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番外編-復讐を嫌うそのわけ


「テイル今日何か予定入ってる? ないならちょっと買い物付き合って欲しいんだけど」

 朝食の時間、今までと比べてほんの少しだけ積極的になったユキはそう言葉にした。

 そんなユキを見てファントムは笑みを浮かべながら満足そうに頷き、クアンはわからないなりにユキが楽しそうな事に気づいて優しく微笑んでいた。


「すまん。ちょっと人と会う約束がある」

「そか。にしても珍しいね。テイルがここの人以外と会うの。どんな人?」

 テイルは悲し気な笑みを浮かべながら遠い目をした。

「そうだな、大切な部下……いや、もうそう呼べないから……大切な女性の方が良いか」

 その言葉に、空気が張り詰めた冷たい氷のような変わった。


 ユキは衝撃が強すぎて微笑んだ表情のまま固まっていた。


「……ハ、ハカセにそんな人いたんですね……」

 おずおずと呟くファントムに笑ったような呆れたような、そんな何ともいえない複雑な表情を向けるテイル。

「俺にだって過去はあるさ」

「どんな人なんです?」

「言葉にし辛いな。ほら、距離が近い人の評価って難しくない? ま、良い子ではあるぞ。ファントム。何なら付いて来るか?」

 その言葉にファントムはじーっとユキの方を助けるように、そして助けを求めるように見つめた。


「わ、私が付いて行っていい!?」

 ユキは声を上ずらせながらそう叫んだ。

 女性と会うのに自分がついて行くのは変と思いつつも、そうせずにはいられなかったし他に方法が思いつかなかった。

「お、おう。退屈かもしれんがそれで良いなら別に良いぞ……。遠いから食ったらさっさと行こう」

 その言葉にユキは頷いた。


 クアンだけは、何も言葉にしなかった。

 というよりも何も言葉に出来ず黙り込む事しか出来なかった。

 何故かわからないがテイルがとても悲しそうで……今まで見て来た中で一番苦しそうな顔をしているよう見えたからだ。




 電車、タクシー、飛行機を乗り継ぎ、更に飛行機を降りてからバス、タクシーと乗ること合計八時間、目的の場所に到着した。

 最初はテイルに恋人がいるかもという不安に押しつぶされそうになり、途中からはデート気分でるんるん気分を味わい、そして目的地に着いた瞬間……ユキは冷や水をぶっかけられたような最悪な気分となった。

 慌てたり楽しんだりした自分に対して、嫌悪の感情が湧いてくる。

 テイルの表情を冷静に観察していたら、もう少しテイルの事を気遣って行動出来ただろうに……。


 そう思いながらユキは目的の場所である刑務所を見つめた。


「……ああ。あの時のか」

 ユキはぽつりと呟いた。

「ん? 俺何かユキに話したか?」

 その言葉にユキは首を横に振る。

「ううん。何にも聞いてないけど、テイルの事は色々調べたし少しは予想がつく」

「そか。どのくらい知ってる?」

 その言葉にユキは、言い辛そうに呟いた。

「貴方が勤めていた製薬会社で殺人が起きて、その連鎖で会社が倒産した事くらい」

 その言葉にテイルは頷いた。

 その時の表情は、ユキが今まで見て来た中で一番辛そうな顔だった。


「ま、事情は後で話そうか。とりあえず付いてきてくれ」

 そう言葉にするテイルに頷き、ユキはその後ろを付いて歩いた。


 そこから数分ほど手続きを終え、強化プラスチック越しに目的の人物と面会する事に成功した。


「お久しぶりですチーフ。それで、後ろの子は妹さんです?」

 優しそうな女性はぽわんとした口調でそう呟いた。

 ユキの目から見て、彼女が人を殺すような人にはとても思えなかった。


「いや違うぞ。というかいい加減チーフは止めないかな? 俺の席どころか会社自体もうないぞ」

「えへへ。私にとってチーフはチーフですから。それで、そちらの方はどちら様でしょうか?」

 そう言って正面にいる女性は首を傾げ、ユキの方を見つめた。

「あ。私はユキと言いまして……そこのテイル……んー高橋タクトの部下になります」

 そう言ってユキは女性に向け深く頭を下げた。

「あー。昔の私と同じ立場って事ですか。よろしくユキさん。私は雨宮翠と言います。チーフ含め皆からは『ミドリ』と呼ばれてるのでそう呼んでください」

「あはい。よろしくお願いします翠さん」

「のーのーのー! ミ ド リ! はいりぴーとあふたーみー」

「み、ミドリさん」

「のーのーのー! さんはいりません」

「ミドリ」

「はいおーけー! よろしくお願いしますね」

 そう言ってミドリはにっこりと微笑んだ。


 ショートカットで眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の女性。

 知的ではあるが自分と違ってとても明るくて、誰かも人気が出そうな、そんな人にユキの目からは映った。


「さて、自己紹介も終わった事だし、今までと同じ事を聞くのは面倒だからこれだけ聞こう。気は変わったかね?」

 テイルの言葉にミドリは微笑み、首を横に振った。

「――まさか。変わるわけないじゃないですか」

 その言葉にテイルはきょとんした表情をした後、微笑みながら頷いた。

「そうか。さて、これで用事も終わっんだが……もう帰るのは部下思いの俺としては少々違うと思う」

 そうテイルが言うと、ミドリは微笑み頷いた。 

「というわけで雑談といこうか。ユキ、ここ最近で面白かった事って何かあったか。出来るだけ明るい話題で」

「……んー。明るい話題なら……ファーフちゃんの結婚話とか?」

「――いや面倒だ。どうせ話すなら三組のカップル全員の話を纏めて話そう。ユキ。間違ってたら突っ込んでくれ。考えながら適当に話すからおかしい事になるかもしれん」

「ん。わかったわ」

 そうユキが答えた後、テイルはやけに明るく振舞いながらお話を始めた。

 その様子はいつものテイルのようでありつつも、どこかいつもと違い無理をしているような、そんな風に見えた……。




 短い面会時間を引き延ばしながら強引に話を続け、後で看守にしこたま怒られた後二人は喫茶店に向かった。

 そこで二人は飲み物だけを頼み、テイルはミドリと自分……『Gライフ製薬』にいた時何があったのかを説明しだしだ。


 簡潔に言ってしまえば、派閥争いに巻き込まれた。

 ただそれだけの話だった。


 テイルが入社した時、Gライフ製薬には三つの派閥があった。

 まず、社長直々のA派閥。

 これはどの派閥とも仲が悪くないからか派手な動きも見えない安定した派閥だった。

 問題は残り二つ。

 副社長を中心としたB派閥と会長の息がかかった重役によるC派閥である。

 この二つの派閥は日夜相手の派閥を削る為に全てを注ぎ込んでいた。

 理由は単純で、次の社長の地位を得る為である。


 さほど規模が大きくなく、安定している為策略といったものをほとんど行わないA派閥は放置して派閥相手を消す。

 そんな下らない権力争いがGライフ製薬では常に行われていた。


 それは、若くして入社したテイル――タクトには知らない世界だった。


 気づかぬ内にタクトは副社長のB派閥に組み込まれていた。

 そこに本人の意思はなく、そして策略などとも一切関係がない。

 ただ単純に、所属した場所の問題だった。

 この時のタクトは派閥なんて知らず、とりあえずやりたい事をやれば良いと思っていた。

 そしてその通りやりたい事をやり、タクトは恐ろしいくらいに成功した。


 実力だけでなく、運と偶然と、そして元父親のバックアップのおかげでタクトは入社して半年ほどで新薬研究チームの一つを担う事となった。

 優秀な若手だけの新薬チームで、そこで出会った十人の部下達。

 そのうちの一人がミドリだった。


 最初その十人は、皆タクトの事を認めていなかった。

 むしろ嫌悪すらしていた。

 いじめとか妬みとかではなく才覚の問題である。

 この十人全員が特化した強みがあり、強い個性を持っていた。

 早い話が、全員が自分達を天才であると思い込んでいたのだ。

 だが、タクトだけは平凡で、部下達はただの秀才としか見ていなかった。

 十人全員が自分の事を天才と思い、タクトだけを凡人と見下した。

 それが改善されたのは、チームは発足して三か月後の事である。


 タクトが凡人なのは紛れもなく事実だった。

 むしろ、十人の部下達が思うよりも更に底辺の才能しか持っていない。

 タクトが秀才なのは最低最悪な英才教育のおかげであり、本来なら住む世界が違うような人種である。


 その凡人の最たる例であるタクトは、わずか三か月で天才達十人と話が合う程度に成長していた。

 凡人が天才に追いつかれるなんて、彼らにとってそれはあり得ない事だった。


 理由は別に難しい事ではなかった。

 部下達十人全員が己の才能を生かす方向で努力していた。

 それと同じ時間を、タクトは基礎能力を向上する為だけに、彼らの助けとなる為だけに勉強をし続けた。

『お前らが出来るなら俺が出来る必要はない。だったら俺はお前らのバックアップの為に努力する。その方が多くの人を救える薬が生み出されるだろ?』

 その言葉はスタンドプレーが基本であった十人の目を覚まさせるには十分だった。


 十人全員が個人ではなく集団として行動する。

 その為の潤滑油としてチーフであるタクトが動き回り、部下達全員の実力が発揮出来る場を整える。

 本来十年単位でしか生まれない新薬が、それもバージョンアップだけでなく完全なる新作も含めて新薬が数か月単位でぽんぽんと生まれる状況になった時には、皆がタクトの事をチーフと呼び慕うようになっていた。


 ()()()は今でも、この時の楽しかった記憶を良く覚えている。

 それと同時に、もう少し派閥について知っていたら、またはもう少しうまく立ち回れたら、そんな後悔も未だに引きずっていた。




 間違いなく、自分達は世界で最も優れたチームである。

 わずか十一人の新薬研究チームはそう思っていた。

 十人全員異なった才能を持ち、その才能を信じ生かすチーフのタクト。

 全員が、己の腕に自負を持っていた。


 全員、新薬を生み出す事に浮かれて気づいていなかった。

 本来これだけ新薬が生まれ、しかも実用化したものも多くあるのに、十一人の懐にそれはほとんど入っていない事に。

 それはどうしてかと言えば……上の人間がその利権を全て持っていっていたからだ。

 少しでも疑っていたら、事態の変化に気づけていればこうはならなかっただろう。

 だがその時のタクトと十人の部下は金銭にそれほど関心がなく、全員自分達が無敵であるという思いこみも含め、手遅れになるまで起きている事に気づく事はなかった。


 タクトの得るはずであった莫大な金は全てタクトの上司に、そしてのその金はほとんどが副社長の手に渡った。

 それをC派閥は良しとせず、タクト達の動きを止めるべく工作に移った。

 予算の減少、研究室の使用時間制限、それと優秀な部下達の引き抜き。


 そんなC派閥の策略は、全てことごとく失敗した。


 予算がない?

 だったら少ない予算で新薬作れば良いだけでしょ。

 研究室が使えない?

 おっしゃ、少ない時間で何とかなるようやりくりしよ。

 引き抜き。

 死んでもごめんだね。


 そんなわけで、その策略自体は失敗したのだが、その所為でより大きな事態が引き起こされた。

 失敗続きのC派閥がA派閥を利用し、そのまま社長の説得に成功してしまったからだ。


『高橋タクトというそこそこの人間をトップにしただけであれだけ凄い事が出来たんです。もっと優秀な人間をトップにすればもっと活躍するでしょう』

 そんな言葉を社長は鵜呑みにし、C派閥トップの重役の言われるがまま新薬チームのトップを入れ替えた。

 タクトの後釜となるのは、もちろんC派閥の人間である。


 これでそっくりそのままB派閥の利権が自分に来るだろう。

 確かに利権自体をC派閥は手にいれたが、事態は非常に面倒な事になってしまっていた。


 理不尽なチーフ解任を受けた時、タクトには二択の選択肢が与えられた。

 そのまま会社を辞めてかなりの額の退職金を受け取るという道と、全ての権限を剥奪されて平という立場になってチームに残るか。

 タクトは迷わず後者を取った。

 後の退職金も減らされる事もわかっていて、自分の権限全て奪われるとしても、更に自分が残って欲しくないという空気を感じていても、それでもタクトはそのチームに残り続けた。

 十人である彼らと一緒に仕事をするのが楽しかったからだ。

 彼らのチーフになるのも、彼らの下になるのも、タクトの中ではさほど差はなかった。


 そしてタクトは平という立場に格下げとなった。

 新薬チームに平社員の立場の者はおらず、その席も本来ない。

 その為実質は窓際族、または雑用係である。

 それでも、タクトは現状を納得していた。

 一緒に仕事が出来る。

 それだけで良かった。

 ただし、納得できない者もいた。

 十人の元部下である。。


 タクトというあらゆる努力を苦とせず続け、誰かの為に薬を作る事に強い情熱を持ち、そして凡人であるが故の患者側の目線に立てる上司がいたからこそチームは回っていた。

 個性と自我に我欲が強すぎる十人を上手く纏めていたのはタクトが凡人であるからこそだった。

 だからこそ、十人の部下は皆、タクトに対し強い仲間意識と尊敬を持っていた。


 そんな十人に突然宣言されるタクトのプロジェクトチーフ解任と平への格下げ報告。

 しかも新しい上司は自分達の天才でも何でもない人間なだけでなく、誰が見てもわかるような欲に目が眩んだ人間だった。

『無能は俺の手で払いのけた。これで優秀な君達はもっと輝けるだろう。必要なものは俺に言ってくれ。全て俺が何とかしてみせよう』

 タクトは結果を残し続けていた事を十人は誰よりも知っていた。

 そんなタクトを蹴落とした会社の処遇を、十人全員心から怒り狂った。


 この時まだ、タクト含めて全員が派閥争いという物を知ってすらいなかった。




 十人全員が行った会社への仕返しは実にシンプルであった。

 抗議の意味も込めて前までと同じようにタクトを扱う。

 ただそれだけだった。

 新しいチーフを無視し続け、タクトをチーフと呼ぶ。

 本当に、徹底的に無視を続け、新チーフがタクトを挟まず部下達と話す事は一切なかった。


 これを、新チーフはタクトからの差し金、または八つ当たりと受け取め上に報告をした。

 出来る限りタクトを悪者とすべく脚色と捏造を加えて。


 この時、タクトは派閥争いというものを知らなかった。


 この製薬会社には派閥が三つある。


 元上司の関係である副社長のB派閥。

 彼らは自分達が一切新薬チームをサポートせず利益だけ貪った癖に、タクトが無能な所為で利益を取られたと思いタクトを逆恨みしていた。


 会長の息がかかった重役のC派閥。

 現在新薬チームのチーフのいるC派閥は、タクトにより自分達のメンツを潰されていると知りタクトに怒りを覚えていた。


 そして最後、社長の率いるA派閥。

 全部C派閥に任せていたから詳しい事は知らされていない。

 タクトという社員が理由なしの理不尽な降格を受けた事も、製薬チームの皆と仲が良かった事も知らされていない。

 ただ、タクトという社員が社長命令を無下にしているという報告だけを聞き、そんな社員だという色眼鏡をかけた。


 タクトが派閥争いという物を知ったのは、全ての派閥に嫌われた後だった。




 そして、タクトの扱いの悪さは恐ろしいほどにエスカレートしていった。

 生活が出来ないほど給料はカットされ、普通に出社しているのにタイムカードは常に遅刻となり、残業の記録はない。

 それどころかセクハラを繰り返した男と呼ばれ社員達からは蔭口を叩かれた。

 そんな遠まわしな被害だけでなく、時に殴られたり机を物色され壊されたりと普通ではない被害すら発生しだした。

 それは、会社を辞めろという意味でもあったのだが、それでもタクトは会社に残り続けた。

 部下達との楽しかった思い出が、未練となっていたからだ。


 当然十人の部下達は会社の上層部に直訴するも無視。

 むしろその直訴によってタクトの扱いは更に悪化した。


 その全てにトドメを刺したのは、忘年会の時だった。

 本来自由参加なのにタクトだけ何故か強制参加となっており、その事を怪しんだ部下達は全員がその忘年会に参加した。


 そこで起きたのは、いじめや嫌がらせではなく、もはやただの暴行であった。


 開始から一時間後位、周囲に酒が回り始め機嫌の良い声で賑やかになりだした頃、タクトは新チーフに呼び出された。

 どうせ何か嫌味が始まるだろうと思いそこに向かうタクト。

 だが、彼らの考えはそれよりも更に斜め下であった。


 新チーフはニヤニヤした笑みのまま、鍋をひっくり返し中身をタクトにぶちまけた。

 沸騰している鍋の具材を全身に浴び、肌が焼けただれた状態となるタクト。

 それを、誰も止めようとせず、皆が笑ってみていた。

 悪い奴になら何をしても良い。

 そんな空気に支配され、善悪の基準が完全に壊れていた。


 助けようとするのはたった十人だけ。

 その十人も、まあまあと半酔いとなった社員達にせき止められていた。


 そのまま更にエスカレートしていくタクトの暴行。

 それは拷問と呼ぶ方が近かった。


 熱さと痛みで転げまわるタクトは周囲から蹴り飛ばされ、捕まれてサンドバッグのように殴られた。

 それでけでは止まらず、更に手には金属の串が刺さり、タバコの押し付け後が生まれ、鼻は潰れ足は折れ曲がり……。

 三十分程度の時間で生きているのが不思議なくらいとなっていた。


 ここには社長も副社長もいる。

 だから最悪にはならないだろう。

 そう思っていた十人がせき止めて来る人々の波をかき分け見たのは、人かどうか判断つかないほどとなったチーフの姿……。

 十人は、タクトが不当な扱いを受けていた事の怒りを、今までずっとため込んでいた不満も込めて感情を全て爆発させた。

 十人全員、この時の事を今でも二つだけ、後悔している。

 一つは、すぐにでもタクトを病院に連れていくべきだった事。

 怒りに我を忘れて大切な物を見失ってしまった事だ。

 そしてもう一つは、チーフがこんな目に合う前に、もっと早くぶん殴るべきだったという後悔である。


 タクトの部下十人は、この時全く同じ気持ちとなっていた。

『チーフがされた事を、貴様らにもしてやる』

 この時の十人は死兵のような覚悟で、タクトの敵討ちとばかりに暴れまわった。

 社長の顔を鍋で焼き、副社長の足を折り、偉そうな奴全員の手に金属の串を刺していく。

 その中でも特に酷い目に合ったのは新チーフとなった男で、その時手を下したのはミドリだった。


 ミドリは文字通り、タクトが受けた事を全て新チーフに行った。

 その補足小柄な体でどうしてそこまで出来たのかと言わんばかりに暴れまわり、大の男が十人がかりでも動きを止めず一心不乱に新チーフに拷問を続け、そして絶命するまで追い込んだ。




「んで、内々で済ませられるレベルを大幅に超えて、今まで会社のやっていた事が全て表ざたとなった。その時俺は莫大な慰謝料と退職金、それと今まで作った薬の一部権利を貰って今に至るというわけだ」

 テイルはそう締めくくった。

「……他の貴方の部下はどうなったの?」

「ありがたい事にかなり恩情を受けた。世間ってのは捨てたもんじゃないよな。そんなわけで、一人以外は無罪に近い状況となり、今それぞれ別のことをして暮らしてる」

 その例外の一人が誰かなんて言うまでもないだろう。


 恩情を受け皆が極力無罪とされたが、己の意思で人を殺した者だけはどうしようもなかった。


「……ミドリの事は何とかならなかったの?」

 その言葉にテイルは微笑んだ。

「何とかなったぞ。非合法な手段は当然、合法な手段でもな。実際その準備はしてたり今でもいつでも行える」

 自分の代わりに部下が刑務所にいるなんて耐えられなかったテイルはミドリ脱走の手筈を整えた。

 それ以外でも、情状酌量の余地と模範囚である事を利用した世間の同情を集めて合法的に出所する方法も容易していた。


「じゃ、何でそうしないの?」

「ミドリ本人が望んでいないからだよ」

「なんで……」

「わからん。だが、本人が出たくないと言っている以上俺にはどうも出来ない」

 その覚悟は、そんな軽いものではなかった。

「……ミドリの刑期が終わるのは?」

「さてな。あいつが納得した時じゃないか。減刑も含めたらもう出所出来る刑期のはずなのに、出て来てないって事はつまりそういう事なのだろう」

「……ままならないものね」

 その言葉にテイルは頷いた。


「……そか。だからテイルはARバレットを、というか復讐を嫌うのね」

「ああ。俺が復讐をしたけわけじゃないし、俺が望んだわけでもない。だけど、俺のふがいなさと無知の所為であいつらに復讐という十字架を背負わせた事を、俺は一生忘れず悔やみ続けてる。後先考えない復讐なんてこの世からなくなるべきだ」

 吐き捨てるような言葉には、テイルの人生が乗っているような重さがあるようにユキは感じた。


 テイルは個の事を自分の息子、娘以外には言わないつもりだった。

 なのに何故かユキに話している。

 そんな自分の変化が不思議ではあるが、悪くない気分ではあった。


「うん。まあARバレットの頭脳であるユキちゃんも手伝ってあげましょう。存分に頼りなさい。優秀な人を使うのには慣れてるでしょ」

 そういってウィンクをするユキを、テイルはぼーっとした顔で見つめ、その後笑い出した。

「はは。そうだな。存分に頼らせてもらおうか。十一人目の我が直属の部下よ」

「はいはい。あ、凄く聞きにくい事聞いて良い? いや大切な事なのよ本当に」

「ん? 別に良いぞ」

「えとね、ミドリって、もしかしてテイルの事を恋愛的な意味で見てたりする?」

 少し不安げに、ユキはそう尋ねた。

 もしそうであるなら、この気持ちは諦めるべきだろうと思ったからだ。

 そして、その言葉にテイルは否定の意味を込めて首を横に振った。


「俺は半年に一度くらいであそこに行っている。だが、この五年の間週に二回を維持して通っている奴がいる。ちなみにミドリと同じく俺の元部下の一人だ。ミドリは迷惑がっているフリをしているが……内心はそうではないだろう。恋愛に関して一目おかれる俺の目に狂いがなければな」

 そう言ってテイルは微笑んだ。

 ちなみにテイルの目は確かに優れているのだが、何故か自分の時だけは狂いまくる。


「そか。うん。突っ込みたい部分があるけどそこはスルーして、ミドリも幸せになれそうなんだね」

「さあな。だけど……あそこ以外であいつの会うのもそう遠くないんじゃないかな。今日のあいつを見たら俺はそう思ったな」

「そ。私にはわからないけどテイルがそう言うならそうなんでしょうね。チーフであるあなたの目から見て彼女がそうならね」

 そう言った後、ユキは席から立ち上がりテイルの手を掴んだ。

「元部下の事に思いを馳せるのも大切だけど、現部下を労わるのも大切だと思わないかしら?」

 そう言って小悪魔のような笑みを浮かべるユキを見て、テイルは微笑んだ。

「ああ。そうだな。せっかく遠出したんだし付き合おう。どこか行きたいところはあるか?」

「貴方とならどこへでも」

「何だそりゃ。せっかくなんだから希望を言ってくれ」

 そう言って苦笑いを浮かべるテイルに、ユキは拗ねた顔をしてみせた。


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