沈黙だけが流れていた。

 想いが巡る静けさを、誰も壊そうとはしなかった。


 そんな静けさの中で、ティアがゆっくりと口を開く。


「ルシアは白いこの花が大好きでね……」


 そこまで話して、ティアは言葉を胸に詰まらせた。


「大樹が生まれる前、この場所は花畑だったの」


 セレスが宙に舞うひとひらの白い花弁を手のひらで受け止める。


「い……っつ……も。ル……シ」


 感極まったティアの声は言葉になっていない。


「この白い花は、ルシアの大好きだった花。どんな色にも染まるのに、元に戻らない色。だから白が好きなんだって……。魔力が満ちた日の夜。色とりどりに染まる花を見るのをいつも楽しんでた」


 どこにでもいる少女。

 誰にでもある日常……。

 そんな当たり前の時間が、この場所にはあった。


 少しの間が空いて、セレスが続ける。


「三人が過ごした最後の時間――ルシアは……この場所で笑ってた。そして――ひとしずくの涙だけを零して、光になって空気の中へ溶け……て……」


 セレスも言葉を詰まらせる。


「じゃあ……この白い花は?」


「不思議でしょ。ルシアはもういないのに――あの日から、ずっとこの場所だけ白い彩花が咲いているの」


「悲しい記憶なのに、不思議と優しい色になるの」


「きっと……ルシアが、笑っていてほしいって願ったから」


 失うのは一瞬なのに。

 それでも想いだけは、世界のどこかで生き続ける。


「寂しい……ううん」


 私は静かに首を振った。


「『笑っていてほしい』っていうルシアの想いが、今も巡っているんだね」


 ティアとセレスが静かに頷く。


 今なら分かる。

 想いは未来へ架かる橋。


 失われたのは過去じゃない。

 誰かと笑い合えた、かけがえのない日常だった。


 きっと、その想いだけは、大樹になっても消えなかった。




 長い沈黙のあと、ティアが穏やかな表情で言った。


「記憶も形もいつか変わってしまうかもしれない。でも――」


 少しだけ笑い、胸を抱くように両手をあてる。


「想いだけはずっと……ここに残ってる」


 セレスが続けた。


「私たちは、この場所を守ろうと決めた」


「そして、大樹が残した最後の記憶が、いつか誰かへ届く日まで、長い眠りについたの」


「世界が目覚める時を待っていたわけじゃない」


「私たちが残したかった想いを、受け取ってくれる誰かを待っていたの」


 胸が熱くなる。


 二人は、この瞬間をずっと待っていた。

 ここに誰かが辿り着くと信じて……。

 長い長い時のなかで――大切な人の想いを抱きながら。


「でも、ラクラスたちは違う」


「え……?」


「ニアを守ってあげて」


 ティアが真っ直ぐニアを見る。


「あなたたちなら、きっと間違えない」


「どうして、それを……?」


 ニアのことは話していない。

 なのに。


 ティアは優しく微笑んだ。


「私たちは、光の精霊」


「代々の樹天の巫女のそばで眠りながら、記録と魂の回廊を通して世界を見守ってきた」


「変わる景色は見えなくても、人の想いだけは伝わってたの」


 フィリエルが静かに頷く。


「懐かしいって感じた理由……フィリエルも分かった」


「あたしたち……」


 ニアが小さく呟いた。


 セレスが続ける。


「ニアの中の精霊核。それは、私たちと同じ光を宿している」


「だから、初めて会ったはずなのにどこか懐かしいって感じたの」


 ニアも静かに頷く。


「あたしも……何となく、そんな気がしてた」


「私たちは、陽も月も抱いてるんだ」


「そしてルナリアは――その光を人へ受け継いだ末裔なの」


 息の合う二人の言葉に、ストロー博士の話が頭をよぎる。


 夜に近い場所。

 天空に住む月の一族。

 精霊に近い存在。


 全部、一本の線に繋がっていく。


「浄化の魔石」


 ティアがニアを見る。


 セレスが言葉を足す。


「それを精霊核に重ねてみて」


「世界の理から外れた流れが、もう一度循環するはずだよ」


「どうやったら?」


 ティアは首を振る。


「私たちにはできない」


「魔力を導く回路を開く力は持っていないから」


 私は小さく息を吸う。


「分かった」


 お姉ちゃんが続ける。


「心当たりはあるよ」


 記憶を扱う研究者。

 魔力を増幅する理論。


 ティラミス。


 もう一度、ストロー博士を訪ねる理由ができた。


「えっと……ソラノア」


 突然名前を呼ばれ、ソラノアが顔を上げる。


「僕?」


 ティアは優しく笑う。


「ルシアのこと、忘れないで」


「…………」


 ソラノアは静かに頷いた。


 少しだけ間を置いて、私は口を開く。


「ねぇ」

「うん?」


「他の精霊やルナリアは……?」


 ティアとセレスは顔を見合わせた。


「光精霊の一部は、ミストヘイズの奥へ移り住んだ」


「そして、ルナリアと光精霊はね――」


 二人は同時に空を見上げる。


「「ここからさらに遥か先の空の上」」


「セレスティアルという街で、『空の監視者』として暮らしているんだよ」


「セレスティアル……?」


「ルナリアの始祖――ルーナとリナが名付けた街」


「この地へ残った娘たちと、種族を越えて、大切だった友を忘れないという想いが込められた街――」


 なんだか切ない。


 セレスとティア。

 街の名前は、二人の名前で――。

 大切な友を忘れないという『願い』でもあった。


「ここに残ると決めた私たちは……その場所へ続く道を、最初から知らないの」


 長い時間。

 残されたのは、その街の名に込められた願いだけだった。


 ティアが羽を一枚抜く。

 セレスも同じように羽を差し出した。


「これは?」


「私たちの羽」


「少しだけ心を落ち着かせる力があるの」


「お礼」


「それと――」


 セレスが透き通る小さな結晶を私へ渡す。


「綺麗……」


「ルシアが最後に零したひとしずく――忘れ形見、『ルシアの涙』」


「そんな大切なもの……」


 受け取れない。

 そう言いかけた私に、ティアが微笑んだ。


「いいの」


「私たちに必要なのは、終わってしまった過去じゃない」


「これからも誰かが笑って暮らせる世界だから」


「私たちの想いも、一緒に連れて行って」


「ルシアにも、いつかセレスティアルを見せてあげて」


 胸がいっぱいになる。


「うん。セレスとティアにもそのときの話を……いつか……また」



 言葉を続けたら、感情があふれてしまう気がした。

 だから、これ以上話せなかった。


「「約束だよ」」


 二人の願いに、気持ちをすっと落ち着かせる。

 それから、セレスとティア、遠くにいるルシアに聞こえるように、はっきりとした声で私の想いを伝える。


「ティアとセレスの想いも、ルシアの願いも――きっと、未来まで届ける」


 滲んだ視界の向こう側で――。

 まるで優しく笑いかけてくれているように、白い彩花が静かに色付いていた。


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作品にふれていただき、ありがとうございます。

第一話の世界観を映像で切り取ったPVを公開しました。

小雪舞う静かな夜や揺れた儚さなど、文字だけでは伝わりにくい幻想的な空気を感じていただけましたら嬉しいです。

動きと音楽を通して、ラクラスの世界を少しでも追体験していただけます。

Xの夢幻の少女ラクラスPVのポストからご覧ください。

作品に興味を持っていただけましたら、「ブックマーク」や「ご感想」にて応援いただけますと幸いです。

― 新着の感想 ―
ルシアのお話で思わずうるっときました(;_;) 白い彩花に込められた想い、ティアとセレスが長い時間ずっと大切な記憶を守り続けていたことに胸が熱くなりました。 最後の白い彩花が色付くシーンもとても綺麗で…
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