猛る修羅
念願の小説完結させたら、バッテリーが切れてしまったみたい……。
それを不満に思う輩が暴れ出して。ふぅ。
春の陽は午睡の中に流れ込む
花の香りとのどかな風と
これは春うららな頃、静かな午後に襲ってきた眠気に耐えられず昼寝をしてしまった、と云ったところでしょうか。
春眠暁を覚えずとも言いますが、覚えないのは暁だけではなく、食後も眠くありませんか? なんだったら一日中眠い。睡眠不足なので、とにかく眠い。自律神経がコントロールできないので、やたらと眠いのです。
う~ん、わたしには体力というものが無いらしい。
いや、完全に春バテだからなのか。やる気スイッチなるものは、どこかへ家出してしまった。ちゃんと探したよ。でも、どこにもないの。
せっかく長編連載を完結させたのだから、やりたいことはいっぱいあるのだけれど、腕がいうこと聞かなくて。
たぶん、これがスイッチ消失の最大の原因になっているのだろう。
わたしのストレス解消法は、絵を描くこと。
なのに、それができないのだから、ストレスは溜まる一方なのだ。
腱鞘炎再発中、なので。
実はタイピングも、あまり長くはできない。途中で手首が痛くなってくるのだ。そのうちその痛みというか、じわ~っとした地味なダルさが上腕に上がってくる。この辺の筋肉が鈍く、嗤うようになってくる。症状の説明としてはおかしいかもしれないけれど、まさにそんな感じなのだ。痺れてくるというか痙攣してくるというか。辛いというより、鬱陶しいというべきか。
やがて肩と首の筋肉がガチガチに固く硬直してくる。あ、末期状態。
薬を飲んでも、マッサージに行っても、一時しのぎにしかならないのだから、病状が過ぎ去るのを寝て待つしかないのだろうか?
すみませんね、こんなところで愚痴吐いて。
短歌は穏やかで静かな光景を詠んでいるようだけれど、わたしの中では修羅が暴れているのですもの。
修羅、阿修羅。インドの鬼神アスラの音写語ですね。
阿修羅といえば、おそらく国宝の、あの像を思い浮かべる方が多いでしょう。日本で一番メジャーな仏像かもしれません。
ですが興福寺の阿修羅像のお顔を観ても、鬼神としての猛々しさよりも、この世のままならなさへの感情のうねり――のようなものを感じるの。もちろん憂いを含んだ中性的なお顔も魅力的なのですが、細く儚げな身体つきなのに中央の手は合掌していて、悪鬼羅刹と戦うだけではない、その先を観ているような気もする。
弱さと強さを同居させ、蛇行を繰り返し暴れるストレスは、どことなく阿修羅にも似ているような?(個人の意見です)
思うよに動かぬ身体その中で
猛る修羅三面六臂
ストレスさん。阿修羅スタイルで攻撃するの、酷くない?
(「百億の昼と千億の夜」を呼んで以来、阿修羅は推しなのよね)
がんばってひとつひとつ片付けていこうと思うからさぁ。三面六臂で不満・意見・要望を言うのヤメテ!!
なんだったら、その身体貸して。三倍速であなたの苦情に対応できるかもしれないよ。あぁ、絶対貸してはくれないんだろうなぁ……。
ご来訪、ありがとうございます。
春だというのに、明るい話題でなくてすみません。
「百億の昼と千億の夜」は光瀬龍先生のSF小説、萩尾望都先生のがかなり大胆なアレンジで漫画化しています。どちらも中学生の頃、読んだ記憶があるのですが、かなり衝撃を受けました。おかげで修学旅行が楽しみで、楽しみで!(定番の「奈良・京都」ツアーだったの)
神社仏閣巡りできゃあきゃあ言う、かなり変わった子でした。三十八部衆ラブ(。・ω・。)ノ♡とか。
たぶん周囲はドン引きしていただろうけれど、「加純ちゃんは(ちょっと)変わった子」で通っていたので生温い目でスルーしてもらえた。
阿修羅、ゾロアスター教ではアフラ・マズダと名を変えて、最高神になるのよね……って話題が逸れてきたから、ここまで。次回は、春まだ浅き頃のお花を詠んだ短歌にします。
それでは、また。




